素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

またも強行採決か?カジノ法案(トランプで始まりトランプで終わる)

    



    安倍政権が統合型リゾート関連法案、いわゆるカジノ法案に前のめりで2日、衆議院内
   閣委員会で採決され、6日にも衆議院で可決される見込みだ。
    世論調査でも反対の声が根強く、民進、共産の反対のみならず公明党まで慎重な姿勢
   を崩さず党議拘束はかけず自主投票となっているが、政府自民としては、またぞろ「強行
   採決でイテまえ!」ということだろか(笑い)。
    なぜかくも拙速に採決を急ぐのだろうか?
    曰く、トランプの大スポンサーがカジノ経営者で日本に1兆円の投資の用意があるとか
   で安倍政権はトランプ大統領誕生前にご機嫌とりをするためとか、カジノ有力候補地大阪
   で松井知事が大阪万博とセットで実現を熱望しているとか。
    ギャンブル依存症等弊害が懸念されるが、それは自己責任ということで、そもそもカジノ
   を核としたIRなるものが成長戦略と言えるのだろうか?
   
    世界的にカジノはもう、やや時代遅れかつ競争激化で今やカジノが取りざたされた頃に
   比べればうま味は少ないと言われる。
    さらにカジノは反社会勢力のマネロンの温床となると懸念するむきもある。
    そのあたりは苫米地英人氏が詳しい。

    

    これら懸念事項をすべてクリアしたとしても海外から金持ちを呼べないと意味がない。
    国内だけで博打やってもマネーが移動するだけでゼロサムゲームで成長にはならな
   いことは明白だ。日本政府は呑気に海外からお客を呼び込めると騒いでいるが、どう
   も胴元はそんなことは考えていないようだ。彼ら胴元はお客が誰であろうと儲かれば
   いいのです。

     世界のカジノ運営は米国のMGMやサンズ、ウィン、中国・香港系の銀河娯楽
     集団などの寡占状態で、そのいずれかに任せるしかないのが現状だ。

                (中略)

     ラスベガス・サンズは、日本でカジノが解禁されれば 『 1,000億ドル程度の
     投資をしたい 』 と言っていました。それだけの見返りがあるからです。政府は
     カジノ解禁の名目に、外国人の観光振興なとインバウンドを掲げていますが、
     実態は違う。カジノの国際会議では、日本の個人資産をグラフにして、日本人
     はカジノで落とす単価が高く収益が見込めるからと言って投資を呼びかけてい
     ます。外国人観光客ではなく、日本人を狙っているのです。対策を講じないと
     虎の子の個人資産が外資に吸い上げられるだけです。」
     
                           ~ 日刊ゲンダイ 12月3日 ~



    国内のゼロサムゲームよりもっと酷い。
    チュチュー資産が外資に吸われちゃうのだから。
    それでもやりたければやればいい。
    ただし、以前の述べたように幕張メッセでカジノは断固反対だ。
    彼らは儲けるだけ儲けたら逃げ足速いよ。
    その後はどうなるのさ。
     (過去記事「幕張メッセにカジノ!?ヤメテケレ~!!」参照)
    千葉でカジノのやるなら成田空港か浦安以外にないと考えている。

    超党派のカジノ議連があるように安倍ちゃん応援団のような読売、産経もさぞかし
   カジノGO!GO!かと思いきやさにあらず。

    カジノ読売 カジノ産経
         読売新聞12月2日            産経新聞12月2日
     読売は「人の不幸を踏み台にするのか」、産経は「懸念解消を先送りするな」
     とそれぞれカジノ法案に待ったをかけている。

 
   
    さてはてこれはどうしたことだ。内閣支持率が高止まりでこれくらいの批判はよしとした
   のか、それとも安倍内閣の終わりを見越したか、どういう風の吹きまわしだ。
    まさかマスゴミが改心したわけでもあるまい。
    アメリカではNYタイムズが大統領選大外れに関して謝罪文を掲載した。
    一方、トランプ勝利に貢献したネットの威力におののいたか、フェイスブックが「陰謀論」
   規制に乗り出すとか。罰則も設けるようだ。この「陰謀論」には「9.11の真相」も入って
   いる。これは見ものだ。トランプが大統領に就任し、公言どおり「9.11真相追究」を始め
   たらどうするのかね。ツイッター好きのトランプ大統領に罰則規定適用するのだろうか?
    墓穴を掘ったね、マーク・ザッカ―バーグ、D・ロックフェラーの孫。
    それとも彼はトランプが実際は「9.11真相追究」しないとの言質をとりつけたのだろ
   うか?
    トランプは腰砕けとなるか公言実行となるか。
    フェイスブックは規制はトランプ次第ということだ。

    トランプにはじまりトランプに終わるお話でした。
   








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ニュースのブラインドサイド ~ 2020東京五輪の巻 ~

     



     2020東京五輪の3会場について小池東京都知事ら4者会談が行われ、一応の決着
    となった。ボート・カヌー会場は当初の予定どおり海の森、水泳は同様にアクアティック
    センターで落ち着き、合計約310億円超の建築費削減ということになる。
     バレー会場は有明アリーナか横浜アリーナかとりあえずペンディングでクリスマス頃ま
    でに結論を出すということだ。
     この会談について様々な解説がなされる。
     IOCから会談は全面公開にして欲しいとの要請があったのだが、一部、非公開となる
    ことから先手を打って小池知事が冒頭から結論を述べた。

     もっと深掘りすれば、いやいや「小池劇場」の満員札止めはもう終わり空席が目立ち始
    めたと分析される。すなわち、豊洲問題も五輪問題も想定より進捗していない。
     これは私の推測に過ぎないが、一番の誤算は今頃、東京地検特捜部にドン内田くらい
    は挙げられているはずじゃなかったのか?
     「ヤメ検の若狭さん、どうなってるの?そのためにあなたを参謀にしたんじゃないの!」
    と彼女が言ったかどうかは知らないが。 

     小池劇場、第一幕「快刀乱麻」はもうお終いで、今や想定外の第2幕「お池にはまって
    さあ~大変」になっちまったんじゃないのか。
     さらに東京都知事選の時に自民党を造反した都議、小池氏曰くの“ 7人の侍 ” の処遇
    を巡って、これまた「お池にはまってさあ~大変」だ。
     下村自民党都連会長は“ 7人の侍 ”に対して宥和策を講じる見込みだからだ。
     「もっと “ 7人の侍 ” をいじめて頂戴!そうしないと小池劇場が盛り上がらないじゃない
    の!下村センセイを小池改革を阻む抵抗勢力に出来なじゃないの!」と言ったかどうか
    も定かではない(笑い)。でも、おそらく彼女はそう思っているだろう。
     そんな「お池にはまってさあ~大変」を突破すべく、本当は第4幕か第5幕あたりの予
    定の「小池新党誕生」を生煮えの状態にもかかわらず年内にも幕開けさせなければな
    らなくなってしまいましたわよ、オホホホホホ。

     さ~て、これらは新聞、TV、ネット等から誰でも考察できることだが、「ニュースのブライ
    ンドサイド」はここじゃない。
     2020年、東京五輪はお金がかかり過ぎると言われる。
     それ故に小池改革は必要だ、会場の見直し、建築費の削減、伏魔殿東京都庁に光を
    当てる、レガシーとワイズスペンディングのバランス、こう言った具合に「小池劇場」はシ
    ナリオ構成されている。
     ところで、2020東京五輪は「1兆、2兆とお豆腐じゃないんです」と小池氏が知事選で
    叫んだが、その予算は総額いくらに膨れあがったのだろう。

      2020年東京五輪・パラリンピックの予算などを検証している東京都の調査チーム
      は29日、「今のままでは開催総費用が3兆円を超える可能性がある」とする第1次
      調査報告書をまとめ、都政改革本部の第2回会合で小池百合子知事に提出した。

              (中略)

     
      三兆円超の内訳について競技施設の建設などハード面が七千六百億円余と指摘。
      都が整備する恒久施設七施設などに二千二百四十一億円、新国立競技場に千六百
      四十五億円、民間資本で造る選手村に立候補段階の試算で九百五十四億円、大会
      組織委員会が担うとされていた仮設施設の設置などに二千八百億円とした。

      こうしたハード面よりも、運営費やセキュリティー費、選手らの輸送費などソフト面の
      方が費用はかかる見通しが示された。総費用が二兆円だった一二年ロンドン大会
      を基に、夏の暑さや競技会場の分散など東京大会の事情を加味し、最大一兆六千
      億円とした。

                                      ~ 東京新聞 ~

 

     総額約3兆円のうち約半分の1兆6千億円はどこへ支払われるのだろうか?
     警備会社?電通?何でそんなに金がかかるのさ!
     会場建設費で200~300億円削減したって1桁以上違うじゃないか。
     1兆6千億円のうち10%削減しただけで1,600億円だ。
     
     話は変わるが、私の友人は「俺ももう年だし、そろそろ国のためにひとつ仕事したい
    んだ。例えば、東京五輪のボランティアとかでさ。」なんて語った。
     へぇ~、そうなんだ、彼は金にしか興味ないと思ってたことから意外だった。
     ガイド等のボランティアもカウントしての1兆6千億円だろうが、私の友人のような
    人は “ 想定外 ” に存在するのではないか?
     こういう人を活用すれば経費削減できないか。

     先日の電通への家宅捜査は表面上は厚労省の職員ということになっているが、東
    京地検特捜部の人間も紛れていると聞く。
     この際、押収した資料から2020五輪で電通がいくら持っていくかについても調べて
    もらいたいものだ。 
     警備会社、電通etcで1兆6千億円はいくら何でもかかり過ぎだ。
     その気になれば数千億円規模で経費削減できると思う。
     このあたり、マスゴミも政治家も電通には逆らえないことからふれない。

     もっともこの件が国民に広がると、「小池劇場」は屋台崩しとなり、雲散霧消してしま
    うだろうが。



    PS.4者会談の結果、東京五輪総経費は2兆円を切ると記者発表された。
       あっさり1兆円も減額とはどういう見積もりだったんだ。
       東京都がロンドン五輪を参考に勝手に3兆円と算定しただけだったのか。
       海外はこういうところホントぼったくるから参考にしなくてもいいのだ。
       2兆円でも高く、もっと削減せよとIOCのコーツ会長は言っているらしい。
       ソフト面で最低でも1,000億円削ってもらいたいものだ。

       Call&Response、噂をすれば何とやら。
       「報道ステーション」に小池知事が出演していた。
       ソフト面でもっと削減する意向のようだ。
       知事は「ボランティアの活用」とか言っていた。
       そこでこういうのはどうだ。
       「小池塾」の選抜メンバー100人に1人あたり100人のボランティアを集め
       させる。これだけで10,000人のボランティアだ。当初、「小池塾」に参集し
       た4,000人のうち、選抜100人を除いた3,900人に本人を含め5人のボ
       ランティアを集めてもらう。これで、19,500人だ。合計30,000人弱のボ
       ランティアが集まる。  
       どうですか、小池知事。








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さよなら千葉パルコ

    



     今月30日で千葉パルコが閉店になります。
     閉店になることは多くの人が知っているだろうし、私もこの件にふれないわけにはいか
    ないと思いつつ書きそびれていた。
     売上のピークは92年で約230億円にのぼったが、15年の売り上げは約47億円と4
    分の1まで落ち込んだ。県内で郊外型大型商業施設の出店が相次ぎその影響で顧客
    減少に歯止めがかからなかったと説明されるが、本年8月閉店した渋谷パルコに象徴さ
    れるようにそもそも業態そのものが少なくても千葉にはミスマッチとなってしまったのだと
    思う。  

    千葉パルコ 全景1

    千葉パルコ 銀座口 千葉パルコ 川

    高校時代、仲間とけっこう、パルコには行った。
    当時、渋谷パルコ自体が近年のパルコとは全然、別物であり、キラキラ輝いていた。
    「あのパルコが千葉にも出来たか」という感慨がありました。
    千葉パルコは76年開業だと言うが、全国のパルコの中でも早い方ではないかと思い
   調べてみました。

      
      1969年11月 「池袋PARCO」開店

      1973年6月  「渋谷PARCO」開店 「PARCO劇場(旧 西武劇場)」を開設

      1975年8月  「札幌PARCO」開店

      1976年12月 「千葉PARCO」開店

                            ~ パルコ 企業情報 沿革 より ~


     全国で4番目、東京以外では札幌に次いで2番目の出店となります。
     「なぜ?」と思われる人もおられるだろうが、当時、千葉市は消費額で横浜市を凌い
    でいたのです。(過去記事で書いたと記憶していたが、このブログではなかったか・・・)
     今とは違い外房、内房に目立った商業施設も少なく、これら地域からも顧客を千葉市
    に吸引していたからだろう。
     それ故、千葉市にパルコを出店しようということになるでしょう。
     そんな時代、高校生にはパルコはやはりキラキラ輝いていました。

    千葉パルコ パルバス
      まだ、あったんだね、「パルバス」

    いろんな世代にとって「我が青春のパルコ」があるのだろう。
    近年なら「パルコ」といえば「タワレコ」や「ビレッジバンガード」かもしれない。
    私らは、「パルコ」といえば大食い大会、ピザ、そば、稲荷ずし、アイスクリーム等々。
    ラグビー部とサッカー部で合同でよく行った。30分とか1時間とか規定時間に完食する
   とただ、失敗すると食べた分だけ金払うというシステムだ。当時、最も食べ盛りであった
   はずなのに成功した奴は1人か2人だったように記憶する。
    何かの記念日、または賭けで勝った負けたでロシア料理「バイカル」でボルシチを食した
   こともありましてね~。
    服飾は我々、高校生には手が出ないと言う感じでありました。
    これまた今やマンションになってしまった「セントラルプラザ」で服は買っていた。


    千葉パルコ セール1

    千葉パルコ セール2 千葉パルコ セール3

 
     千葉パルコのみならず千葉三越も来年3月で閉店。
     さらに船橋東武も近々、閉店すると聞く。船橋といったら西武より東武の方が売上い
    いはずなんだが・・・。総武線沿線はそごう・西武グループの一人勝ちということになる
    ね。パルコと三越が閉店する千葉市はどうなっちまうのかね~。
     元々さびれている商業地はますますさびれるでしょう。
     千葉パルコ跡地はどうなるのか、詳細はまだ決まっていない。
     ここがどうなるか見定めるまでは我々、不動産屋は千葉市街地には手を出さない方が
    いいということになっている。
     私は、ビジネスホテルに毛が生えたくらいのホテルでいいんじゃないかと思っている
    が、実際、その方向で動いている会社もあるようだ。


    千葉パルコ 8F
                      8 階 飲 食 店 街

    千葉パルコ タワレコ 改造社
            タワーレコード                改造社書店

    千葉パルコ 改造社
       近年、パルコへ行くとすればここ改造社書店だけ。
       音楽、映画、精神世界、歴史、軍事と独特の品ぞろえだった。
       はっきり言って総武線沿線ではここが一番好きな本屋です。
       ここが無くなってしまうのはホント、残念だ。


    改造社書店以外では、こういう催しがるとタマにくることもあったかな。
    サウンド 全景

    千葉パルコ サウンド 千葉パルコ カセット
                                昨今、若い衆に人気のカセット 
                                彼らにカセットデッキはどう映るの
                                かしらん。


     千葉パルコ、オープン当初を知るものとしては近年はもう別物で様変わりしてしまって
    久しい。それでも、何のかんのいって「我が青春の千葉パルコ」であるからして、全く無
    くなってしまうのはやはり寂しいものだ。

     ありがとう、千葉パルコ。

     さよなら、千葉パルコ。





  〔関連記事〕

   ダメな千葉市ほど可愛い!? 前編

   ダメな千葉市ほど可愛い!? 中編

   ダメな千葉市ほど可愛い!? 後編









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UCLA映画テレビアーカイブ 後編

   



    【わが心のジミー・ディーン】 ロバート・アルトマン監督 ~ 日本劇場未公開~

     いなたいアメ車は、我々を50年代アメリカ、映画「ジャイアンツ」の舞台、テキサスに連
    れていく。この映画はテキサスの片田舎で結成されたジェームス・ディーンファンクラブ
    の女性が再会するストーリーだ。
     当時、高校生だった彼女たちの溜まり場の雑貨店だけで物語は進行していく。
     原作が舞台なので、当然、そうなるかのようだが、それは舞台の映画化を口実とした
    監督・アルトマンの映画的欲望に他ならないだろう。
     昨今もワンシチュエーションドラマは、結構、作られているが古くはヒッチコックも「救命
    艇」で試みていることであり、才人・アルトマンもチャレンジしてみたかったのではない
    か?
     同窓会映画は、みんなで旧交温めるだけでは映画にならないのだ。
     必ず異化された「他人」が紛れこまないといけない。
     例えば、ケネス・ブラウナー監督「ピーターズ・フレンズ」がこれにあたり、オックスフォー
    ド・ケンブリッジ卒のエリートの同窓生に交じって、その連れ合いである非エリートが波風
    立てるように。この映画も同様で性転換した彼女(元男性)がさざ波だった同級生の軋轢
    を大時化(おおしけ)の海へと変える。このおネェによって何十年来の真実、すなわち、
    ジェームス・ディーンの子供を宿したと言う同級生のウソが明らかになる。
     今秋、大学の同窓会に行ってきたが、語りあっているうちに30数年来の真実の開示が
    ありました。男も女も自分に都合のいいこといってますな~(苦笑い)。
     
     1度は観たいが(後味悪いことこのうえないことから)もう1度は観たくない、傑作「3人
    の女」ほどではないが、アルトマンの演出、カメラワークは冴えている。
     でも、作劇の建てつけは「ピーターズ・フレンズ」の方が凝っている。エリートの連れ合
    いの非エリートよりさらに異化された人物がこの同窓会の主催者ピーターであると終盤、
    明らかになるからだ。イギリスのエリートらしく、劇中、彼はバイセクシャルであることを
    公言して憚らないが、実は自分はHIVポジティブであるから皆を集めたんだと告白する。
     あんこは砂糖だけでなく塩を入れた方が甘くなる。旧交温めるお膳立てでもさざ波が立
    ち排斥力が働くがピーターの一言でこの排斥力はぐるんとひっくり返り吸着力として作用
    し、やっぱり同級生っていいよねで終わる。そう書きつつ、いや、待てよ、ベクトルこそ真
    逆であるが、アルトマンも負けていない。いがみ合うが何のかんのいってジェームス・
    ディーンファンクラブの溜まり場だったこの雑貨店があってのことだ。この再会から何年
    後の今や蜘蛛の巣だらけの廃墟となった雑貨店がラストに映し出される。
     みんなが陽気に笑っているハリウッドで一人冷笑しているアルトマンの面目躍如です。

     トランプはこのさびれた街も立て直せるかのか?


    行列
             私の観た4本はすべて長蛇の行列だった。


     
    【ザ・コネクション】 シャーリー・クラーク監督  ~日本劇場未公開~

     これもワンシュチュエーション映画だ。ジャンキーとかろくでなしの溜まり場のNYのア
    パートで繰り広げられる群像劇。このろくでなしのドキュメンタリーを撮る撮影クルーをさ
    らに撮影するドキュメンタリーもどきの映画。
     それにしてもこのやらせドキュメンタリー調のあざとさはどうしたことだ。
     やはり欧米ではロバート・フラハティーのドキュメンタリー論が幅を利かせているのかと
    思っていたら、やっぱりだ、監督らしい人物が「俺はロバート・フラハティーとエイゼンシュ
    タインに影響されている」と語る。
     (ロバート・フラハティーとはドキュメンタリーも演出があっていいと言う人です。演出と
      やらせの境界は曖昧だが。)

     まあ~、それにしてもNY、ジャンキー、ジャズ、即興、ドキュメンタリーと要素を集めて
    「さあ~、どうだ」と言わんばかりのあざとさと悪い意味での紋切り型はどうしてくれよう。
     確か「人間蒸発」に対してだったと記憶しているが、かつて大島 渚が今村 昌平を
    揶揄して「10年遅れたドキュメンタリー」と言ったことがある。
     ドキュメンタリーも進化しているのだ。多くのジャンル映画が滅びたとしてもドキュメン
    タリーは進化してしぶとく生き残ると思う。
     いまだ未見だが21世紀のドキュメンタリー作家、松江 哲明監督作が急に観たくなっ
    た。

     この映画は「アーカイブ」されるだけの映画で完全に過去のものだと思う。

     トランプはジャンキーや麻薬売人らを徹底的に取り締まるようだからこういう群像劇は
    観られなくなるかもしれない。



    【ミッキーワン】  アーサー・ペン監督  ~日本劇場未公開~  

     パンフには「古典的な話法を否定して撮った実験作」となっている。
     確かに今日、「描写」については進化したかもしれないが、「話法」についてはとんと無
    頓着になっている。そういう今日的視座に立てば「実験作」ということになるのかもしれな
    いが、これはフェリーニに影響受けた作品だ。冒頭のワンカツト観ただけですぐわかっ
    た。
     「8 1/2」(1963年)は本作公開の2年前、この映画が当時どれほど映画界に影響
    を及ぼしたか本作を観るとよくわかる。


    ミッキーワン
                  これがファーストカットです。


     黒澤組の常連、藤原鎌足が前衛芸術家役で出演している。
     ハードボイルドには必ずといっていいほどチャイナタウン、中国人が出てくる。
     こなれているのではなくすんなり消化しきれなさを残すハードボイルドなのだから西欧
    人から観たら東洋の不可解な存在としての中国人がお似合いなのか。
     この芸術家は屋外で巨大な機械仕掛けのアート作品を展示するのだが、 不具合で
    出火して消防車が駆け付けあたり一面が泡だらけとなる。屋外のオープンセットを使っ
    て展開される本編とは一見、何の関係もない逸脱。こういうシナリオ構成はフェリーニだ
    ろう。
     ハードボイルドには不可解な中国人なら、フェリーニ的幻想にはいつもニコニコしてい
    る妖精のような日本人がお似合いというわけか。

     「8 1/2」は新作がなかなか撮れない、煮詰まった映画監督グイドのストーリーだ。
     彼は新作撮らなければいけないという強迫観念に実はかられている。フェリーニが撮
    ると一見、そうは観えないが。強迫観念に捉われているからこそ様々の幻想が湧きあ
    がる。
     表象的類似点だけでなく実はこの映画の主人公のスタンダップコメディアン(ウォーレ
    ン・ビイティー)も強迫観念に捉われている。腕はあるが興業主ともめてしまったことから
    “ 逃亡者 ” となり名前を変え職を変えて身を隠していたが、昔とって杵柄でコメディアン
    を再開するとすぐ頭角を現し、メジャーどころからスカウトがくる。自分は狙われている、
    殺されるという強迫観念に捉われているが故に何とか口実を作ってオーディションから
    逃げようとするのだが・・・・。
     逃げまどう人という主題論的系統は「俺たちには明日はない」に受け継がれる。
     とうとうオーデイションの舞台に上がるはめになったコメディアンはスポットライト浴びせ
    られながら狼狽する。カーテンで仕切られた舞台2階の奥から彼を品定めする人物は誰
    なのか?
     これは最後まではっきしない。どこからともなく雨あられのように銃弾が飛んできて壮
    絶な最期をとげる「俺たちには明日はない」のボニー。ここでも銃弾あびせた人物ははっ
    きりとしない。

     アートぽさとエンタメがマリアージュした映画で現代でいうとコーエン兄弟がものすタイ
    プの映画かもしれない。音楽はスタン・ゲッツがフィチャーされいる。本作を私は十分堪
    能したが、「8 1/2」(63年)といい、「ゲッツ/ジルベルト」(64年)といい、当時一
    世風靡したものを小器用に取り入れちゃうあたりにアーサー・ペンのその後が見てとれ
    るとも言える。

     現代にリメイクしてもいいかとも一瞬、思ったが「監視」が当たり前の現代ではアカン
    か。
  
     トランプさん、「America Great Again」なら「監視」も止めてもらえませんか?

                                              (了)




 
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UCLA映画テレビアーカイブ  前編

   


 
    映画は何本か観ていて記事にしようかとも思ったのだが、「悪くはないのだけど・・・」で筆
   が止まってしまい、トランプ関連記事に埋もれてしまった。
    新作がイマイチなら旧作を求めて何年かぶりに国立近代美術館フィルムセンターへ足を
   運ぶ。「UCLA映画テレビアーカイブ 復元映画」コレクションというが、4Kデジタルリマス
   ターとかではないようだ。日本未公開作品や散逸したフィルムの収集とかテクニカラーの
   復元につとめたそうだ。



         UCLA映画テレビ




   【7人の無頼漢】 バッド・ベティカー監督

 
    古典的な西部劇で西部劇ファンならマストの1本だ。
    私は日本の時代劇なら好きなのだが、西部劇はそれほどでもなくお恥ずかしながら今回
   初めて観た。
    私の独断かもしれんが、数学、論理学、哲学を専らとする人には西部劇好きが多いよう
   に思えてならない。高校の数学の教師がそうだったし、大学の後輩の哲学青年もまたしか
   りであるうえに私の記憶が確かならば、かの哲学者、ヴィットゲンシュタインの数少ない娯
   楽が西部劇を観ることだった。
    古典的西部劇にも例外があるが、基本、西部劇は実に明晰な文体で描かれる。
    さらに必ずといっていいほど決闘でカタがつく、結果が出るのです。
    しかも時代劇と違い刀を合わせるひまはなく、多くは一撃で決まる。
    これが方程式を解くがごとくのカタルシスにつながるから彼ら数学者、哲学者は西部劇
   に魅かれるのだろうか?
    かつて小津安二郎は山中貞雄に対して「そうか、君は数学が得意なのか、だからシナリ
   オがうまいんだね」と語ったと伝えられる。今日のようにこねくり回したシナリオではなく、
   自然界の法則を数式で表し、これを展開していくが如く「映画言語」を紡いでいくシナリオ
   が名シナリオなのだろう。

    さて、本作は妻を強盗団に殺された元保安官(ランドルフ・スコット)の復讐譚です。
    言ってしまえば至極単純な映画で、当然、“ 西部劇のお約束 ” で終わる。
    ところが、断然、これが素晴らしいのだ。
    ボツとなった最近観た映画2本とは西川美和「永い言い訳」、黒沢 清「ダゲレオタイプ
   の女」で、もちろん、作品、演出の出来栄えは今日の日本映画の水準以上であり両作品
   共にベストテンに入るだろう。(「ダゲレオタイプの女」は日仏合作であり邦画・洋画いずれ
   に入るかわからないが)
    でも、両作品共にどうもラストが気に入らない。西部劇の明晰さと真逆の韜晦と曖昧さの
   文体で描かれているが、さりとてラストで観客を置き去りに程のするミスティフィケーション
   はなく、「さもありなん」という結末を向かえる。突き離すだけのキレと勇気がない。
    西川美和の「デイアドクター」の終盤はキレと勇気の連続だった。あのラストは「さもあり
   なん」とはならない。三振とりに行く決め球がど真ん中のストレートだったら、これは勇気あ
   る行為以外の何物でもあるまい。あのラストはど真ん中にストレート投げたのだ。
    「ダゲレオタイプの女」は写真に心奪われて魂吸いとられるようなホラーストーリーだが、
   あのラストなら同じような写真に心奪われるストーリーで比較すると一発芸のようでもマノ
   エル・ド・オリビエラが102歳で撮った「アンジェリカの微笑み」の方が勇気あるぞ。
    野球の代わりにサッカーに例えるなら、本田圭祐選手がPKでど真ん中にシュートするよ
   うな勇気ある行為だ。
    彼は何のテクニックもないからど真ん中にシュートするのだろうか?
    もう敵チームも彼が絢爛たるテクニックを持っていると承知していることを前提とした敵ゴ
   ールキーパーとの心理戦だ。
     映画「7人の無頼漢」に見られる紋切り型の物語の要諦は、今日のこれ見よがしなテ
   クニックを底に沈めど真ん中にPKシュート決めることではないか。
    そういう物語にはアンドレ・パザンが語ったというこの言説がぴったりだ。
    「もっとも単純にしてもっとも美しい西部劇」
    
    この映画のPKキッカーは、ランドルフ・スコットではなく、リー・マービンだ。
    今さらながらだが、彼はホントに素晴らしい役者だ。
    何気に登場し、いつの間にか彼の空気・磁場を作りだすのだが、さりとて彼自身も役柄
   も際立たせてしまうことがない、今日、見つけずらい存在感だ。
    かつてなら日本映画にも彼みたいな役者はいた。原田芳男だ。
    今日は役者も役柄自身も際立たせようとばかりしている。キャラが立つとか言っていいと
   思っているのだろう。主役はそれでもよくてもみんなでそれやり始めたらシラけることこの
   上ないのだ。


                リーマーヴィン 攻撃
                 こちらは「攻撃」のリー・マービン


    ど真ん中にボール蹴る前のPKキッカーとGKとの心理戦、スリルを本作で体現させるた
   めの前ふりは、へなちょこ男とその妻、ランドルフ・スコットとリー・マービンが幌馬車の中
   で繰り広げる会話だ。本田圭祐がどんなシュートするのか、スルーパスするのか、ドリブ
   ルするのか、シュート打つ選手のためのくさびになるのか、パス受けるふりして流して隣
   の見方にパスさせるのか、これらを敵方GKに印象づけるからこそ、まさかど真ん中に
   シュートしてこないと思わせるのだ。この幌馬車のシーンがこれらに該当する。
    リーマーヴィンは敵なのか味方なのか、何を仕出かすかわからない、それとも悪行の限
   りをつくして悔い改めたのか、このあたりは人生の年輪を重ねれれば重ねただけ見方が
   変わってくるだろう。
    このへなちょこ男夫婦の旅の目的が明きらかにされる頃、避けることのできない運命が
   交錯し始める。

    紋切り型(ど真ん中にシュートすること)は、シナリオ、役者、監督の“ 芸 ”があって初め
   て可能となる。紋切り型はポストモダンの時代、パロディーの対象となり空洞化して笑いへ
   と転化した。

    「パロディー」、「様式美」、「ハイブリッド」、「過剰」を経て21世紀の紋切り型は可能なの
   か?
    それはどんなものとなるのか、そう思わせる1本でありました。

                                           (つづく)


   

   いなたいトラック
    帰り道、40年代?50年代?のいなたいアメ車を見かけた。
    こういうことが私はタマにあるのです。「世にも怪奇な物語」を
    レイトショーで友人2人と観た際、「円タク」のような古めかしい
    タクシーがやってきた。異界へと連れていかれそうな「円タク」
    に我々は吸い込まれるように乗り込んだ。
    このアメ車はどこへ連れていってくれるのだろう。










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