素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

豊洲問題 「空白の3ヶ月」とは?

    



    あるべきはずの盛り土がされていなかったという「豊洲問題」、じわじわ小出しに情報が
   提供され(形のうえでは「新たにわかった」とされている)次第にポイントが絞れてきた。
    当初、「空白の7ヶ月」とか言って、2010年11月から2011年6月の間に何があったの
   かと言われていたが、今や2011年3月4日の建設工事の基本設計について業者との契
   約が締結された時点から同年6月の基本設計書が出来あがった時点が「空白の3ヶ月」
   と言われている。
    すなわち3月では「地下空間」がなかったのに6月には「地下空間」を設けることになって
   いるのはどうしたことだ?この「空白の3ヶ月」に何があったのか?
    マスゴミは書類(議事録、設計図書)と関係者の証言を中心に取り上げ、例によって「犯
   人探し」に躍起だが、なんか安手の2時間サスペンスを見せられているようだ。
    わざとミスリードする伏線について詳述され、探偵(警部)にもわざと見当はずれの推理
   をさせ散々、「あ~でもない、こ~でもない」と視聴者を困惑させ、ますます迷宮の森へと
   誘い込み連続して視聴率を取ろうという魂胆かいな。
    
    書類と関係者の証言ばかり見ていては埒があかない。
    対象土地そのものを見ないといけない。この「空白の3ヶ月」に何があったかなんて誰で
   もわかることだ。それなのに核心にはふれないようにマスコミ全体にお達しがあるか如く
   だ。「空白の3ヶ月」に何があったのか?

   
    もちろん、「3.11」です。

    
    豊洲の液状化です。

豊洲液状化 週刊金曜日
 液状化したのは5街区(青果棟)、6街区(水産仲卸市場棟)の各予定地だけで7街区
 (水産卸市場棟予定地)は液状化しなかった。

                            - 写真出典 週刊金曜日 ブログ -

  
    何でこんな簡単なことをふれないのだろうとずっと思っていたが、サンデーモーニングで
   岸井氏がついに「空白の3ヶ月で東日本大震災があり、豊洲は液状化して封鎖されるま
   でになった」と述べた。
   
    東京新聞でも「地下水」の問題とぼかしながらもふれている。

     豊洲たまり水 専門家座長も「地下水」 液状化対策が必要

      築地市場(東京都中央区)の移転先となる豊洲市場(江東区)の盛り土問題で、
      安全性を確認する「専門家会議」座長の平田健正(たてまさ)・放送大和歌山
      学習センター所長は二十四日、水質調査の結果から、建物下の地下空間に
      たまった水は地下水だと発表した。都の調査では地下空間の水も空気も環境
      基準を満たしているが、今後、調査地点を増やして検証を続け、液状化
      の備えなど必要な対策を専門家会議で議論する方針を示した。

                                     ~ 東京新聞 ~

 
    時系列は遡るが昨日のスポニチではこの記事の結論のようなことを図式的な見出しで
   取りあげている。


豊洲 スポニチ

                                   - 出典  スポニチ -



    大雑把な結論はこの図式のとおりでいいのだが、もう少していねいに検討しよう。
    まずよく用いられる「専門家」という言葉だが、これは主に環境・土壌汚染の専門家につ
   いてであろう。もちろん、建設・設計の専門家、液状化の専門家もいるが、全部まとめて
   「専門家」と呼んでいる。さらに、環境・土壌汚染の専門家は「盛り土」を主張しているが、
   どうも建設・設計の専門家は当初より「地下ピット(地下空間)」を作りたがっているように
   見受けられる。冷静に考えればあれだけの規模の建物を作れば普通、メンテナンス等の
   ため「地下ピット」は必要なのだ。マンションだって普通に「地下ピット」はある。もっとも
   地下2m程度あれば十分で4m以上も必要かと言われれば疑問符がつく。
    豊洲の液状化対策は検討されていなかったのだろうか?

    技術会議(正式名称:豊洲新市場予定地における土壌汚染対策工事に関する技術会
   議)は18回行われていて、次の4つが論点となっている。

     ① 土壌汚染、汚染地下水対策

     ② 液状化対策

     ③ 市場施設完成後の地下水管理システム

     ④ 専門家会議の報告と同等又はそれ以上の効果が期待できる総合的な対策

                             ~ 粉屋の大阪TO考想 ~



    今回のダマテンの「地下空間」は直接的には③、根本的には②、東京都担当職員の背
   中を押したのは④だと思う。特に④は怪しいのだ。役所が「総合的」というフレーズを用い
   る時は「何かを隠す、誤魔化す」、若しくは将来そうせざるを得ない時だ。

    さて、もう一度時系列に戻ろう。

     3月 4日 基本設計について業者と契約締結

     3月11日 東日本大地震。豊洲液状化。

     3月12日 福島原発1号機 水素爆発

     3月14日 福島原発3号機 水素爆発

     この頃、東日本では、福島原発の放射能はどこまで飛んでくるのか、それが最大の関
    心事だった。「モニタリング」という言葉がメディアを賑わせた。豊洲の「地下モニタリング
    空間」という言葉もこの後、使われるようになったのではないか。

     6月    基本設計書完成。

     
     2016年時点の思考ではなくて2011年時点の「空気」にするため福島原発事故もリ
    ストアップしました。あの時点で我々が考えたことは、「地震で福島原発も爆発するくら
    いだから地震では『想定外』のことも起こる」ということでした。
     東京都では豊洲の液状化についてどう考えていたのでしょう。 

      液状化により地表へ土壌の噴出があったとしても、土壌及び地下水中の汚染
      物質は除去・浄化しており、さらに新市場は閉鎖型施設として整備することから、
      問題はないと考えている。 

                                 ~ 引用 同上 ~

 

     これは「第5回技術会議」での言説で、その後も液状化について様々の考察、検討を
    加えて「液状化問題なし」としているようだ。
     そうはいうもののそれらはすべて「想定」のこと、「3.11」、福島原発事故で当時どれ
    ほど「想定外」という言葉が喧伝されたことか。しかも福島原発事故による農産物、海産
    物の風評被害がどれほど懸念されたことか。もう一度思い出してみよう。
     いくら専門家が「液状化は大丈夫」といっても東京都職員は心配でならないだろう。
     それに福島原発事故の副産物といえば、「『想定外、想定外』ばかり口走り、専門家は
    アテにならない」ということではなかったか。
     そうすると役人が以下のような行動に走るのは理解できる。
     首都直下型地震は30年以内に70%以上の確率で起こると言われる。
     10年後か、5年後か、1ヶ月後か定かではない。20年後ならもう退職だ、知ったこっち
    ゃない。「3.11」直後では5年後に大地震がやってくるが如くの「空気」だった。
     地震さえ、液状化さえ起こらなかったら、土壌汚染対策は「盛り土」で十分だ。
     「盛り土」でも通常の地震なら防げる。でも・・・・。「想定外」の地震が来たら、5年以内
    に来たら、私(担当職員)は、まだ都庁にいるだろう、どうしたらいいんだ。
     液状化しても対策できるように「地下空間(ピット)」を作っておけばいいんだ。
     あの時ならそう考えてもしょうがないだろう。  

      ここで問題とするのは東京都の液状化での噴水、噴砂に対する姿勢が、絶対に
      建物内に噴水、噴砂を流入させないという事になっていくという事です。それは
      なぜかというと、地震により実際に建物内に噴水、噴砂があったとします。しか
      しそれによる汚染物質での汚染は市場にはありません。なぜかというとほぼ
      完ぺきに土壌、地下水の浄化をしたからです。だから基準値以上の汚染は有り
      得ません。砂を除いて、洗浄をすればOKなわけです。しかし、風評被害は東京
      都には止めることはできないんです。これは東京の食卓を預かる豊洲市場には
      致命的になります。現在のこのピット問題におけるマスコミ報道を考えるに、そ
      れは致命的なものになるでしょう。「液状化によって汚染された砂、地下水が
      豊洲市場を汚染した。もうダメだ」これは絶対に避けるべきことです。
      だから100%、液状化による建物への直接的な被害、そしてそれより深刻な
      風評被害を避けるために、ピットをこっそり東京都が設けたというのが私の推論
      です。仮に液状化により噴砂、噴水があってもそれはピットで受け止めるという
      事です。 
     
                               ~ 引用 同上 ~


     全く同感だ。もっとも私はこの方ほど緻密には考えなかったが、それは「3.11」後、あ
    る公的仕事をしたからだ。それは千葉市埋め立て地域の液状化について調査するもの
    であった。
     同じ路線でも1ブロックはずれると全く液状化していないところもあった。
     某大手N社が分譲したマンション、戸建分譲地用地はほぼ液状化していなかった。
     ほんのわずかであるから「ない」といってもいいほどだった。
     この分譲はマンション、戸建とも売行き好調で同じ路線で液状化しているのにその
    影響はゼロといっていいほどだった。やはり大手のブランド力を違うと痛感したものだ。
     もっとも戸建住宅用地でも30坪程度に30本くらい杭を打って液状化に万全の対策
    をしていた。
     片やパワービルダーは悲鳴をあげて解約手付を捨てて分譲用地を手放した。
     両者の差はブランド力だというのは簡単だが、ブランド力とは何なのか?
     いろいろアプローチがるがその昔、流布した広瀬義州先生の3つにアプローチのうち、
    この場合、プレステージドライバーが当てはまるだろう。数式があるのだが、これを乗せ
    てもしょうがないことから簡単に言うと、分子に広告費がありますから広告に金かけてい
    ればこのアプローチではブランド力が高いということになります。
     N社の広告はTV、新聞、雑誌でしょっちゅう目にしますからブランド力が高いというこ
    とになります。もっともこれは広告を定量化してますが、定性化はしてません。
     マイナスの広告、ネガティブ広告なら逆にブランドを棄損します。
     この時、私は思ったのです、風評被害とはマイナスのブランディングだと。
     N社もパワービルダーも大きく捉えれば同じ地域に分譲用地を持っていましたから、
    風評被害というマイナスのブランディングがこの商品、すなわち土地に作用します。
     N社にはこのマイナスのブランディングを跳ね返すだけのブランド力がありパワービ
    ルダーにはなかったということになります。

    
     さて、本論に戻りましょう。
     例え1回でも液状化で噴水、噴砂が市場に噴出した時点で豊洲のブランド力は風評
    というマイナスのブランディングで回復不可能なほど棄損します。仮に汚染物質が検出
    されなくても風評は風評ですから。さらに言うと、液状化で市場に噴水、噴砂が吹き出
    ないように「地下ピット」を検討していることも2011年時点では、風評となり豊洲のマ
    イナスのブランディングに寄与してしまうでしょう。
     だから、わからないようにこっそりやる必要があったのです。

     それにしても「3.11」後、液状化及びその風評を恐れて「地下空間」を慌ててこっそ
    りと基本設計に盛り込んだであろうことくらい誰だってすぐわかることです。
     何でマスゴミは示し合わせたようにこれには今までふれなかったのでしょう。
     これは極めて政治的目的をもっているのだと思います。
     少しづつ少しづつ小出しに情報を出してずっと視聴者の関心をひっぱり、都議会が開
    催される直前に核心的なこの情報を出していく「小池劇場」そのものでしょう。
     都議会は28(水)から10月13日(木)までです。
     
     地下空間の是非について結論めいたことをいえば、現状では汚染水とかベンゼンが
    揮発性物質であるとか問題ですが、いざ地震、液状化となった場合、盛り土より地下空
    間こそ正解だったということになるでしょう。
     橋下 徹氏は「地下空間について壮大なから騒ぎになるかもしれない」と指摘していま
    すが、大騒ぎし過ぎなことは事実でしょう。でも、「小池劇場」は都庁サイドだけではで
    きません。実はもっと大きな「絵」が用意されているのです。
     だから「から騒ぎ」ということにはならないと思います。

     さて、どう転びますか、今後の展開がまだまだ楽しみです。









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政治 | コメント:0 |

夏の戦争映画 VOL.5 「シン・ゴジラ」 その4

    



    【アナザー・ゴジラ】 ~ 「 怪獣とは何か Ⅱ 」 ~

      初代ゴジラとその後の歴代ゴジラは明らかに異質です。
      ミレニアムゴジラには初代ゴジラへの回帰も見受けられるがそれまでの東宝チャンピ
     オンまつりゴジラ、平成ゴジラなどは初代ゴジラを絶対視する人には受け入れがたい
     ものがあるだろう。 
      変貌をとげたゴジラは、「巨神、巨人」、「仏教」、「神道」だけでは説明がつかない。
      とくに第6作「怪獣大戦争」でゴジラが「シェー」してしまうのはどうしたことだ。
      単におちゃめではすまされないでしょ。
      一応、念のため補足すると、「シェー」とは「おそ松くん」でイヤミがするポーズです。

           ゴジラ シェー
                         - 出典 ゴジラ解体全書 -

  
      
      え~、これも「神道」で説明がつきます。
      アマテラスが天の岩戸に御隠れになった時、アメノウズメが裸踊りして笑いをとった
     からアマテラスが天の岩戸からお出ましになったのです。つまり、日本は神話の世界
     でも「笑い」がありなのです・・・・・・。と言いたいところだが、それはちょっと無理があ
     るでしょ。
      アメノウズメ、無理があるで思い出しましたが、「シェー」を通り越して何でもありとい
     うことで近年、怪獣ものの怪作、迷作、珍品が作られました。
      檀蜜の「地球防衛未亡人」(2014年)です。

           地球防衛未亡人

      
      エロチックかつバカバカしくて笑える。
      でも、ニュースペーパーが安倍ちゃんらしき人物を演じて、尖閣らしき島について語る
     件はスパイスが効いている。
      どうもゆるゆるぐたぐたになって収拾がつかなくなりそうなので仕切り直し。

      何でゴジラが「シェー」してしまうこともありなのか?
      「宇宙大戦争」」(1965年)の翌年、円谷プロで「ウルトラマン」が始まっている。
      「ウルトラマン」の前作「ウルトラQ」の時点で怪獣は子供たちのものになっている。
      だからといって、ハヤタ隊員が食堂でカーレーライス食べた時使っていたスプーンを
     変身アイテム、ベータカプセルと間違って笑いをとろうなんて海外のヒーローものなら
     考えられない。
      続く「ウルトラセブン」の有名な「狙われた街」では築古の木造アパートの1室でちゃぶ
     台はさんでメトロン星人とモロボシダンが差し向かいで会話する。これには続編がある
     そうだ。同級生の弁護士 Y が教えてくれた。(あいつは変なこと知っている。)ウルトラ
     マンマックスの「狙われない街」だ。「狙われた街」同様、実相寺昭雄が監督している。
      ウルトラセブンにアイスラッガーで真二つにされたメトロン星人が縫合された姿で再び
     現れる。「狙われた街」と違うところは、携帯電話に高出力の電磁波を流し、地球人の
     脳の前頭葉を萎縮させて無気力化・凶暴化させる計画だったが、地球人は携帯電話
     で自滅的退化を始めていて放置していたも滅びるからいいやと宇宙に帰ってしまうこ
     とだ。夕焼け小焼けのBGMの中、迎えの円盤に乗って戦わずに帰るメトロン星人に対
     してマックスは、ただ手を振りながら見送るラストシーンだとか(爆)。

           メトロン星人 狙われた街
                  ウルトラセブン「狙われた街」
            ウルトラマン、怪獣のパロディーCM、映像は数々あれ
            どすべての淵源はこの作品ではないかと思う。

           メトロン星人 狙われない街
                 ウルトラマンマックス「狙われない街」
                 これが実相寺昭雄の遺作だ。


      そんなのありか。これは日本人以外には撮れない。
      なぜ、そう言えるかというと、これぞ大和魂の発露の果ての大脱線だからだ。
      大和魂というとねじり鉢巻きしめた特攻隊をイメージするがもともとの意味は軍国主
     義の大和魂とは真逆といってもいい意味である。
      大和魂は軍国主義の「死をも畏れない勇気」のようなものではなく、日本人の心性
     の様々な美点のことをいうが、私が言いたいのは辞書的には大和心のことだ。

       やまと-ごころ 【大和心

        ① 物事を処理する能力。処世上の知恵や才能。「大和魂(だましひ)」とも。
 
        ② 日本人の優美で柔和な心情。

                             ~ 学研全約古語辞典 ~


      ここでいう ① の意味ですね。
      これをもう少し砕いて説明すると、不便、困難、逆境でも機転を利かし融通を利かし
     何とかしちゃうことです。古文の授業はほとんど忘れてしまいましたが、「へえ~、そ
     れを大和魂と言うんだ」とこの点だけははっきり憶えています。
      もっと具体的に言うと、忍者が鉄砲隊に取り囲まれて絶体絶命でも畳返しで鉄砲
     弾をブロックして煙幕おこして逃げ切っちゃうことです。
      安宅の関の弁慶が白紙の勧進帳を読んで絶体絶命の窮地を逃げ切るのも大和
     魂でしょう。
      ピンチでも何とかすることが大和魂ですが、弾がなくなって人が弾かわりに体当
     たりすることを持って何とかするとは言わない。
      
      融通を利かす、何とかするといえば、円谷英二は特撮の神様と同時に編集の神様と
     して映画界では知られていたという。特撮の細かいミスカットなども編集で何とかしち
     ゃったそうだ。考えてみれば特撮は通常撮影では撮影不可能なことを「何とかする」の
     連続だろう。
      
      そんな風土が出自のゴジラや怪獣は、大和魂(= 何とかする)の逸脱の逸脱を経て
     「何でもあり」となるのだが、それがどこへ辿りつくかというと日本人のファンタジー、
     ファンシー精神の発露、「Japanese Kawaii」だろう。恐ろしげな初代ゴジラもやがて親
     しみやすくて可愛い存在となっていく。これは一見、気色悪いものもやがてたいがいの
     ものを「可愛い」としてしまう日本人の心性(大和魂)であり、次第に日本のサブカル
     シーンのメインストリームへと踊りでることになるのだ。
      ショコタンが「キモス」とか言って気色悪い深海生物を「カワイイ」にしてしまったのも
     その一例だろう。
      この日本のファンタジー、ファンシー精神の発露「可愛い」がポケモンを産み出した。

      日本文化研究家、イアン・ビュルマのこの言葉はやはり箴言だった。

       日本人がファンタジーを実現しようとする限界を知らないエネルギーと無邪気
       な素直さは世界に類を見ない。

          ~ イアン・ビュルマ 著 「日本のサブカルチャー」(1986年初版) ~



      「巨神 巨人」、「仏教」、「神道」でも語りつくせないゴジラ、怪獣の変容の根源が
     「大和魂」と「Japanese Kawaii」だったのです。


                                            (つづく)



 
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グダグダなアメリカ(ヒラリーは既に死んでいる!?)

    



    ご存知のようにNYでテロがあった。
    今のところ国際テロリストとの関連は指摘されていないようだ。
    単独でもテロはテロ、NY市警もそれなりに警備しているだろうに単独でもテロが起きて
   しまうとこに今のアメリカのゆるゆるグタグタぶりが現れている。
    「ゆるゆるグタグタ」ということはないんじゃないか、むしろ緊迫しているんじゃないかとも
   思われるかもしれなが、緊迫しているところへ輪郭線がぼけてしまう事件が起こっている
   のに、ギャグのような事態にくそ真面目な顔して対応していれば、それは客観的にみれ  
   ば笑劇というか「トホホホ」であり、「ゆるゆるグダグダ」なのだ。

    何のことを言っているかと言うと、例の「9.11」記念式典でヒラリーが病気で中座して
   から2時間後、現れたヒラリーが偽ヒラリー、影武者ヒラリーという事件です。
    もう日本のTVでも取り上げられた。

    偽ヒラリー TV

     日本のTVらしく影武者説、本物説、両論併記の論調だが、もう結論の出たことです。
    この人らしいですよ、影武者ヒラリーは。

    偽ヒラリー   偽ヒラリー 素顔

                     ~ 「Walk In The Spirits」様より拝借 ~  


    いきなり結論へ行ってしまったが、この動画がすべてを語っている。

    

    ブレ 偽ヒラリー
                                   21分21秒あたりです。
    
    この影武者ヒラリー、若しくは少し前の本物ヒラリー?だけが画面が乱れるのは合成で
   ある証拠です。少し前からベンさんは最近のヒラリーの動画はブルーマットの合成だと言
   っているが、まさしくこの動画は如実に物語っている。  
   
    ヒラリー死亡説がABC系列から流されたが、この動画もABCだね。
    これで私は確信しました、このヒラリーは偽物、影武者、若しくはCG合成ヒラリーだと。
    何で?と思われるかもしれませんが、ヒラリーは暗殺されたという情報もあります。
    病死、暗殺いずれか知りませんが、ヒラリーはもう死んでいるのです。
    それまたいきなり飛びすぎ?もう少し、遡って説明しましょう。
    
    副島隆彦氏によると、ヒラリーのメールは約3万通、当局に押収されているようです。
    その中には、いつ、いくら、イスラム国(ISIS)に軍資金渡しなさいと指示した文面があ
   るのだそうです。つまり、トランプ曰くのように「ヒラリーがイスラム国(ISIS)を作った」証
   拠が上がっているのです。もう、当局はいつでもヒラリー逮捕できます。
    ヒラリー逮捕を拒んでいた司法長官もFBI長官もいましたが、ロレッタ・リンチ女史はヒ
   ラリーの夫、ビル・クリントンと密談しているところを密告されてしまったそうです。
    もうまわりから崩され、ヒラリーは「大手 ⇒ 詰み」なのです。
    さて、ヒラリーがイスラム国に資金援助を指示していたとしても、彼女だけがそうなので
   しょうか?「イスラム国」という名前じゃなくても息子・ブッシュも関わっていませんか?
    その前、ビル・クリントンあたりから怪しいんじゃないでしょうか?
    さらに、ヒラリーの回りのスタッフ、後盾と逮捕されるかもしれない共犯者は広がってい
   くかもしれません。
    そうしたら何を考えるでしょう。
    「死人に口なし」です。
    このメール問題のみならずヒラリーは健康問題でもうダメとなれば、当局が逮捕に踏
   み切るでしょう、それはまずいからヒラリーは切ってしまえ、ヒラリーを始末しろというこ
   とになると思います。

    ABCといえば3大メディア、要するにヒラリー同様サバタイ派側です。
    そのABCが誤報という形で「ヒラリー死亡」をリークし、同じくABCがすぐにわかる合成
   動画でヒラリーだけ「消してみせた」のは、「もうヒラリーは殺(や)っちゃたよ」という玄人
   筋向けのメッセージ、ヒラリー暗殺説の真贋を見極めんとする筋への回答だと考えます。   

    それにもかかわらず「ヒラリー!ヒラリー!」と支持している人もいるだろうし、支持してい
   なくても多くのアメリカ人が偽ヒラリーをヒラリーを思い込んでいる状況はグダグダ以外の
   何ものでもないだろう。

    そんな偽ヒラリーと安倍ちゃんがNYで会談する。
    偽ヒラリーと一体何を会談するのかな(爆)。
    一見、愛国国士のふりした安倍ちゃんはヒラリーの子分というから、「もう、我々はお終
   いだから、お前も身のふり方、考えておいた方がいいよ」ということかしらん。

    それを「ヒラリーが大統領になった時のため日米関係を深めるため」とか言っているメデ
   ィアがあるのだからお笑い草だ。   
    
    「親亀こけたら小亀もこける」だからね。

    トランプが大統領になったら日本も激変だろうよ。 












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夏の戦争映画 VOL.5 「シン・ゴジラ」 その3

    



     【ゴジラを生んだ50年代】

      「ゴジラ」(1954年)が誕生した1950年代とはどんな時代だったのだろうか?
      これを詳細にやるスペースもないが大掴みでスケッチしてみよう。
      初代ゴジラがスクリーンに登場した54年の大衆文化でトピックスはプレスリー
     のレコーデイングデビュー、力道山がシャープ兄弟と戦ったことが外せない。
      プレスリーからロックミュージックは始まったといっていいだろう。
      プロレスは関係ないだろうと思われるかもしれないが、ゴジラが他の怪獣と対戦
     するようになるとまるで「プロレス興行みたいだ」と指摘される。プロレスもゴジラと
     同級生だ。そして、ゴジラと一番近い映画でいうと、「七人の侍」がこの年です。
      それではまず映画から50年代をみてみよう。

      〈映画〉
       50年 黒澤 明「羅生門」 52年 黒澤 明「生きる」 53年 小津安二郎
       「東京物語」 溝口健二「雨月物語」 55年 成瀬巳喜男「浮雲」
       といった具合に大島 渚分類による日本映画第2期黄金時代です。
       (因みに第1期黄金時代はサイレントからトーキーになった30年代。この時
        期、後述するように円谷英二は特撮技術の研鑽につとめる。)
      
       56年 中平 康「狂った果実」は日本映画史でもそれなりの位置を占めるが
       世界的にもその影響力は大きい。ゴダールらヌーベルバーグ作家は海外映
       画祭で溝口に熱狂すると共にこの「狂った果実」にも喝采を浴びせていた。
   
       日本映画黄金時代といいつつ57~58年あたりから観客動員に陰りがみえ
       始め、海外ではシネマヴァリテが台頭し58年にはルイ・マルが「恋人たち」を
       撮っている。そして59年にはゴダールが「勝手にしやがれ」で長編劇場映画
       デビューを果たす。(クロード・シャブロル「いとこ同士」は54年であった。)
       すなわち、日本もハリウッドも撮影所システムの映画が量産され、なおかつ
       黄金時代といえる水準の作品群を輩出しつつ、50年代半ば以降はカイエ・デ
       シネマに集ったヌーベルバーグ作家が胎動し始め、50年代最期の年にヌー
       ベルバーグの記念碑的作品が生まれたのが50年代だ。
       50年代の映画界には業界全体に疾走するが如くのダイナミズムがある。

      〈音楽〉
       50年 ケルン電子スタジオ開設 51年 ミュージックコンクレート集団設立 
       52年 ジョン・ケージ「4分33秒」 オリベエ・メシアン「音色=持続」
   
       今で言うテクノの先祖の先祖、「電子音楽」が産声を上げる。後のコンピュー
       ターミュージックのみならず、ゴダールにも影響及ぼしたであろうミュージック
       コンクレートも50年代が始まりだ。要するに今日、「現代音楽」と言われる作
       家が続々とこの時代排出される。モートン・フェルドマン、シュトックハウゼン
       ピエール・ブーレーズ、武満 徹、黛 敏郎等々。  

       「現代」といえばモダンジャズも50年代だ。
       ビバップからウエストコストジャズを経てバードバップ、さらにモードへと目まぐ
       るしく変貌を遂げていく。「ゴジラ」が公開された年にはぎりぎりチャーリー・パ
       ーカーは生きていた。56年はモダン・ジャズ名盤の当たり年と言われている。
        Charles Mingus「Pithecanthropus Erectus」、Thelonious Monk「Brilliant
        Corners」、Clifford Brownand Max Roach 「Clifford Brownand Max Roach
        at Basin Street」、Sonny Rollins「Saxophone Colossus 」
        Miles Davis Quintet 「Cookin 」、「Relaxin」、「 Steamin」、「Workin」
        George Russell「Jazz Work Shop」                          
        そして映画と呼応するかのように59年、Miles Davisが「Kind of Blue」
        をリリースしている。

       プレスリーがデビューしたのだからロックミュ‐ジックも60年代、70年代に向け
       て胎動をはじめ、57年にはモータウンレコードが設立され、58年にはボサノバ
       が誕生している。(この年、東京タワーも竣工している。)

       「現代音楽」はもちろん、「モダンジャズ」、そしてロックやモータウンやボサノバ
       と今日のポピュラーミージックの多くの土台が50年代に出来たといって差し支
       えないだろう。

       同様に「小説」、「演劇」、「美術」、「漫画」とやっていたらあまりに逸脱すること
       から割愛させて頂きます。「科学・技術」で注目すべきことをいくつか。
       50年 クレジットカード導入 51年 原子力発電始まる 56年 ダートマス会議
       人工知能研究始まる

       軽くスケッチしただけで50年代は「現代」(=モダン)が始まった10年と言えよう。
       そんな50年代のはぼ真ん中でゴジラは産声を上げた。

       付言しておかなければならないのは、新しい才能だけがこれらモダンの推進者か
       というとそうとも言い切れない。溝口健二(1898年生まれ)、小津安二郎(1903
       年生まれ)、成瀬巳喜男(1905年生まれ)であって、彼らは20年代のモダニズム
       の洗礼を受けている。黒澤 明は1910年生まれであってモダニズムにかぶれる
       にはやや若いようにも思える。彼には4歳年上の兄、丙午(へいご)が活弁士をし
       ていたことから実年齢よりモダニズムに影響されていたのかもしれない。
       映画に限っていうと、若き日にモダニズムの洗礼を受けたこれら監督たちが、モダ
       ンが大車輪で動き出す50年代に活躍したのだと思う。



     【実験精神の塊 円谷英二】
 
      ゴジラはモダンがまさにモダンたり得た50年代のほぼ真ん中に生まれた。
      製作当初はかくもシリーズ化されることになろうとは夢にも思わなったのではない
     か?先ほどもみたように50年代に「現在」の基礎が出来たといって過言でないだろ
     う。
      「ゴジラ」という特撮映画の基礎を作ったのは戦争だった。円谷英二は以下のように
     戦前から特撮に関しての研究に余念がなかったが、戦争の教材映画、国策映画が特
     撮の完成に拍車をかけたのは間違いない。

       1931年(昭和6年)  日本で初めてホリゾント撮影を行う。

         36年(昭和11年) 日本で初めてスクリーン・プロセスを使う。
                       (日独合作映画「新しい土」)
 
         37年(昭和12年) 国産初のオプチカルプリンターの実験開始

         42年(昭和17年) 国産初のオプチカルプリンター完成 

      戦前、戦中を通じて円谷特撮はほぼ完成していたと言っていいだろう。
      「ハワイ・マレー沖海戦」(1942年)を観たGHQはあまりの完成度に「実録」と勘違
     いしたそうだ。「ゴジラ」の予告編の「アメリカ映画を凌ぐ特殊技術撮影」は敗戦国のか
     ら突っ張りではないのです。「ゴジラ」を観たスピルバーグ少年は「何であんなに滑らか
     な動きなのだろう」と思ったそうだ。「キングコング」はアニメのようなコマ撮り、ハリー・
     ハウゼンの「ダイナメーション」もスクリーンプロセスで俳優の動きをコマ撮りしながらそ
     れにあわせて人形を動かすもので、要するにコマ撮りで動きがぎくしゃくしている。
      これに対してゴジラは着ぐるみに人が入って撮影したのだからこれらに比べると滑ら
     かな動きとなるだろう。
      もっともコマ撮りは製作費がかかるので苦肉の策だったのだが。
      ゴジラ以外の特撮は戦前・戦中にほぼ完成していたし、ハリーハウゼンの「原子怪獣
     現る」(1953年)に影響されたにせよ、ゴジラそのものはあの雄たけび(これは伊福部
     昭)をはじめすべて一から作らなくてはならなかった。それは本多猪四郎の手腕もさる
     ことながらやはり円谷英二に負うところが多い。 
      換言するなら実験精神とパイオニア精神に富んだ円谷英二でないと成しえなかった
     であろう。円谷はそもそも発明家でもあって「自動スピード写真ボックス」を1917年
     (大正6年)に発明している。彼の実験精神とパイオニア精神の淵源はこのあたりに求
     められるが、映画人としての実験精神の源は、あのアヴァンギャルド映画、衣笠貞之
     助監督「狂った一頁」(1926年=大正15年)に参加したことにあるのではないか?
      その痕跡を今回この記事を書くにあたって私は発見してしまった。

      初代ゴジラで印象的なのはゴジラが放射線吐く時、背びれの輪郭線が光るところだ
     ろう。「狂った一頁」の冒頭、稲妻のシーンがあるが、紙の切り抜きのような幾何学的
     な稲光がサブミナル映像のようにフラッシュする。ゴジラの背びれの輪郭線が光るシ
     ーンはこの紙の切り抜きのような幾何学的な稲光にインスパイヤーされていると思う。

    ゴジラ 光る背びれ2

    狂った1頁

      

      どうもわかりづらいと言うなら動画を観て下さい。4分9秒あたりにフラッシュします。

    



      当時だって稲光の照明技術くらいあったはずだが、これはわざと紙の切り抜きのよう
     な幾何学的な稲光にしたのだと思う。1920年代はモダニズムの時代だが、映画の世
     界ではフランスアヴァンギャルド映画を中心にサイレントのアヴァンギャルド映画が潮
     流だった。
      「狂った一頁」はカリガリ博士(1920年)のようなドイツ表現主義の影響受けたものと
     思われる。思いっきりすっ飛ばすとゴジラの造形の一部の淵源はドイツ表現主義にあ
     ったということになる。それはともかくアレックスコックス監督のように初代ゴジラ絶対
     主義の人は初代ゴジラにアートを観ているのかもしれない。
  
      【ゴジラを生んだ50年代】で見たように、モダンがモダンたり得た50年代、その中心
     人物は若き日、モダニズムの洗礼を受けたミドルと若い新しい才能だったろう。
      円谷英二もそんなモダニズムの洗礼を受けたミドル(ゴジラ製作時、53歳)だった。
      彼の場合、モダニズムの洗礼を受けたミドルというだけでなく、そもそもが実験精神
     の塊のような男だった。 

      ロックミュージック界で、プレスリーと違ったカテゴリーで彼を凌駕することは可能だ
     ろう。でも、プレスリーと同じモード、同じフォーマットで彼を超えることは不可能である。
      それはプレスリーの音楽、歌唱が優れているとかいうことばかりでなく、彼が「モダン」
     という時代の先駆者だからだ。
      ゴジラも同様で、違うスタイル、例えば「ジョーズ」とか「エイリアン」とかが「初代ゴジ
     ラ」を凌駕する可能性はある。(実際、そうかどうかは定かではない。)「初代ゴジラ」と
     同じスタイル、同じフォーマットで歴代ゴジラがこれを凌駕することはできない。
      この言説にとどめを刺すのが、円谷英二がモダニズムの洗礼を受けたミドルとして
     「モダン」がモダンたり得た50年代に「ゴジラ」を作ったということだと思う。



     【ゴジラとは?怪獣とは何か?】

      「ゴジラ」(1954年)の予告編を改めて観てみると、嵐のシーンがあって、原作者・香
     山 滋、監督・本多猪四郎、特撮・円谷英二がどこまで意識していたか知らないが、や
     はりゴジラの背景には破壊神としての自然がどこに潜んでいるように思えてならない。
      もちろん、ゴジラそのものはあくまで「200万年の眠りから醒めた古代生物」ですが。
      ゴジラは「怪獣」なのであって、怪物でも異星からやってきたエイリアンでもなければ、
     まして恐竜そのものでもない。
      誰が言ったか忘れたが、外国人に「怪獣」を説明するのはとても難しいそうだ。
      第一作から「シン・ゴジラ」までの全29作で一口に「怪獣」といってもゴジラ自体が相
     当に様変わりしていることがさらに事態を錯綜させている。
      「シン・ゴジラ」は初代ゴジラの21世紀バージョンであることから多様なゴジラ像のう
     ち初代ゴジラを中心にその実像に迫ろう。
      
      人に害を及ぼす、攻撃するという点では同じだが、ゴジラは「ジョーズ」や「グエル」な
     どではない。彼ら巨大生物は放射線を吐いたりしない。外国映画では単なる巨大生物
     と神話性を帯びた生物がはっきりと別れている。ゴジラはこのあたりが判然としない。
      有名な言説なのでご存知の方も多いと思うが、第1作が山から顔を出すゴジラを捉え
     てダイダラボッチ神話を見出す人がいる。

             ゴジラ ダイダラボッチ

             ダイダラボッチ


      世界各地に巨人、巨神神話が多いが、「巨大生物が海から現れる」のは日本の場
     合、ダイダラボッチとなるようだ。
      ダイダラボッチというと我々は「もののけ姫」を想起するだろう。伝説上のダイダラボッ
     チとはだいぶ趣が異なり、背びれがあるあたりはゴジラからの“ 逆輸入 ”かと思わせ
     る。

             もののけ姫ダイダラボッチ


   
      「もののけ姫」のダイダラボッチはシシ神であり、森の生命を司る神であった。
      ゴジラの場合、同じくアミニズムの国、日本の神でも「もののけ姫」のダイダラボッ
     チとは異なり破壊神なのだいいたいところだが・・・・。         
      「怪獣とは何か?」と漠然と思い始めたのは21世紀になってからであり、ここは一
     つ、 マニア、専門家の言説を借りよう。

       わが国日本でも、仏教の伝来とともに、夜叉や羅刹(らせつ)など人に害をなす
       荒ぶる神を祀り、守護神として崇める風習=荒神信仰が始まっている。
       これこそまさに、映画内で表現されていた、怪獣信仰の原型と呼んで差し支え
       ないだろう。

                             ~ ゴジラ 解体全書 ~


      この荒神信仰をメインに扱っているのが、第25作「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪
     獣総攻撃」だという。初代ゴジラは荒神信仰でもいいが、怪獣全般となるとそうはいか
     ない。モスラやキングシーサーといった怪獣はどうしたことだ。それにシリーズ途中から
     変わってゴジラが破壊神ではなくヒーローのようになってしまうのはどうしたわけだ。
      これも海外のモンスター映画では考えられないことだ。
      日本は仏教国であるのと同時に神道の国でもあります。
      これについても都合のいい便法があるのです。「荒魂と和魂」です。

       神道には荒魂(あたみたま)という概念がある。
       戦前の刊行された「神道大辞典」には、荒魂は「外面に現れた荒荒しい、
       戦闘的な、積極的な方面の作用」と記されている。神を自然の象徴と捉 
       えるならば、人間にとって脅威となる激しい災禍を引き起こすのが荒魂と
       いえる。
       もうひとつ、荒魂と対になっているのが和魂(にぎみたま)。こちらは神霊
       の通常の状態で、緩和な作用を人間にもたらす。四季が巡り、作物が実   
       るというプラスの働きだ。おもしろいのは、荒魂と和魂がはっきり分離され
       ているわけではなく、一つの霊魂である点。

                           ~ ゴジラ解体全書 卯月鮎 ~
 
     
      これでシリーズ途中からゴジラが正義のヒーローになってしまっても得心がいくだろう
     か?私は「東宝チャンピオンまつり」世代、すなわち「怪獣総進撃」、「ゴジラ・ミニラ・ガ
     バラ オール怪獣大進撃」あたりの怪獣で育った世代であります。
      要するにウルトラマンの怪獣と変わりない。
      そんな私にはこれらだけでは説明のつかない事態があるのです。

                                       (つづく)








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妄想劇場 「 小池お代官さまと森お代官さま 」

    



    え~、番組の途中ですが、ここでNEWS、いや妄想劇場をお届けします。
    小池東京都知事が豊洲移転に関して攻め込んでいる。
    昔、「説教チャンネル」というTV番組があったが、それを現実にしちゃった。

     小池都知事が公開説教、豊洲盛り土虚偽情報に怒り

      東京都の小池百合子知事は12日、築地市場の豊洲移転をめぐる
      土壌汚染対策に関し、都が「虚偽」の情報を公開していた問題で、
      関係部局の担当者を集め、「公開説教」した。「都政にとって重大な
      局面だ」と踏み込み、汚染対策に使われた858億円の正確な使途
      の調査も命じた。都の意思決定を「ブラックボックス」と指摘してきた
      小池氏は、象徴するような事態に直面。移転問題は決着点が見え
      なくなってきた。

                           ~ 日刊スポーツ ~

     
    少し前までは、「いまさら豊洲への移転中止と言われも冗談じゃない」と怒り心頭だった
   「築地市場協会」の伊藤裕康会長も今やすっかり矛先を収め、、「豊洲市場が消費者に
   信頼してもらい、水産物などを買ってもらえる市場になれるのかどうか、不安でしかたな
   い。早急に実態を解明し、結果を公表してほしい」と知事に歩調を合わせざるを得ない。
    どうでもいいけど、この伊藤会長、テリー伊藤に似ているね、顔といい話し方といい。

    それにしても小池知事はメディアの使い方がうまい。
    こうやって、豊洲及びこれに関わった都職員らの瑕疵をひとつひとつ暴いてメディアに公
   表し、移転延期反対派すら取り込んでいく。もちろん移転延期の世論もさらに盛り上げる。
    小池知事は政界渡り鳥の体質といい、メディアの使い方といい、中曽根型の政治家では
   ないかと思えてくる。
    
    それにしても豊洲延期と土壌汚染対策の瑕疵の検証も結構だが、現実問題として補修
   でどうにかなる問題ではないようだし、どうするつもりか?
    引用記事の末尾にあるように「移転問題は決着点が見えなくなってきた。」と誰もが思う
   だろう。
    さてさて妄想劇場の始まり始まり。


    都内某所の料亭にて渦中の人物が何やら密談。

     森お代官    いや~、就任そうそう見事な仕事ぶりですな。 

     小池お代官  これもすべて森お代官さまのお力添えがあってのことでごさいますわ。 

     森お代官   そうよの~、世間では我ら二人が裏で握っているとは夢にも思わん
              だろうからのう。 ま、お一つどうぞ。

     小池お代官  それにしても豊洲をカジノに模様替えしてしまうとはさすが古だぬ(き)
              おっといけない、名お代官の森さまは大所高所からご覧になっていら
              っしゃる。


     森お代官   お世辞はいいから、もっともっと豊洲移転撤回の世論を盛り上げて
              くだされ。そのかわり五輪の予算カットはお手柔らかに。
              仮にカットしてもわしに火の粉がふりかからんようにな。

    
     小池お代官  もちろんですとも。  

     森お代官    おぬしも悪よのう~。

     小池お代官  何をおっしゃいます、おほほほほ(あんたに言われたくないわ) 


      
    実際問題、豊洲は今さらどうにもならないし、無関心だった都民もこれで目が覚めてしま
   った。早晩、コンバージョン(用途変更)ということになると思います。
    以前の記事で「待機児童対策には空家」と書いたら小池知事は、実際にその方向で対
   策を策定した。

    今回も豊洲をカジノにコンバージョンしたりしてね。

    あくまで妄想劇場だけどね。 






     
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