素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

この世界の片隅に 後編


    〔情報量の変容・対位法〕

     「シン・ゴジラ」、「君の名は。」、「この世界の片隅に」、昨年の大ヒット3作品に共通す
    るものは何だろうか?
     それぞれ全く違う世界を描いているようで圧倒的情報量という点で共通している。
     (と言いつつ、「君の名は。」はいまだに観ていない“ 非国民 ”ではあるが。
      監督・新海 誠が自作は情報量にもの言わせたと言っているのだから間違いある
      まい)

     「シン・ゴジラ」については既に述べた通りだが、「この世界の片隅に」は違うのではな
    いのか?「シン・ゴジラ」が煮えたぎるような情報の沸騰を描いているのに対して「この
    世界の片隅に」は時代設定もさることながら、水彩画、日本画?のようなタッチで情報量
    など微塵も感じられないかのようである。
     片淵須直監督は風化しつつある戦前・戦中の記憶を後世に残すべく、当時の人々の
    生活、風俗、町並み、自然等々を徹底取材して背景の看板のレタリング、行き交う人々
    衣装の細部に到るまで精緻に描きこんだ。画面のタッチではわからないが、背後には
    膨大な情報量が沈み込んでいる。

     人々はなぜ、ディズニーランドに行きたがるかと言うと、現実の街並みがどんどん人工
    的空間に変貌をとげつつある昨今、キッチュとさせ言えるディズニーランドの人工的空間
    に身を置くことによって却って安心感が得られるからだと説明される。
     私は変わっているのか、うっとうしい程の情報の洪水である「シン・ゴジラ」の世界に
    むしろ“ 居場所 ”を感じるのだ。
     「この世界の片隅に」は一見、全く「情報」というものを感じさせないが、「情報」、正確
    には「情報量」が本作を説話論的に読み解くキーワードだということを押させておこう。

     宮崎 駿にしろ押井 守にせよ「巨匠」と呼ばれる人の映画は「美術」(映画の場合、
    セット、アニメの場合、背景をいう)、「情報量」の映画となるものです。
     実写でも「巨匠」と呼ばれる人の作品は同様の傾向が伺えるし、今日、優れた作家の
    作品は「情報量」がものをいう。AKB48だって、あれだけの人数が踊るのだから「情報
    量」に換算したら圧倒的なものとなる。
     
     本作の特異な点は、突如として「情報量」が変容することが挙げられるだろう。
     鉛筆、クレヨン?で描かれてすずさんの絵がアニメの原画のようにインサートされたり、
    格子の中で彼女の絵が絵コンテのように浮かんでは消えたり、インサートされたすずさ
    んの絵の中に彼女らが逆い吸いこまれたりする。
     これらはすべて様式のアクセントに過ぎないのかというとどうもそうではないことにやが
    て気づくのであります。
     すずさんが描く素描はラフタッチであり、もちろんそれはそれでいいのだが、これらを
    「情報量」に換算するとどうなるのか?
     デジカメの画像処理能力ではないが、地の文章のアニメーションに比べれば、インサ
    ートされるすずさんの絵の画素数は明らかに落ちる。この情報量(画素数)の変容こそ
    この映画の魅力、秘密ではないかと一晩考えて結論づけた。
     くり返される「情報量」の変容は単なる様式のアクセントではなく、いわばつまり説話
    論的伏線だといえよう。どういうことかと言うと、「ウエストサイドストーリー」のオープニ
    ング、CADで設計図描いているようにアットランダムにキャンバスのような画面に直線
    が引かれる。かなり長いこと直線が引かれ、何のことやらと思った頃、これらがNYの
    摩天楼の外形線をなぞったものだと明らかになる。次の画面では、カメラは地上に降り
    てきてバスケットコートとかで俳優たちがいかにも様式的な動きをする。いかにミュージ
    カルとはいえ、いきなりこんな傾(かぶ)いた動きされたら笑ってしまうのだ。冒頭のア
    ブストラクトなシーンが延々と続くからこそこの不自然なアクションにも入っていけるの
    だ。これと同様、すずさんの絵のインサートの繰り返しははクライマックスのための説
    話論的伏線だ。

     さて、コトリンゴの「悲しくてやりきれない」で始まる本作は「対位法」の映画だと容
    易に推察されよう。ここでいう「対位法」とは音楽用語ではなく、映画用語であります。
     黒澤 明やスタンリー・キューブリックが得意とした画面と音楽の「対位法」だ。
     (もっとも武満 徹氏はこの映画の「対位法」に異論を唱えているが、とりあえず、
      今回はこれを「対位法」と呼ばせてもらいます。)
      
     例えば「野良犬」の終盤、犯人(木村 功)と刑事(三船敏郎)が対峙する緊迫した
    シーンの背後では郊外の一軒家でピアノの練習曲がのんきに流れていた。
     音楽ではないが、「生きる」で主人公役の志村 喬がガンで余命幾ばくもない境遇
    で落ち込んでいる時、背後ではうら若き乙女たちが「キャ、キャ」と嬌声をあげていた。
     「時計仕掛けのオレンジ」でアレックスがレイプしながら歌うのはミュージカルナン
    バー「雨に歌えば」であった。これらはすべて画面と音楽(音)の対位法だ。

     本作のクライマックスの一つ、すずさんが地中の時限爆弾でつれていた晴美と自分
    の右腕を失ってしまうシーンでは一瞬、画面が暗転する。つまり、「情報量」は急速に
    低減する。この暗転画面ですずさんの素描のようなタッチの絵で何が起こったかすべ
    てが語られる。このシーンは重要なシーンであるにも拘らず急激に低減した「情報量」
    で描かれるのだ。私は映画技法研究家ではないのでこれを何と呼んだら正確かわか
    らないが、これはドラマと画面の対位法ではないか。
     その昔、NHK教育テレビ(今のEテレ)で黒澤 明が自身の創作技法を自作動画つ
    きで解説していた。 黒澤曰く「何でみんな肝心なシーンで寄りたがるかね。僕は肝心
    なシーンは逆に思いっきり引くけどね」「酔いどれ天使」の有名なペンキまみれの格闘
    シーンへの導入部を思い出してもらいたい。廊下から部屋のドアを開ける際、思いっき
    り引いた縦構図の廊下の画面がインサートされる。このシーンを見せながら黒澤は説
    明していた。
     「この世界の片隅に」ですずさんが右腕を爆弾で飛ばされるシーンが、私にはこの
    「酔いどれ天使」の引いた画面に似てるまで言わないが、通じるものがあると思える。
 
     すざさんが右腕を失ってからはさらに手のこんだ「対位法」が使われる。
     右腕を失ってもしばらくは「ええんじゃよ」の精神で平静を装っていたすずさんが、突如
    として感情を露わにするシーンは画面がクレヨン、油絵?のように変わりこれまた急速に
    「情報量」(画素数)が低減する。ここまではドラマと画面の情報量による「体位法」なの
    だが、この後ナレーションがかぶってくると事態はさらに変容する。「右腕があれば何が
    出来たか」を次々とナレーションでかぶせるとドリーバックズームインのような錯覚を覚
    えるのだ。

     私が知る限り、ドラマと画面の「情報量」による対位法や、画面とナレーションによる
    ドリーバックズームイン類似の効果に挑んだ映画は本作が初めてであります。
     本作の「ええんじゃよ」の精神に満ちた「美しき日本」とのん演じるすずさんのキャラ
    クターに魅せられ、これら新基軸の映画技法に心揺さぶられた人々が「この世界の片
    隅に」をベストワンに選んだのだと思う。

     「シン・ゴジラ」で述べたことを一部、訂正しないといけない。
     私は「この世界の片隅に」でも2度、鳥肌が立った。
     すずさんが右腕を失う爆弾のシーンとラストに到る終盤のシーンだ。

     でも、「シン・ゴジラ」が私の昨年度ベストワンであることは変わらない。
     その理由は「シン・ゴジラ」で述べた通りです。

                                    (了)



            
     もはやアニメ監督ほど映画をコントロール仕切る、若しくはこだわり抜く
     実写映画監督は日本にはいないのではないかと最近、思うのです。











スポンサーサイト
映画 | コメント:0 |

トランプ大統領就任

    



    トランプが無事、アメリカ大統領に就任した。
    大統領就任式から暗殺がささやかれるのも珍しいことだが、イスラム国他トランプ暗殺を
   予告する勢力はあとを絶たず、暗殺の動機も十二分にあったのだ。
    米連銀から政府発行紙幣へ変えようとして暗殺されたジョン・F・ケネディーのようにトラ
   ンプは「革命」を遂行せんとしているのだから。

   
    暴言王・トランプもさすがに覚悟をきめていたようで「今週、私は生き残ることができない
   かもしれない・・・」と遺言めいた言葉をプーチンに託していたと伝えられる。
    一方、毒を食らわば皿までCNNはトランプが暗殺されたら、オバマが指名した人物が大
   統領になる旨、報道していた。メディアが公正でなくてもいいのは大統領選の期間中だけ
   のはずだが、B層にもわかるくらいCNNは馬脚をあわらし始めたね。

    なにはともかくトランプが無事、アメリカ大統領に就任したことはめでたい。
    彼の就任演説はこちら。




    一部、抜粋してみよう。

     For too long, a small group in our nation’s Capital has reaped the rewards
     of government while the people have borne the cost.

     Washington flourished – but the people did not share in its wealth.

     Politicians prospered – but the jobs left, and the factories closed.

     The establishment protected itself, but not the citizens of our country.

     Their victories have not been your victories; their triumphs have not
      been your triumphs; and while they celebrated in our nation’s Capital,
     there was little to celebrate for struggling families all across our land.

     That all changes – starting right here, and right now, because this moment
      is your moment: it belongs to you.

                                    ~ ロイター ~


     あまりにも長い間、ワシントンの小さなグループが政府の恩恵にあずかる一方で、
     アメリカ国民が代償を払ってきました。ワシントンは栄えてきましたが、人々はそ
     の富を共有していません。政治家は繁栄してきましたが、仕事はなくなり、工場
     は閉鎖されてきました。既存の勢力は自分たちを守ってきましたが、国民のこと
     は守ってきませんでした。彼らの勝利は皆さんの勝利ではありませんでした。
     彼らが首都で祝っている一方で、闘っている国中の家族たちを祝うことはほとん
     どありませんでした。すべてが変わります。いま、ここから始まります。なぜなら、
     この瞬間は皆さんの瞬間だからです。皆さんのものだからです。


    ぼかしてはいるが、明言している。
    「For too long, a small group in our nation’s Capital (あまりにも長い間、ワシントン
     の小さなグループ)」と。サバタイ派(カバル)とは言っていないが、「小さなグループ」と
   はっきり言っている。共和党や民主党でもなくて「小さなグループ」と。これに「あまりにも
   長い間」が加われば、わかる人は誰のことを指しているかすぐわかる。

    順番は逆だが、冒頭、トランプはこう切り出している。 

     Chief Justice Roberts, President Carter, President Clinton, President Bush,
     President Obama, fellow Americans, and people of the world: thank you.
 

                                        ~ ロイター ~

     ロバーツ最高裁判所長官、カーター元大統領、クリントン元大統領、ブッシュ元大統
    領、オバマ大統領、そしてアメリカ国民の皆さん、世界の皆さん、ありがとう。

    ブッシュは欠席するはずじゃなかったのか、ヒラリー・クリントン(らしき人物)は出席して
   いたようだが。
    いつもの暴言王とは別で、これはもっといやらしい公開処刑のようなものじゃないか。
    褒め殺しともいえるオバマへの賞賛の後、カメラはオバマを捉えたが、いつものオバマで
   はなく、苦り切った顔をしていた。
    昔でいえば「市中引き回しのうえ磔獄門」のうち、「市中引き回し」だ。
    もちろん、現代だから獄門などはできない。私はいの一番にトランプが「ロバーツ最高裁
   判所長官」と謝辞を述べたことを見逃さない。「ロバーツ最高裁判所長官!彼らの大量逮
   捕に署名してくれてありがとう」という意味じゃないのか。

    トランプの遺言にはまだ先がある。
    「今週、私は生き残ることが出来ないかもしれない・・・しかし、生き残れたなら、あのろく
     でなしの奴らに仕返ししてやる!そうすれば、みなが勝利する!」

    トランプ大統領!どうぞ奴らに仕返ししてやってください。










政治 | コメント:0 |

パパブッシュ集中治療室へ

    



    番組の途中ですが、breaking news です。
    パパブッシュが集中治療室へ入った模様です。

     
     ジョージ・H・W・ブッシュ元米大統領(92)が、肺炎でテキサス州ヒューストンの
     病院に入院し、集中治療室に移されたとスポークスマンが18日明らかにした。
     気道を確保する治療を受け、容体が安定しているという。

     また、バーバラ夫人(91)も疲労やせきの症状が出たため、同じ病院に入院した。

                                     ~ ロイター ~


     ジェイコブ・ロスチャイルド、デヴィッド・ロックフェラー共に死亡した、いや存命だと憶測
    が乱れ飛んでいる昨今、パパブッシュも危ういとは!

     これは天の配剤というべきものか。
     因みにバーバラ・ブッシュはアレイスター・クロウリーの娘と言われている。
     彼女の黒魔術も新しい光の時代には通用しなくなったのだろうか?

     もっとも責任逃れの偽情報と言う目もある。
     何たってこのNEWSの第1報はCNNだからね(苦笑い)。

     いずれのせよ「時代が変わる」、「世の中、変わる」とは実は、意外にベタで「世代交代」
    だったりする。
      
     もうこの流れは止められないのだ。






  

政治 | コメント:0 |

この世界の片隅に 前編

     



     多くの人が既に観たであろうこの映画をようやく観れました。 
     いつぞやいきつけのバーに行った際もマスター、常連客、入れ替わり入ってくる客もみ
    んなこの映画の話題で持ち切りで未見の私は一人蚊帳の外でした。

                                    以下、ネタばれを含みます。



    〔ええんじゃよ、ええんじゃよ〕~ かつて美しかった日本~

     「聖地巡礼」なんて言葉が昨年の流行語大賞にノミネートされた。
     アニメ、ドラマのロケ地を訪ねることを言うのだが、この映画の舞台、広島、呉とは少し
    ロケーションがずれるのだが、瀬戸内海沿岸の広島県の街というと、大林宣彦監督の
    尾道3部作が思いだされる。特に「時をかける少女」は角川映画特集をやれば必ずリス
    トアップされる1本だ。本作がデビュー作の原田知世がジュブナイルの世界を見事に体
    現していると誰もが認めるだろう。
     リアルタイムで観た時は気づかなかったが、再見してみて気づかされるのはジュブナ
    イルの世界のベースになっているのは尾道という瀬戸内海の街の持つゆるやかでたお
    やかな世界だということだ。これを最も体現しているのは上原 謙、入江たか子の2人
    が演じる老夫婦だろう。大林監督はジュブナイルの世界と共に尾道の持つこのゆるや
    かでたおやかな世界をフィルムに定着させたかったのだと思う。

     随分とまわり道したが、「この世界の片隅に」で忘れてはならないのは、広島、呉とい
    う瀬戸内海の街のゆるやかでたおやかな世界が基本のトーンだということだ。
     公開時、「時をかける少女」のゆるやかでたおやかな世界に気づかなかったのは、私
    が若かったせいもあるが、あの当時はまだどこかでゆるやかさやたおやかさが残って
    いたからだ。今や都会ではこれらはほとんど残っておらず、せわしなく、ぎすぎすした世
    界に変貌してしまった。 
     本作の魅力は、のんが声優つとめるすずさんのキャラクターによることは言うまでもな
    いが、すずさんが許容されるのはゆるやかでたおやかな世界がベースとなっているか
    らだ。
     残念ながら、おそらく現代においてはすずさんのようなキャラクターはいじめられる存
    在だと思う。


     広島というと最低もう1本、忘れ難い映画があげられる。
     もちろん、小津安二郎監督の「東京物語」だ。
     広島から状況した笠 智衆、東山千栄子演じる老夫婦が長男夫婦、長女夫妻にじゃけ
    んにされ、結局、一番親身になってくれるのは原 節子演じる戦死した次男の嫁・紀子
    だったというストーリーだ。そんな紀子に笠 智衆が感謝の言葉を述べると、紀子は
    「私、そんないい人じゃないんです。戦死した夫のことも忘れてしまうこともあるんです」と
    答える。
     これを受けて淡々と笠 智衆が「ええんじゃよ、ええんじゃよ」と返す。
     この「ええんじゃよ」という言葉には、ゆるやかさとたおやかさをベースに艱難辛苦をの
    り越えた先の許しと寛容と達観が満ちていると思う。
     「この世界の片隅に」の登場人物はゆやかでたおやかな世界に生きているだけではな
    く、貧乏、不幸、戦争の影を「ええんじゃよ」の精神でやり過ごしているように思える。
     食うものがなくても、つらくても、戦争に息子とられようと、すずさんのように爆弾に右腕
    をもがれようとも。
     すずさんの義姉・径子さんのように娘・晴美を失って感情を露わにしても、結局は「ええ
    んじゃよ」の精神に落ち着く。現代ならそんな簡単には済まないだろう。
     彼らはみな、不幸、不遇、貧乏に不平・不満言うこともなく、許しと寛容の精神に満ちた
    「ええんじゃよ」を胸につつましくもけなげに生きているように思える。  
     これらはすべて現代日本には存在していないものだ。
     幕末、明治、大正、昭和(戦前)と日本を訪れた外国人の多くがその美しい風土に心奪
    われたと共に貧しくも「美しい日本人」に驚嘆した。

     かつて、日本は美しかった。

     戦前、戦中を知らなくても、我々は遺伝子レベルでこれを知っている。
     だからみんなこの映画に魅かれるのだ。

                                            (つづく)




     
     すずさんの親世代がやがて「東京物語」の笠 智衆、東山千栄子夫妻となり、
     すずさんの義姉・径子世代が「時をかける少女」の上原 謙、入江たか子夫妻
     となっていくだろう。 










映画 | コメント:0 |

トランプ記者会見は日本のマスゴミに影響するか?

    



    先日、トランプの記者会見が行われた。
    CNNなどトランプに批判的、いや誹謗中傷の酷いメディアは質問の機会すら与えられ
  ず、日本のTVはこれに批判的な報道に終始した。
    曰く、「大統領にあるまじき態度」、「報道の公正性に欠ける」等々。
    「サンデーモーニング」もほぼ同様の論調だった。そもそも日本のメディアは大統領選
  はヒラリー勝利の予想が大半で、いまだなぜトランプが勝ったのかよくわかっていないの
  だからしょうがない。改めていうが、トランプ勝利は一種の「革命」なのだ。

   過去記事に目を通したら、2010年時点で「アメリカ国民の92%が革命に賛成」という
  CNBCの調査があると書いていた。(ぐぐっとベンさん VOL.3 )
   アメリカ国民の過半がトランプに投票したなら、トランプは「革命家」として選ばれたとい
  ってもいいだろう。(これについては後記詳述)そんなことはない、総得票数ではヒラリー
  の方が上回っていたんだ、トランプは差別主義者でアメリカを分断したんだと今だに言い
  張る日本のメディア、知識人が少なくない。トランプ就任前、若しくは就任時にテロが囁
  かれるが、もしヒラリーが当選していたら、そんなもんじゃない、今頃、アメリカは内戦状
  態だったろう。
   不正選挙はいくつもの過程で行い得るようだが、今回も不正選挙を巡って水面下で激
  しい攻防があったようだ。副島氏によると、約600万票、トランプの票がヒラリーに盗ま
  れているそうだ。ペンシルベニア州の開票が98~99%で1時間以上もかかった時点で
  私は「不正選挙やったな」と直感したが、やはりその通りだったのだ。
   総得票数でもトランプが圧勝している、これが実態だ。

   さて、なぜ2010年時点で米国民の大多数が「革命」を望んでいたのか?
   当時はアメリカの地銀破綻が加速していた。

     2007年⇒3行
     2008年⇒26行
     2009年⇒140行

   2010年には500行が破綻するのではないかと米上院議員のジムバニング氏は述べ
  ていた。その後はフォローしていないが、地銀が破綻すれば地域経済も棄損する、地域
  経済の沈下はさらに地銀の破綻を誘発する。これらの結果は、アメリカ中産階級の没落と
  して現れる。巷間喧伝されるとおりだが、具体的にいうと2010年時点からさらに7年経っ
  た現在、アメリカの貧困層は約4,600万人、7人に1人の割合だ。これに貧困予備軍ま
  で加算すると、実にアメリカ国民の3分の1にも及ぶという。 
   「もう我慢ならない、『 革命 』 を起こして元のアメリカに戻してくれ!」とアメリカ国民が
  考えるのは当然のことだ。「Make America Great Again」は日本人には単なるお題目で
  もアメリカ人の心の叫びをトランプが代弁したものだ。

   トランプの記者会見批判を扱った「サンデーモーニング」に戻ると、コメンテーターの中で
  萱野 稔人氏だけは異彩を放っていた。曰く、「トランプのCNNへの質問拒否が酷いよう
  でも、これはアメリカ国民のマスコミ不信を現したものだ」構成台本でこのコメントが発せら
  れるようになっていたからか、アメリカ国民のうちメディアを信用しているのは今や30数%
  に過ぎないことも放送された。
   なぜ、信用されないのか、それは簡単で偏向報道、世論誘導・捏造があまりに露骨だ
  からだ。

     テレビ局で一番、悪質だったのは、CNN であり、その子会社の 世論調査
     会社(ポールスター)の Real Clear Watch リアル・クリア・ウォッチ社 である。

     CNNは、あまりもの偏向報道(へんこうほうどう)をやり続けたので、怒った、
     アメリカ国民が、このケイブル・テレビの契約を打ち切る者が、” Cut the Cable “
     で、ものすごい数で出ている。CNNは、きっと経営が傾くだろう。CNNは、まだ
     何らかの反省とか、謝罪の声明を出していない。 まだ、まだ、このまま、やる
     気だ。
 
                        ~ 副島隆彦 重たい掲示版 2051 ~


    トランプがCNNに手厳しいのは、これらの国民の動向を承知しているからだ。
    CNNの偏向が明るみになったのは、2009年頃であり、「Tell The Truth(ホントの
   こと言え!) NO More Lies(ウソつくな!)」と生放送中に騒がれた。
    この動画は何度か貼ったがもう一度、貼っておこう。

   

    アメリカのメディアがダメになったのはかれこれ10年以上前からのことだ。

     現在、政府首脳陣は、PBSから、CBS、ニューズウィークにいたるまで、ニュース
     組織に圧力をかけ、コントロールし、脅すことを実践しています。

             (中略)

     そして毎日のように、IT に精通したファシストグループを使って、大統領に批判的
     な記者に圧力をかけているのです。

             (中略)

     これらすべての理由から、広範囲にわたる国際的な調査で、アメリカのプレスは世
     界で、自由に報道が許されているプレスのなかで27番目に位置づけられました。 
     
          ~ 出典 2005年「ウィ・メディア会議」でのアル・ゴアのスピーチ原稿 ~



     当時はブッシュ政権だったが、オバマ政権に代わってもこの趨勢は大きくは変わらな
    かった。圧力かけるまでもなく自主的に協力しているメディアも存在する。
     「アメリカが風邪ひけば日本も風邪ひく」―― 日本のメディアもこの動向を後追いして
    いるのではないか。
     トランプが大統領になれば、アメリカメディアの惨状が明らかになる。
     さあ~、日本のメディアは火の粉がかからないように必死だよ。
     
     さて、ベンさんはトランプの記者会見をどう見ているのだろう。

  

    「サンデーモーニング」は視聴率15%前後、1000万人以上が視聴していることにな
   る。ベンさんのこの動画は約1万(今後累計されても2~3万程度か)。その影響力の
   格差ははかりしれない。かくして日本人は相変わらず「真実」を知ることなく、盲目的に
   メディアを信用したままなのだろうか?そうとも言えない事態が見てとれるのだ。
    昨年12月27日の「読売新聞」にその徴候は現れている。
    ヘンリー・キッシンジャーがトランプについて述べている。


     「トランプ大統領の誕生は、とてつもない現象だ。米史上、このような
     大統領が生まれたことは、いまだかつてなく、彼の勝利を真剣に受け止め
     なければならない」

     「彼は極めて高い政治的資質を示してきた。特定の団体に何のしがらみも
      ない。傑出した大統領になるまたとない好機で、これを前向きにとらえ彼に
      はチャンスを与えるべきだ」

                        ~ 読売新聞 12月27日 ~


    TVとはトランプに対してだいぶ論調が違うようだ。
    この記事を表層的に捉えると「H・キッシンジャーがトランプにお墨つきを与えている」と
   なる。「トランプ大統領の誕生は、とてつもない現象だ」、「特定の団体に何のしがらみも
   ない。」とH・キッンジャーは評価している。これらを統合すれば、トランプを一種の「革命
   家」と考えていると言っもいいのではないか。   
    第2層は、「そうやって読売1000万読者(今はもっと少ないか)にトランプをPRしてい
   る」と考えるだろう。
    我々は、「いよいよ、H・キッンジャーが表に出てきたか、そして『俺(H・キッシンジャー)
   がトランプの後見人だ』と宣言したな」と読みます。
    
    TVは1,000万以上の視聴者に影響を与えるが、読売だって購読者が落ちたとはい
   え、900万くらいはいるようだ。国民はしばらくトランプ批判とトランプ評価の狭間で揺れ
   るだろう。

    トランプは記者会見を拒否し、ソーシャルメディアで自ら発信することを公言している。
    そうは言うものの、たまには記者会見やるのだろう。その都度、CNNなどアメリカのマス
   ゴミを冷遇し続け、同時に読売などがトランプ擁護・評価を並行したら面白い。
    どうもTVの報道は違うんじゃないかと思い始めるだろう。
    それともトランプによって経済が好転すればそちらにシフトして誤魔化すだろうか?
    そういうメディアのご都合主義、変節は枚挙のいとまがないのも事実だ。

    でも、トランプが「革命家」ならそうは問屋が卸さない。
 
    あわてふためく日本のマスゴミの姿が今から目に浮かぶのであります。
 

 


   



メディア | コメント:0 |
| ホーム |次のページ>>