素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

暴論!「 文化大革命 」 を世界記憶遺産に! VOL.2




     さて「文化大革命」とは何だったのかと問われてきっちり説明できるだろうか?
     「文化大革命」(1966~76)が現在進行形の時、私はガキだったからまるで
   わからなかったし、文革後の総括も「江青、四人組が・・・」と何だだたの権力
   闘争ではないか、何が文革だ、といった具合であり、そもそも中国に興味がな
   かったことも手伝ってさっぱり要領を得なかった。
    お恥ずかしながら告白すると、「文化革命」の輪郭が見えてきたのは21世紀
   になってからだった。
    「文化革命」は大きく言って、①権力闘争(人民への残虐行為)、②伝統文化の
   破壊という2つの側面があると思う。
    まずは、権力闘争(人民への残虐行為)の側面から検証しよう。

    50年代後半、毛 沢東の大躍進政策の失敗により食糧危機が中国全土に広
   がっていた。この経済政策について政治局員で国防相の彭 徳懐は慎重に再考
   を促した。権力の亡者・毛 沢東は国防相であった彭 徳懐の進言を軍部による
   不穏な動きと思い素早く反応した。
    その結果、彭 徳懐と彼に同調する幹部は「彭 徳懐反党集団」とされまたたく
   間に失脚させられた。これは中共の権力闘争の一つに過ぎないが、「文化革命」
   前史とも捉えられる。大躍進政策に関して毛 沢東は唯一の自己批判をして国家
   主席を辞任した。実権を握った劉少奇国家主席や鄧小平総書記(実権派)は市
   場経済を部分的に導入した。権力欲の権化・毛 沢東がこのまま引き下がる
   はずがなく潜伏しつつ反撃の機会を狙っていた。
    劉少奇や鄧小平ら実権派を「修正主義者」と批判し打倒するように扇動した。
    単なる批判・攻撃だけでなく「文化革命」というさももっともらしいネーミングを考え
   出したものだ。実際にやったことは紅衛兵・労働者ら現状に不満をもつ大衆を動員
   して「造反有理」の名のもと劉少奇ら実権派を一掃することだ。
    全国の紅衛兵や造反派が一斉蜂起すると中共内実権派はたちまち瓦解した。
    ここまででも単なる「権力闘争」のように思えるが、中国が社会主義国ゆえに倒
   錯的に映るが、市場経済一部導入という「革新派」たる劉少奇や鄧小平に対する
   毛の反動は徹底していた。中共内の権力闘争に人民が巻き込まれることになる
   からだ。この「大革命」の美名のもとに行われた破壊主義によって10年にわたって
   人民は「大災禍」の中に放り出されるのだ。

    どういうことが行われたかは、中国共産党より出版された「『文化革命』簡史」に
   記されている。

     「私設の裁判が行われ、拷問による自白強要、勝手気ままな逮捕、
      密告の奨励、違法な監禁、虐殺がごく当たり前の現象となり、
      人々の生命、財産は保障されなくなり、自殺と家族の離散に追い
      込まれた人も多くいた。」


    権力の亡者・毛 択東のために約1億人(7000万人という説もある)の人民が塗炭
   の苦しみを味わされた。
    より具体的には帰化した元中国人、石 平氏に語ってもらいましょう。

     学校の先生やお寺の坊さん、尼さんを縛り上げて町中を引き回した後に、
     頭から尿をかけるのが、紅衛兵たちにとってのほんの憂さばらしであった。
     勝手に人の家に侵入して、家族全員を路頭に追い出してその全財産を
     「没収」するのは、「造反派」たちのもっとも得意とする「儲け方」であった。 
     ある百万都市では、数千人の人々が一夜にして「反革命分子」だと認定
     された後に、全員郊外へ連行されて生き埋めにされた。
     ある地方の村に住む三世の元地主が、地主だったというそれだけの理由
     で家族全員が村の集会にひきずられていき、「批判大会」を開かれた上で
     老若男女問わずその場で天秤棒で叩き殺された。
     十年の長きにわたって、そういったことが一日も中断することなく日常的に
     行われ、中国全土はまさに阿鼻叫喚の無間地獄と化していた。

                ~ 石 平 著 「私はなぜ『中国』を捨てたのか」 ~


    なぜ同胞に対してかくも残酷行為ができるのだろうか?
    中国人の国民性に由来するものであろうか?
    そんな中国人だからこそ「南京大虐殺」を想像、いや創造できるのではないだろうか?

    人民を中共が洗脳したからこのような残虐行為が行われたのだが、毛 沢東への個人
   崇拝をぬきでは考えられない。彼は中華人民共和国成立以前から神格化されていたと
   いう。どうもこのあたりから怪しいのだが、それはひとまず置くとして国民性、洗脳、個人
   崇拝だけでは残虐性の説明がつかない。
    スターリンも何千万人の国民を死に追いやった。スペイン内戦時も中国と同様に共産
   主義者による残虐行為が行われている。
    「文化革命」も中国固有の要素があるものの「共産主義」の一形態とみることが出来る
   だろう。「共産主義」とは何なのかを探るためやや逸脱するが、次回はスペイン内戦下に
   おける共産主義者による残虐行為についてみてみよう。

                                    (つづく)







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