素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

刃こぼれする神社本庁(宗教とモダン)

    



    日本は憲法上、政教分離の国であります。
    実際は、公明党と創価学会の関係にも明らかなようになし崩しとなっている側面が否め
   ない。自民党を中心に神道政治連盟なるものが堂々と罷り通っているのだから。
    神道政治連盟と密接な関係にあるのが神社本庁であるが、同組織は同時に日本会議
   の中核であるといってよいだろう。日本会議にはその他いくつかの宗教団体が参集し、自
   民改憲派の応援団にして圧力団体となっている。
    つくづく「政教分離」はお題目だけかいなと言いたくなる。
    神社本庁は戦前の国家神道の旗色をより明確に押し出していきたいわけだが、どうも足
   元から反旗を翻されつつあるようだ。刃こぼれするように神社本庁から離脱する神社が増
   えているとか。
 
     神社本庁から有力神社が続々離脱、改憲賛同署名集まらぬ状況
     
     全国約8万の神社を統括する「神社本庁」から傘下にある有力神社の離脱騒動
     が相次いでいる。

     大相撲の起源とされる「江戸勧進相撲」の発祥で、江戸三大祭である「深川八
     幡祭り」でも知られる東京・富岡八幡宮は、今年になって離脱の動きが取り沙汰
     されてきたが、「現在、離脱について手続きを進めております」(広報担当)と正式
     表明。原因は「富岡八幡宮が宮司に指名した人物を、神社本庁が承認しなかった」
     という“人事トラブル”だといわれている。

     同じく全国約4万4000ある八幡宮の総本社、大分・宇佐神宮でも離脱の動きがある。.

     「宇佐神宮の権宮司(ナンバー2)と神社本庁の間で『誰を次の宮司にするか』をめぐ
     り対立が起き、権宮司は罷免されてしまった。しかしこの権宮司は代々、宇佐神宮
     の宮司を務めてきた家柄のため、内部にいまだ支持派が多い。権宮司派が神社本
     庁からの離脱を主張しているため、内部でも対立が続いている」(宗教専門紙記者)

     宇佐神宮側は「離脱は元権宮司が勝手に言い出したこと。神社本庁から離脱する
     動きはない」(顧問弁護士)というが、予断を許さない。

     神社本庁からの離脱の動きは年々加速している。2005年からの10年間で214もの
     神社が離脱し、中には石川県の気多大社(2005年)、京都府の梨木神社(2013年)
     などの有力神社も含まれる。
.
     神社本庁の求心力が低下すると、影響を受けるのが安倍政権の進める改憲の動き
     だ。
     神社本庁はかねて憲法改正を推進しており、2016年には改憲を目指す団体とともに
     全国の傘下神社の境内で約700万もの改憲賛成の署名を集めた。

                             ~ NEWSポストセブン ~



    この記事からは神道に関する思想的対立、現在の神社本庁の姿勢に対する反感による
   離脱は伺えず、単に人事を巡る諍いが離脱の理由だと読める。
    さはさりながら、政治に、自民党右派に深くコミットして国家神道の復権を目論む現在の
   神社本庁のありかたを苦々しく思っている神社も少なからず存在するだろう。

    同じ宗教団体でも仏教界は少し趣きが異なり、脱原発や安保法制反対のデモに僧侶が
   参加している様を何度も目撃した。
   (「マスゴミ交代30 『 8.30 安保法案反対国会前12万デモ」巡る異様なメディア」参照)
    さらに呑気にお寺巡りしていても仏教界の趨勢の一旦は垣間見える。

     そういえば、1階の寺社には密教の本と共に鬼塚英昭氏の本がずらりと並んでいた。
     ベンさん曰く、神道、仏教界も覚醒していて、いつでも“立ちあがる”準備が出来ている
     そうだ。
 
                       ~ 江戸三十三箇所第十八番 海繁寺 ~ 


    この記事は2011年の投稿であり、仏教界のみならず神道も入っている。
    前述の神社本庁から離脱する神社が続出しているのはやはり、人事を巡ることのみなら
   ず、覚醒した人がいるのだろう。
    逐一調べたわけではないが、仏教界でもデモに参加する僧侶は天台宗、真言宗あたり
   多いような気がする。禅宗の修行も厳しいと言われるが、世の中の徒弟制度をすべてを
   見まわしても天台宗の千日回峰行ほど厳しい修行はこの世に存在しないのではないか
   と思う。
    何たって野山を彷徨し、怪我しようと病気になろうと親が死のうと一度、修行に入ったら
   何があろうと辞めることが出来ないというのだから。7年にわたって行い、満行者は「北嶺
   大行満大阿闍梨」と呼ばれる。過去1300年で成就したものは約50人しかいない。
    2回成就したものが過去3人いてその一人、酒井雄哉大僧正は平成25年まで存命で
   あった。
    しょうもない僧侶もいるが、仏教界にはこういう人物がつい最近まで存在したのだ。
    翻って神道界はどうだ。宮司、禰宜さんも修行するのだろうが、天台宗の比ではないだ
   ろう。
    たいした修行もせずにお賽銭だけ無税で丸儲けなのだから、それは権力志向、政治へ
   と関心が移っていくわさ。
    随分とバチあたりのこと言っているようだが、私は神様を云々しているわけではない。
    神社の一部の宮司、禰宜を批判しているのだ。
    さらに言うとこれらの事態に盲目でひたすら崇め奉り思考停止する政治家、国民につい
   て批判している。


    政教分離をうたいながら政治に深く関与している宗教団体は近代国家であっても世
   界中に存在する。バチカンはその代表例であろう。バチカンは世界中の政治家に影響
   を及ぼしている。ペンス米国副大統領はバチカン系であると言われる。
    バチカンの中のイエズス会は単なる修道会でないことは周知のことで諜報機関であ
   り、その組織形態はナチスが模範とした。かの修道会はフランシスコ・ザビエルから数
   えて400年以上も前から日本を侵略する機会を伺っていて、現代でも侵略はしていな
   いが、多大な影響力を日本の政界、学界に及ぼしている。
    保守派の重鎮の一人と言われる、渡部昇一氏葬儀にあたっての副島隆彦氏のこの
   記述を読んだら、自称「保守」は何と言うだろうか?

     上智大学に巣くっているイエズス会士(ジェズーイット・プリースト)たちの、
     親玉のひとりで、長年、渡部昇一(わたなべしょういち)を育てて、洗脳し
     てきた、ピーター・ミルワード神父(パードレ、ファーザー、バテレン)が、
     渡部昇一の告別式( 終ミサだから、終油=しゅうゆ=の儀式、塗油(とゆ)
     の式のはずだ。

     四谷の聖イグナチオ教会でやった)の演説で、かたことの日本語で、「ワタナ
     ベは、山形のイナカーモノ、だった。イナカーモノのだったが、学問で成功した。
     イナカーモノであったワタナベは、神に愛されました。

     イナカーモノ(田舎者)という恵まれない環境から努力して出てきた者を、神
     (ゼウス)は愛されます」と、本当に、失礼な 野辺送りの演説をしたそうだ。
     当日、告別に参加した編集長から、私は聞いた。本当に、イエズス会、という
     のは、こういう、日本人を、その自分たちの手先に成り尽くした者にまで、こう
     いう人種差別のようなことを最後まで、言うのだ。これが、こいつらの本性(ほん
     せい、ほんしょう)だ。山形の(貧しい百姓の出の)イナカーモノの渡部昇一か。

     死んだときまで、こんなことを、イエズス会から、言われなければならないのだ。
     渡部昇一は、本人が、一番、自分が背負っていた、イエズス会の日本人のイン
     フォーマントとして特別に育てられた自分の運命を深く知っていただろう。
     最後まで、哀れなものだ。

                     ~ 副島隆彦 重たい掲示板 2156 ~



    保守派の論客で愛国者と言われる渡部氏もイエズス会に育てられ洗脳されてきたと
   いうことだね。今日、「保守」と言われるものがことごとくいびつなのもこういう事情によ
   るだろう。
    イエズス会を含むバチカンの上位の存在するのがP2ロッジと言われる。
    私は、畢竟、共産主義も全体主義もP2ロッジが作り出したものだと認識している。
    そんなバカなことはない、共産主義はマルクスが「資本論」、「共産党宣言」を著した
   ことに淵源があるというのが学界と世間の常識だ。
    20世紀は資本主義と共産主義の2本立てで行くと決めた人々がマルクスにこれら
   の著作を書かせたのだ。信じがたいがかもしれないが、事情通なら周知のことだ。
    これらをアジェンダとして決めた人々の中のP2ロッジがいると考えている。
  
    
    さて、話題はがらりと変わるが、先日、北朝鮮のミサイルが日本列島上空を通過した
   時、Jアラートなるものが発せられた。これに連動してか、島根県の隠岐の島で島民、
   小学生らが避難訓練している様がTV放映された。子供たちが防空頭巾のようなものを
   かぶり床に頭を伏せている様を見て私は目が点になりそうな思いがした。
    「はあ~?」ってなもんで、せめてヘルメットにしたらどうだと思いつつ、竹下前国対委
   員長のおひざ元だからプロパガンダとしてやらされているのだと自分に言い聞かせたの
   だが・・・・。数日後、都内の小学校でも同じように防空頭巾らしきものをかぶって子供
   たちが床に伏せっている様子をみるにつけホント愕然とした。
    一体、いつの時代のことだ!自民党右派(おそらく、神社本庁も)は本当にベタに戦前
   に戻りたいんだね。瑣末とはいえこういう振る舞いと装束にイヤというほど彼らの思念は
   表れている。 
    彼らにはいつまでも先の大戦が近代化(モダン)の過程のハイライトとしての怒涛の表
   現ではなく、国家神道のサクリファイスを伴う神聖なるイベントでしかない。
    副島氏曰くのように「日本人がわかるモダンとはモダン焼き程度のものだ」でしかない。
    だから経済的近代化が終わっても社会的には近代化せず、ポストモダンの時代、自分
   がどこにいるのかすらわからず漂流し続け、(国家)神道に拠り所を見出す人々がどんど
   ん増えているのではないか?

    「資本主義」も「共産主義」も間違いなくモダンの産物だ。
    この「資本主義 VS 共産主義」をデザイン(設計)したとおぼしきP2ロッジは今、何を
   考えているのか?
    もちろん、A I による経済構造、人間社会の大変革だ。
    以前、ベンさんに「P2ロッジは『地球上にもう有機体(人間、動物)はあまり必要ない』
   と言っている」と聞かされたことがあったが、このことであったか。
    A I が支配する時代はチャップリンの「モダン・タイムス」のハイパー版だ。
    「ウルトラ・モダン・タイムス」だ。ポストモダンはウルトラモダンという言説は A I 時代の
   到来によって誰しも腑に落ちるものとなろう。
   
    もっとも別の未来の可能性もまだ残されている。
    そんな A I 時代にも、いやそんな時代だからこそ大和魂は可能性があると以前述べ
   ました。

     大和魂の発露での一つであろう神道は今、どうなっているんだ。
     防空頭巾(戦前ベタ回帰)国家神道か?
    
     一方、仏教と現代理論物理学の最先端が融合することがあることは多くの人が指摘
    する通りです。大和魂とは別に仏教にもまだ可能性がある。

     神道の世界にも神社本庁を離脱するような心ある人はいる。

     彼らには21世紀の神道を導いて欲しいものです。




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