素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「 縁の国の経営学 」 と 「 理の国の経営学 」 前編

   



    安倍政権は解雇特区(ブラック雇用特区)を推し進めようとしています。
   解雇特区のメニューは、

    ① 裁量労働制やフレックス制の緩和

    ② 時間外手当の見直し

    ③ 限定社員の導入

    ④ 派遣の無期化、固定化

    ⑤ グループ企業内派遣8割規制緩和

    ⑥ 労使双方が納得する雇用終了のあり方

   などであり今年から来年にかけて結論が出る見込みだ。

   雇用、労働問題はどうも関心が薄く、さしたる知識もないのですが、今回、敢えて別の角
  度からこの件についてふれてみたいと思います。
   世の中、競争に勝つため利益極大化するため、リストラというコストカット、人員整理が
  さかんです。
   パナソニックも大幅にリストラしたはずなのに2年連続で巨額赤字(7542億円)を
  計上しました。どうしたもんでしょう。(西欧の)経営学に基づいた合理化の結果がこれ
  ではしょうがないです。経営の神様、松下幸之助も草葉の陰で泣いているでしょう。
   経営学の立場からはこんなこと考えもしないでしょうが、首切りとは実のところ会社と
  社員の縁を切ることであります。
   何で私がこんなこと思うに至ったかというと、食品流通に携わるある女性から聞いた話
  が印象的だったからです。
   「バカヤロー!金曜日に欠品だと!徹夜してでも商品かき集めてこい!」
   普段の楚々とした彼女からは想像できないくらい豹変して下請け会社を罵倒することが
  あるそうです。結局、事なきを得ると普段の彼女に戻って「気がたっていてヒドイこと
  を言ってゴメンナサイね。今後もよろしくお願いします。」と何事もなかったように穏や
  かに優しくフォローするそうです。けっこう、何度も同じこと繰り返すようですから私は彼
  女に言いました。「そんなに使えない、ダメな下請けなら切って別なところへ変えたらい
  かがですか?」と。
   彼女の答えは意外なものでした。

   「元請と下請けといえども会社と会社も一種の縁のようなものだから、やたらに縁を
    切ってしまうとウチの会社のパワーが落ちてしまうのよ。だから、少々、使えなく
    ても簡単に切ってはいけないの。」

   彼女の言うことが正しいとするなら、大勢の社員をリストラしたパナソニックはもの
  凄く多くの縁をたた切ったことになり、会社そのものパワーが落ちてしまい、当然に
  業績が落ちるということになります。(今期はのれん代や工場設備の損失処理
  が響いたのであり、本格的に会社のパワーが落ちるのは来期以降かもしれない。) 
   MBAをとったとか言ってドヤ顔している時代でもないでしょうが、彼らからすれば
  この言説は一笑にふしてオシマイでしょう。 
   でも、そう簡単に見切っていいものでしょうか?船井幸雄氏の経営学は「我々とは全く
  違う方法論だが一理ある」とハーバードビジネススクールで認められたと聞きます。
   船井氏は「義理と人情を大事にしなさい」とか言っていました。
   40歳を過ぎるまで「何か古臭いこと言っているな~」と思っておりましたが、今や
  考え方が変わりました。日本人は船井氏の言うとおりでいいんだと思うに至りました。
   この観点からいうと「縁」というものも経営の要諦ではないかと考えます。

 
   そうは言っても、経済、政治も今や西欧の経営学を主体として経営方針、政策が決定
  されています。
   西欧の経営学の開祖にして泰斗といえば、いわずとしれたピーター・F・ドラッカーです。
   日本の経済界にも彼の信者は多いです。少し前には「もしドラ」がヒットしました。
   私は経済学部経営学科卒ですからドラッカーは必修でした。大学時代の学科なぞきれい
  さっぱり忘れましたが、ドラッカーだけは頭の片隅に残っています。彼の言葉は学生の時
  読むと「そんなの当たり前じゃん」と思うのですが、仕事するようになってから読み返す
  と「それは無理でしょ」と逃げ腰になることが多いです。
   もちろん、ドラッカーの場合それだけでなく、“ 思想が八艘(はっそう)飛び ”する
  ところが魅力なのです。
   「仕事とは顧客の創造である」、「管理とは意思決定である」
   これらは学生の頃はピンとこないのですが、仕事していくと腑に落ちるようになります。

   ドラッカーをはじめとする経営学の柱の一つは管理論であり、そのベースは組織論で
  あって、さらに淵源を遡ると人をどう捉えているかといことに辿りつくと思います。
   彼らの経営学は人を金属でなく有機体でできた「機械」と捉えていると思います。
   この点、我々、日本人というか東洋人は馴染めないのですが、それよりもそもそも
  組織論をカッタるいと感じてしまうのです。

  なぜなら、我々は組織論など必要としなくても何となく自然に組織をつくってしまうほど
  組織形成能力に優れているからです。
   グローバル時代の労働環境についての「ワークシフト」の著者、ロンドンビジネススクール
  教授・リンダ・グラットン女史曰くのように日本人は世界でまれにみる同質化した国なの
  です。つまり、同一民族、同一言語、宗教の対立もない極めて特異な国に我々は住んでい
  ます。それ故、本来、世界で稀にみるほど組織形成能力に優れていました。
   (過去形にしたのは、現在、将来は怪しいからです。)

   そんな日本人でも「馬が合う、合わない」とか言います。
   実際にあった話ですが、あるアパレル会社で全店で販売力ベスト5のうち3人をある特定
  の日にフラッグシップ店に集結させ売上最大化を試みました。
   「ある特定の日」とはその日が秋冬シーズンで過去最大売上となる日でした。
   その日に販売員だけでなく売れ筋商品がすべて集まるように工場と生産ラインを調整
  し、万全の体制で臨んだわけです。
   ところが・・・。
   結果はあり得ない数字(売上)でした。
   あの当時は、前年同月同日対比マイナスは当たり前の時代でしたから、80~90%なら
  驚きません。がんばったんだけどダメだったのね~、でオシマイ。
   確か70%もいかず60%代でした。
   どうもこの3人が馬が合わないことに起因するようでした。
   過去のデータを勘案し、商品ラインアップを整え万全の体制を「合理的」に敷いたはずな
  のに合成の誤謬(ごびゅう)ではないですが、合理主義は最善の結果とはなりませんで
  した。
   
   全く同じ店舗、同じ照明、同じ商品構成、同じディスプレイで同じ販売員でも売上は変わっ
  てきます。もっとフォーカスを絞るとすべて同じでもお客さんが入ってくる店とは入ってこ
  ない店に分かれてしまいます。
   
   はっきり言ってこれは合理主義では説明できないのです。

                                     (つづく) 
  

   



  
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