素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

八百万の神々 第一回 出雲大社 その1

   



   江戸三十三箇所巡りもあとわずかとなり、お寺の次は神社でしょ、というわけで新シリーズ
  「 八百万の神々 」を始めます。
   特定秘密保護法が成立しそれどころではない?かもしれませんが、そういう時こそ日本の
  成り立ちを始原まで遡ってみましょう。
   もちろん、第一回は出雲大社です。

   旧歴10月(すなわち11月)は、日本国中の神様が出雲大社へ行ってしまうので「神無
  月」とか言われますが、出雲大社は「神在月」です。
   しかも今年は60年ぶりの「平成の大遷宮」、行こうと思いつつ11月末にようやく行けま
  した。

  出雲大社 出雲大社 出雲大社 大鳥居
                        この大鳥居撮った頃は天気予報どおり今
                        にも雨が降りそうだった。
                     
  出雲大社 参道
   参道、左上の写真は参拝終わってから晴れだし撮り直したものです。

  出雲大社 松林

   出雲大社というと縁結びで有名ですが、これは男女の縁結びばかりではありません。
   なぜ、「縁結びの神様」と言われるようになったか、後ほど私なりの解釈を述べます。
   また、出雲から大和への「国譲り」抜きでは出雲大社は語れませんが、実際には「国譲り」
  なんて綺麗ごとではなく、血みどろの戦いだったようです。
   これについても後記詳述するとして、まずはお参りしましょう。
   
  出雲大社 仮素鵞社  素鵞(そが)社 仮 説明
      素鵞(そが)社御仮殿             大遷宮に伴い素鵞社も御修造
                                中のためここを御仮殿としている。

   「おや?」なんで拝殿ではなくて「素鵞社」へ行くのでしょうか?
   縁結びの前に「素鵞社」で悪縁や病いをヤマタノオロチを退治するが如くスサノヲノミコト
  にたた切ってもらってから拝むと良い縁が結べると言われます。
   それにスサノヲぬきでは出雲大社は語れないのです。
   この社(やしろ)をないがしろにしては出雲大社へ来た意味がありません。
   それでは改めてお参りしましょう。

  出雲大社 拝殿 晴れ
                    拝 殿

  出雲大社 注連縄
                通常の神社と逆巻の注連縄

  八足門
           八 足 門   出雲大社は二礼四拍手一礼です。


  出雲大社 東端垣から天前社・御向社・本殿を望む
    東瑞垣から御本殿、御向社、手前社を望む。

  出雲大社 観祭楼 出雲大社 北東
         観 祭 楼           左から手前社、御向社、御本殿


  出雲大社 北西 出雲大社 ご神体 正面
   左から御本殿、筑紫社               正面ではなく西を向いている
                                御神体を正面に観る位置がここ。

   
   今年は60年ぶりの大遷宮です。
   60年というと何かを思い浮かべませんか?
   十干十二支であります。60年で十干十二支は一巡します。
   今年は巳年、正確には癸巳( みずのとみ)です。
   昭和23年(1953年)の大遷宮の前は、文化6年(1809年)、明治14年(1881年)と
   60年間隔ではないようですが、次回以降も60年後とするなら大遷宮は必ず癸巳に行わ
   れることになります。   
   癸巳はどんな年かと言うと、
    「癸(みずのと)」とは十干の最後で最初の甲(きのえ)に戻る直前の大きな変化が到来
     することを意味します。「巳(み)」の意味は①表面に出る(冬眠していた動物たちが
     地上に出て活動を始める様子)②脱皮(昔からの因習的なごまかしの生活にけじめを
     つける・終わりを告げる)の二つがあります。」
   新旧が併存して来年から始まる新しい動きの前年というところでしょうか。 
   いきなり新しくなるわけでなく遷宮には相応しい年だといえるでしょう。

   では、何故巳年なのでしょうか? 
   出雲大社は大国主大神が主祭神で本殿にはこの他に天之御中主神、高御産巣日神、
  神産巣日神、宇摩志阿斯訶備比古遅神、天之常立神が祀られていると言われます。
   御神体は何でしょう。実は海蛇なのです。
   だから巳年に大遷宮が行われるのではないかと考えるのは穿ちすぎでしょうか?
   ヘビは商売の神様とかいって、ヘビを祀る神社、社、祠は全国に枚挙のいとまがないと思
  います。江戸三十三箇所二十一番 増上寺の周辺、芝公園にもへび塚がありました。
   伊勢神宮の御神体は八咫鏡(やたかがみ)です。出雲大社と伊勢神宮はあまりに異質で
  あります。まずはこの点を押させておきましょう。 

   オオクニヌシノミコト、スサノヲノミコトはそもそもどういう存在なのでしょう?
   全くの架空の存在、神話の世界のことなのか?それとも実在の人物がモデルなのか?
   さらに細かくいうと、実在の人物のある特性、霊性を現したものなのか?
   私は「記紀」(「古事記」と「日本書紀」のこと)に出てくる神々はほとんど実在の人物
  がモデルだと考えています。
   乃木希典、東郷平八郎、それぞれ乃木神社、東郷神社に祀られています。
   日本人は偉人、畏怖する人物を神社に祀りたがります。少し前、佐々木主浩投手を一瞬、
  祀った「ハマの大魔神社」というのがありました。(笑い)

   「神社」に対するアプローチは古代史、考古学、神道、風水、民俗学、スピリチュアル
  といったものが考えられます。
   古代史は「記紀」を中心とした文献学です。本居宣長も指摘しているように「日本書記」は
  為政者の都合のいいように歪曲されていることは自明のことで「記紀」は額面どおり受け取
  れないことがもはや通説です。
   出雲は、荒神谷遺跡、加茂岩倉遺跡から膨大な数の銅鐸、銅剣が出土しただけでなく、
  出雲大社の境内から巨大な社殿を支えていた柱が発掘されています。
   2000年には出雲がかつて想像していたよりも強大な勢力を持っていたことは今や間違
  いなく、古代史は根本から見直さないといけない時代になっていると思います。
   有名なところでは出雲大社が今よりはるかに巨大だったということです。

  古代出雲大社 Blue Lotus
                             - 出典 Blue Lotus ―  
      
   文献学たる古代史より考古学はもとより神道の伝統、若しくは神社に伝わる伝承等から
  考察した方が「神社」がわかるかもしれません。これらと風水、スピリチュアルを絡める
  とより合点がいくと思います。例えば、伊勢神宮に内宮と外宮がるあように出雲大社にも
  内宮と外宮とおぼしきものがあるようです。出雲大社の本殿が内宮なら熊野神社が外宮に
  あたるものだということです。
    
   風水、スピリチュアルも絡めて出雲大社の重要な社、「素鵞社」から古代史ミステリー
  の世界への誘いです。

               (つづく)








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