素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「 靖国 」 について 壱

   



   原発についていつまでも態度保留、ごまかしが効かなくなりつつあるように「 靖国 」につ
  いても一人、一人のスタンスを明らかにする時期が近づいてきているのではないか。

   まずは私の基本的的スタンスをのべます。
   「国のために英霊となられた方に哀悼の意を表する」―― まことに結構なことだ。
   これだけ捉えるなら誰も異論があるまい。
   自称保守政治家らはこれを“ 錦の御旗 ” にして「靖国」を政治利用している。
   政治家は何でも政治利用なのであって、いちいち目くじらたてもしょうがないのかもしれ
  ない。
   これにA級戦犯を加えると事情は俄かにややこしくなる。A級戦犯について「自虐史観」だ
  の「戦勝国史観」だのいろいろあるのであってそれらに反論するのもいいのだが、彼らA級
  戦犯の是非を問うまでもなく私は「靖国!万歳!」にはどうもひっかかるのだ。
   戦前の軍閥政治の指導者と神社が結びついてしまうこと自体に。

   彼らが率先する「靖国」に頭を垂れることは「国家神道」を容認し補強することに他なら
  ない。
   靖国神社に象徴される「国家神道」は明治からのことです。卑弥呼の時代とか、神道とい
  うか呪術が政治の中枢に鎮座した時代がありました。古代から平安時代、政治と宗教が不
  可分の時代国家加護のため中心的役割を演じたのは神道ではなくむしろ仏教でしょう。
   (安倍清明ら陰陽師が国家公務員のような時代はありましたが、彼らは統治のための存
    在ではない。)

   自称保守が「靖国」と言うとあたかも古代から戦前まで「国家神道」が綿々と続いていたか
  のように錯覚してしまいます。さすがに彼らも鎌倉~江戸時代はそんなことはなかったと承
  知しているでしょうが。
   「万世一系」と「国家神道」は不可分だと彼らが唱えているように思えてならない。
   もっと言うならこれこそが本来の姿だと考えているのではないか。

   逆説的なようだが、明治からの「国家神道」は天皇を中心とした中央集権的官僚国家体
  制を盤石なものとして日本の近代国家化へ大きく貢献した。
   それのどこがいけないのかと彼らはいうでしょう。
   でも、日本史的には現在のように象徴天皇制の歴史の方がはるかに長く、神聖不可侵な
  天皇の方が稀なのです。だからどうしてと言われるかもしれません。
   「万世一系」、「神聖不可侵」な天皇制と不可分な国家神道ですら日本を近代国家にし日
  露戦争に駆り立てるため、さらに米国と戦争させるためにフリーメイソンらが周到の準備し
  たお膳だてなのです。

   現在も米国は安倍首相の「靖国参拝」に強い圧力をかけているいるように見えても、一方
  でベンさん曰くのようにサバタイ派はむしろ安倍首相に「靖国」へ行けと仕向けているそう
  です。

   日本国民の心情がどうあろうと、遺族会がどんなに想いを強くしようと、自称保守がいくら
  青筋立てて力説しようと「国家神道」とは日本を戦争に駆り立てるために造られたものなの
  です。
   今また公人の靖国参拝を推奨するなら周辺国との軋轢が生じ戦争に近づいていくことは
  当然の帰結といえるでしょう。
   (もっとも中国、韓国の首脳がこのシステムに気づいているかどうかは定かでないが、
    日中韓それぞれの思惑が彼らのご注文どおり東アジア分断政策と機能していることは
    間違いない。)

   「靖国」を考える時、「内部」と「外部」という概念で考えないと何にも見えてこない。

   次回はそのあたりを小林よしのり氏の「提言」を踏まえて述べていきましょう。


                                     (つづく)
 




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