素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

その先の「町づくり」へ VOL.6

   



   「町づくり」は街路を整備し建物を建築すること、又は寂れた通りに賑わいを取り戻し空い
  ているテナントを埋めて活性化することだと多くの人が考えているだろう。
   そう考えることで半分以上、いや70~80%は正しいのだと思う。
   でも、すべての事例がこれに該当し、これ以外に無いと考えるのは如何かと思う。
   「地域再生の罠」の著者・久繁氏曰くのようにすべての地域が再生できるわけではないし、
  そもそもいわゆる「地域再生」が当てはまらない地域があることも事実だろう。
 
   さらに増床、すなわち建物を増やし上に積んでいくことを至上命題とすることは日本国中
  が右肩上がりの経済の時代に最適化されるのであって、経済的近代化を達成し人口減少
  という未曾有の事態を向かえる日本において増床が不適合な局面がこれから次々と現れ
  るだろう。例えば、増床ではなく減築こそ地域の最適化という事態が起こると考える。
   12階建てビルの2層分を減築するとしたら容積率至上主義からみれば2層分を「つくら
  ない」という選択肢をしたことになる。

   右肩上がり、経済成長の思考、増床が最適なのは東京をはじめとする大都市圏に限ら
  れる時代をむかえつつあるように思う。
   本来、増床が馴染まない地域にもこの思考を適用し続ける限り、地域はますます疲弊す
  るのではないか。
   空いているなら空いているでいいではないか、これくらいの見切り方も地方には必要
  だと考えます。建築家・馬場正尊氏の意見に耳を傾けよう。

    馬場  もう一つ、僕がやりたいことは、新しい公共/パブリックの可能性を秘めた
         事例の研究です。「山形R不動産」の活動の中で痛感するのは、地方都市
         では床が余り過ぎていること。賃貸の坪単価という概念が成立するのは大
         都市だけであって、山形市のような人口25万人程度の都市では通用しま
         せん。古いデパートはテナントが入っているのは一階だけで、二階も三階
         も空室が目立ちます。つまり民間デパートでも、タダでいいから借りてく
         れ、という話になったの途端に公共空間になる。私有地なのに公に供した
         空間、そう考えたとき、新しい公共/パブリックの可能性を感じました。      

        ~ 長谷川浩己 山崎亮 編著 「つくること つくらないこと」 ~



   「新しい公共」というと鳩山由紀夫氏も言っていたような気がする。新しいかどうかはとも
  かくそもそもパブリックとは何なのか?

    長谷川 知人の話では、イギリスのコモンは、基本はブルジョア階級向けの集合
         住宅の車寄せみたいな空間だと聞きました。そこを住民が所有して優先
         的に使う権利も持っていた。完全にクローズされて見えないわけでもな
         いけれど、結構セキュティーは守られている。たまに飛び地の場合もあって、
         町の中で景観的に大きな存在となっている。それが町の中のコモンだと。
         さらには、もともとコモンだったけれど、だんだん公共に開いていって
         スクエアになったという側面もあるようです。

   
    山崎  イギリスのパブリックはコモンの概念から始まっているそうですよ。
         よく例に出されるのは、イギリスのパブリックスクールは私立学校であると
         いうこと。一部の資産家たちが、自分の息子たちに正しい教育を受けさせ
         ようとして学校を始めたけれど、学生が数名じゃ足りないし良好な教育が
         成り立たない。そこで、ある条件を満たしているならば裕福な家の子ども
         じゃなくても入れる学校になった。というのがパブリックスクールの成り
         立ちだそうです。つまり、もともと個人で所有していたものを開くという
         ところからパブリックの概念はスタートした。
        

                         ~ 引用 同上 ~


   イギリスは格差どころか階級社会であります。
   上流階級、中流階級、労働階級というものが厳然と存在している。
   イギリスにおけるコモンからパブリックの誕生はこの「階級」を前提としている。   
   日本も戦前は皇族、華族、士族、平民と明確な階級社会だった。戦後民主主義は階級を
  廃止して高度成長の結果、「1億総中流」となった世界でも稀にみる国です。
   この時代のキーワードは「国土の均衡ある発展」、「増床」でありました。
   経済的近代化達成後、「国土の均衡ある発展」は消え失せたが、「増床」の思考はいま
  だ根強い。
   いち早く経済的近代化を達成したアメリカは、新自由主義(⇒ 民営化)が吹き荒れ、州に
  よっては富裕層と貧困層は住む場所が違うばかりか地方公共団体の窓口も二つ別々に存
  在するそうだ。
   もはやアメリカはイギリスより過酷な階級社会かもしれない。
   アメリカにはコモンから誕生したパブリックは存在しないのではないか。
   新自由主義者たる自称「保守」や土建工学者が「経済特区」で追及する地域再生はアメリ
  カ型を追従する方向性だと思う。

   はたしてそれでいいのだろうか?
   「縁の国 日本」には日本なりの空間の使い方、人と人のつながりがあるはずだ。

   「町づくり」を考えることは「道州制」(地域主権)をにらむと実に政治的課題だと思う。

                                   (つづく)
   






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