素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「 皇帝のいない八月 」 (現在、日本に政治・情報映画は可能か?) 前編

   



   TVでチラッと観てから気になっていた「皇帝のいない八月」を観る。
   自衛隊が憲法9条改正を主張してクーデターを起こそうと画策するストーリーです。
   憲法記念日の今日、集団的自衛権についての議論が喧しいこのご時世にはお誂え向き
  の映画かもしれない。
   自衛隊のクーデターというと現実離れしているようで、民主党政権時代、4回クーデター
  未遂があったと言われる。そのうちの2回はベンさんに聞かされた。
   それに私のかつてのお客さんは自衛官で当時、週刊文春を賑わせた自衛隊クーデター
  未遂事件の後処理の忙殺されていた。決して自衛隊クーデターは絵空事ではないのです。

   この映画、公開当時(1978年)は興行的にコケたようだが、こんなご時世の現代にリメ
  イクしたらどうなるのか、どうも気になるではないか。
   本作は、「戦争と人間」の山本薩夫監督によるオールスターキャストの映画です。

    藤崎顕正:渡瀬恒彦(元第32普通科連隊1等陸尉・藤崎隊隊長)
    藤崎杏子:吉永小百合(藤崎顕正の妻)
    石森宏明:山本圭(レザー旬報記者・藤崎杏子の元恋人)

    佐橋総理大臣:滝沢修(民政党)
    大畑剛造:佐分利信
    利倉保久:高橋悦史(内閣調査室室長)

    三神陸将:丹波哲郎(防衛庁 統合幕僚会議議長)
     小山内建設大臣:小沢栄太郎(大畑派)
     江見為一郎:三國連太郎(陸上自衛隊幕僚監部警務部長 陸将補・藤崎杏子の父)
     河崎通商産業大臣:久米明(三村派)
    秘書:浜村純(大畑の側近) 波多野憲
 
     東上正:山崎努(元1等陸尉・クーデター実行部隊東上隊隊長)
     有賀弘一:森田健作(毎朝新聞政治部員)
     矢島1曹:永島敏行(藤崎隊隊員)
     実行部隊1曹:風間杜夫(藤崎隊隊員)
    小森1尉:三上真一郎(藤崎隊隊員)
     正垣慎吾:神山繁(毎朝新聞政治部長)
     徳永陸将補:岡田英次(広島第13師団副師団長)
     野口:大滝秀治(福岡の製靴会社社長)
     久保:渥美清(さくら号乗客)

     中上冴子:太地喜和子(大畑剛造の愛人・バーのママ)
     金田:岡田嘉子(さくら号乗客)

   
   昔は普通にオールスターキャストが作られていたのです。   
   (近年では何とかオールスターキャストを復活させんと、三谷幸喜が「THE 有頂天ホテ
    ル」や「清州城会議」で試みているが)
   
   政府(内閣調査室)にクーデター計画は事前にキャッチされ、同時多発するはずだった
  クーデターは各地でことごとく未遂に終わる。
   小津安二郎の映画にはほぼもれなく電車がでてくる。
   電車こそ「映画」である。
   というわけで爆弾が仕掛けられた寝台特急「さくら」を舞台にクーデター実行部隊・藤崎
  隊の藤崎顕正(渡瀬恒彦)と妻・杏子(吉永小百合)と杏子の元恋人(山本圭)の3人と
  藤崎隊の面々を中心に物語は進行します。  
   カルト映画と知られる「新幹線大爆破」(1975年)に比べるとサスペンス映画としては何
  ともお粗末な出来だと思う。

   山本薩夫はそもそも徹頭徹尾、反体制・反権力の左にまいた監督であり、彼ら自衛隊の
  クーデターをお粗末に描くことこそメッセージだったかもしれない。
   好意的にそう解釈したとしても藤崎(渡瀬)にはほとんど感情移入できない。
   (「実録私設銀座警察」における渡瀬恒彦の狂気には魅力を感じるとしても)
   だから公開当時はどん引きでコケたのだと思う。
   片や「新幹線大爆破」は高倉健にテロリストという悪役をやらせていて、「え~!健さん
 じゃミスキャストじゃない?」と思わせるのだが、終盤、健さんの後姿を見るにつけ「やっぱり、
  健さんしかない」と感情移入させられるものがあるのです。

   本作の藤崎はどう見ても遅れてきた三島由紀夫(楯の会)としか映らない。
   ネトウヨを中心に藤崎にしびれる人もいるのだろうか?
   彼らは一見、全くの茶番劇に終わった「11.25」の三島の行動の多重構造を知るよし
  もあるまい。
   三島の「11.25」を憂国だの愛国だので解しても当時、三島を狂気と断じた中曽根大勲
  位と同様に表層的だ。
   詳細は省くが、① 衰退する新左翼に対する革命なき反革命の遂行(すなわち三島の自
  刃)によって喜劇から悲劇への転化(鹿島 茂説)、② 美、エロティシズム、死への殉教と
  「果し得てゐない約束」に端的なような日本への絶望(中条省平説)、 ③ 保護色としての
  「本気の時代」の終焉と実務の時代の到来によって逆に時を超えて光輝く三島の本気
  (呉 智英説)、最低、これくらい理解せずに三島の「11.25」を語るとすれば彼が浮かばれ
  ない。
   残念だが、今の若き政治家、右派でこの点を理解している人は少ないと言わざるを得
  ない。
   因みに、② について若干、補足すると三島が夭折に対して憧憬を抱いていたこと、及び
  切腹マニアだったことを知らないといけない。

                      (つづく)




三島が死んだ日
三島についての評伝「ペルソナ」
を上梓した猪瀬直樹も一文を寄
せている。彼の師匠は三島を論
破した左翼の論客・橋川文三。
立場が違っても三島は橋川に
敬意を表していた。



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