素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

原発に関する明確な未来

  


  
     原発を巡る言説はどうも事務的・官僚的であります。
     原子力規制委員会がこう言った、審査基準が云々、活断層がどうした、これに対して
    反論、そのまた反論という具合で水かけ論まで言わないが、堂々巡りのありさまだ。
 
     結局、電力会社は収益改善のため早く再稼働させたいだけだ。
     電力会社幹部の考えることは自分の今後、退社後のことだけで掟やぶりな脱原発な
    ど考えもしない。そういう大胆な決断しない人物だからこそ現在の地位まで登りつめた
    のだから。
     官僚、御用学者、大手企業幹部も似たようなものです。
     御用学者の場合、今までの癒着と自己の生命線というべき科学的見地が絡んでどう
    しようもないくせに客観性を担保しようとこじつけるからさらにタチが悪い。

     結局、脱原発に舵切れるのは政治家しかいないのだが、彼らは55年体制の一部と
    いえる原発推進、その背後に隠された軍事目的=プルトニウム製造、果ては核武装
    を堅持しようとしつつ、一方で脱原発後の世界のエネルギー情勢も十分に把握しなが
    らも原発メーカーのため在庫セールをすべく海外に売り込みもかけなければならない。
     かくして原発を巡る日本の言説は座礁しているといえよう。

     それにしても福島原発事故のような大惨事を起こしておきながら、誰も責任を取らな
    くても許されるのは日本ぐらいだけではないか。
     そう思っていたらそうはさせじという動きがあった。
  
      東京電力福島第一原発事故を巡り、業務上過失致死傷容疑などで告発され、
      不起訴(嫌疑不十分)とされた東電の勝俣恒久・元会長(74)ら当時の幹部
      3人について、東京第5検察審査会は31日、「起訴相当」と議決したと公表
      した。
      議決は23日付。検察が再捜査して改めて処分を決めるが、再び不起訴とし
      ても、検察審査会が再審査により審査員11人中8人以上の賛成で「起訴す
      べき」と議決すれば、強制起訴される。
                               ~ 読売新聞 ~


      再び不起訴としても審査員11人中8人以上の賛成で「起訴すべき」とすれば強制
     起訴されるわけだから勝俣会長以下幹部は悠々自適を決め込んでいても今や枕を
     高くして眠れまい。
      小沢事件の時は検察審査怪だったが今回は検察審査会であって欲しいものだ。

      検察は今回の決定に驚きを隠せないようだが、東京電力は政治家のみならず、
     検察も飼いならしているのだろうか?
      福島の被災者感情としては当然のことだが、日本全体の空気としては「もう昔の
     こと。責任追及しようがない」ということで落ち着いていると検察は読んでいるのか。
      でも、それは国内的なことであります。
      東電のみならず原発の将来についてこういうコンセンサスもささやかれています。

       世界支配層は、「原発ゼロ」という大方針を決めた。
       そして「東京電力は潰す」と断言しているという。
     
           ~ 板垣英憲 著 「ロスチャイルドによる衝撃の地球大改造プラン 
                      中国4分割と韓国消滅」 ~


     「東電は潰す」」が彼らの意思とすると、今回の検察審査会の中にも検察審査怪が紛
    れこんでいるのかもしれない。もっとも至極当然のことで誰の責任も問わず何となく水に
    流してしまう「日本の空気」の方がおかしいのだが。
     この「原発ゼロ」のご神託を承知しているからこそ細川・小泉の元首相タッグは「原発ゼ
    ロ」活動に邁進しているのです。御両人は福島県知事選をにらんで動き始めたと報道さ
    れたばかりだ。
     安倍首相とてこの「原発ゼロ」は理解しているはずだ。
     ただ化石燃料輸入が貿易赤字に拍車をかけていること、経済界からの要請で再稼働
    しようとしているのだ。
     
     原発は危険だ、最終処分場が決まっていない、廃炉まで考えれば原発の方がコストが
    かかる、脱原発に関して様々な言説があり、それぞれ間違いではないけれど、私の場
    合、 繰りかえしになるが、もっと単純な理由によるものだ。
     これらすべてを含んで原発は古いから、時代遅れだから蒸気機関がなくなったように
    消える運命ということだ。

     引用部分が正しいとすると「原発ゼロ」は“ 予定された未来 ”であります。
     したがって時間の問題。

     この“ 予定された未来 ”に向かって予定調和的に脱原発活動が今後も展開されるで
    あろう。

     そう言う意味で私は楽観している。






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