素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

昭和天皇のご意思 VS 反東京裁判史観  VOL.1

    


  
     昭和天皇実録が公開された。
     ここに「真実」があからさまに書かれているとは思えないが、「歴史」が大きく変わる、ま
    たは再確認できる資料であることは間違いあるまい。
     昭和天皇が靖国神社に行かれなくなったのはA級戦犯を合祀したからであると言われ
    る。2006年7月20日の日経新聞で報じられた元宮内庁長官・富田朝彦氏のメモ、通称
    「富田メモ」がその根拠の一つだとされている。
     長官在任中の富田氏に昭和天皇が面会した際、A級戦犯の合祀に強い不快感を表さ
    れ、靖国神社に参拝しない理由を明確に語った文書として日経新聞で報じられた。
     小泉総理が中韓の反発を無視して靖国神社参拝している時だったことから「中韓に利
    する政治謀略」、「大誤報」とか昨今の朝日のように大バッシングがあったのです。
     果たして富田メモの真贋はいかに?   
     昭和天皇実録ではどう扱われているのか?

      靖国神社におけるいわゆるA級戦犯の合祀、御参拝について述べられる。
                (中略)
      なお、平成18には、富田長官のメモとされる資料について「日経新聞」が
      報道する。

     
     富田メモについてその存在を否定しないが、評価も判断もしないという逃げの姿勢だ。
     それでは日経新聞にはどう書かれているのか、その要旨を抜粋しよう。

      昭和天皇は富田長官にこう語った。
      「私は、或る時に、A級(戦犯)が合祀され、そのうえ、松岡、白取までもが。
       筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」

      筑波とは厚生省からA級戦犯の祭神名票を受けながら合祀しなかった筑波藤磨
      靖国神社宮司のこと。さらに同メモによれば昭和天皇はこう述べたという。
      「だから、私はあれ以来参拝していない、それが私の心だ」

     この富田メモを巡って例のごとく見解が別れるのです。
     内容にはふれていないが、「昭和天皇実録」では179箇所で引用していることから富
    田メモの資料価値を認めるということでは一致しているがそこから先が違うのだ。
     東京裁判の最中にA級戦犯容疑のまま病死した松岡洋右に関する昭和天皇実録の
    記述は注目に値する。

      この度の松岡への祭粢料(さいしりょう)下賜に関して、戦犯容疑者として
      起訴中であったものの、罪の有無は未だ決定せず、且つ死亡により免責
      となったため、祭粢料下賜は差し支えないものとされた。なおこれ以後、
      極東国際軍事裁判において有罪と確定した者の死去に際しては、一切
      の恩遇は不詮議とされる。


     ここは皇室ジャーナリスト松崎敏彌氏に解説して頂こう。
 
      「つまり、松岡氏のようにA級戦犯容疑がかけられたものの東京裁判で有罪
       になる前に病死した人には、祭粢料を出すことにしたが、A級戦犯であるこ
       とが裁判で確定した人が死んだ際には、不詮議、つまり議論する必要すら
       なく、祭粢料は出さないことを決めたことを意味しています。ここまで天皇の
       強い態度が書かれているとは思いませんでした。」

                            ~ アサヒ芸能 10月2日号 ~

     
     これはA級戦犯は合祀されたから昭和天皇は靖国神社参拝を取りやめになされという
    言説に関する強力な論拠となるだろう。
     ほぼこれで決まりと言っていいほどだ。
     ところが産経は抵抗を示すのだ(笑い)。

      (1)日本基督教協議会ほか6団体による参拝中止の要望書(2)野党各党から
      の反対声明(3)日本社会党議員による国会への質問主意書-が出され議論
      を呼んだとし、「靖国神社への御参拝は、この度が最後となった」と記述した。
  
                    (中略)

      靖国神社参拝問題に詳しい麗澤大の八木秀次教授は「靖国神社問題が政治
      問題化し、参拝に不可欠な静謐(せいひつ)な環境が保てなくなったことが、
      不参拝の主因であることが改めて明らかになったといえる。富田メモについて
      は、宮内庁も認めているように解釈がさまざまあり、あえて実録に記述する必
      要はなかったのではないか」と話している 

                                   ~ 産経ニュース ~


     またぞろ、野党が、社会党(左翼)が余計なことするからイカンのだというスタンスで
    すな。
     「河野談話」の時もそうだが、訓詁学のような解釈を巡る論戦に私は立ち入らない。
     そもそも昭和天皇が天皇即位される以前、どのような時代を過ごされたのか、及び世
    界の中で昭和天皇はどのような存在であったのか、これらからアプローチしたいと思う。

                                          (つづく)






スポンサーサイト

歴史 | コメント:0 |
<<昭和天皇のご意思 vs 反東京裁判史観 VOL.2 | ホーム | 世の中変わらないようで変わっていく。(ロッフフェラーの宣言)>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |