素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

昭和天皇のご意思 VS 反東京裁判史観 VOL.5

    



     東京裁判のメンバーがガーター騎士団とどういう関係にあるのか私は詳らかではない
    のだが、ガーター騎士団の方が上位にあるのは間違いないのであって、東京裁判の
    メンバーがガーター騎士団と大きなところで齟齬することなど出来ないはずです。
     日本の戦後処理でA級戦犯の認否は大きな題目でしょう。
     すなわち、東京裁判が定めたA級戦犯は控えめにいって彼らの意に反するはずがな
    く、むしろ意を汲んだものといえるでしょう。
     昭和天皇はマルタ騎士団のメンバーでもあったとも言われている。
     真偽の程は定かではないが、記念コインが出ているくらいだから自ずと明らかだろう。

      【マルタ騎士団】
       領土をも持たずに「国家」を主張し94ヶ国と外交関係があり、104ヶ国に
       在外公館を設置している。主要国では英国、イタリア、ロシア、スペインが
       外交関係ある一方で、アメリカ合衆国、日本などは承認していない。
       起源は古く1050年、十字軍遠征の際にエルサレムにつくられた巡礼者
       の宿舎兼病院で警備に当たっていた。その後、島々を転々したが、
       現在はローマに本部ビルがある。
       国連にはオブザーバーとして参加している。

     マルタ騎士団についてはいろいろ囁かれているが、以上のような公開情報だけで
    判断しても国連のオブザーバーとして参加してのだからその権威と権力のほどが
    伺えよう。

     
    昭和天皇 マルタ騎士団 昭和天皇 マルタ騎士団 ウラ


     副島氏曰くの昭和天皇が「世界を知っていた」とは、これら国を超えた統治機関を陛
    下が承知していたということだろう。これらは大日本帝国を動かす政治家、軍首脳部も
    承知していなかった、若しくはほんの一部が知っていたに過ぎないと考える。
     だから、彼らは「世界を知らなかった」ということになる。
    
     何はともあれ自己の戦争責任を不問にすることに尽力してくれた人々の配下にある
    「世界」(東京裁判)に従うのが人の道というものだろう。
     こればかりは天皇陛下でも例外ではないでしょう。
     皇国史観が絶対だった戦前、戦中の日本では到底理解できないことであっても、21
    世紀の現代では冷徹にそう考えないといけない。 

     こういうことを書くといきり立つ人がいるが、それは早とちりというものだ。
     太平洋戦争の膨大な犠牲を払うことと引き換えに「天皇の金塊」があり、それが戦後
    経済復興の一助となり、政治家が3流でも何とか日本が持ちこたえているのだ。
     「負けるが勝ち」ということかもしれない。
     先の大戦は無謀ではあっても無駄な戦争ではない。
     それを可能にしたのが「現人神」を中心とした超国家主義だったのだ。
     何ともねじれて矛盾しているようだが、戦争はそもそも矛盾した要素を孕むものだ。
     さらに言うと、過去の戦争について侵略か否かとか、正当か不当であるとか、一言
    で言い切れる代物ではない。知れば知るほどわからなくなってくる、それが戦争の本質
    だと考える。

     本論に戻ると、昭和天皇は御自身の思いと世界の中でのお立場をお考えになって、A
    級戦犯に対して厳しい処遇をなされたのだと思う。
     この昭和天皇のご意思はもっと尊重されて然るべきだと思います。
    
     それではA級戦犯が合祀された靖国神社には参拝してはいけないのでしょうか?
     いいえ、そんなことはありません。我々、一般国民が「靖国」を参拝することは何ら問題
    ありません。
     ところが政治家が参拝すると、本人が私的だとか終戦日外したとか言ってもそれは「内
    部」(国内)しか通用しないことであって、「外部」(海外)では通用しないのです。
     例え東京裁判が不当なものでも政治家等が参拝することは我々が考える以上に「世
    界」に波風を立てることになるのです。東京裁判が不当だと正面から異議を申し立てる
    ことは戦後の世界秩序そのものに異を唱えることにつながります。
      ここまで述べても反東京裁判史観の人々は納得しないでしょう。
      誤解のないように付言しまうが、東京裁判が不当であると後世まで伝え続けること、
    教育していくことは有意義であり誰かがやっていかなくてはなりません。私はこれを否
    定しません。矛盾しているというか支離滅裂に聞こえるかもしれませんが、これが「内
    部」と「外部」です。

     もっともこの状態が未来永劫つづくわけでもなく、国連そのものがガラガラポンになれ
    ば、戦後秩序そのものが見直される可能性はあります。私は終始、安倍政権を批判して
    いますが、「地球儀は俯瞰する外交」とかいってあちらこちらの国々にお金ばら撒いて
    いるのも、集団的自衛権もすべては国連安保理常任国になるためと解すれば有意義
    なことといえるでしょう。(常任理事国になるためには集団的自衛権は必要でしょう。)
    日頃主張していることを矛盾していると思われるかもしれませんが、政治も戦争同様、
    実に多面的で同時代では非でも歴史的にみれば是であったりします。
     (集団的自衛権については安倍政権が暴走しにないように野党、メディアにはしっか
      りしてもらはないといけない。) 

     いずれにせよいくら正当性があろうと一挙には変わりません。
     歴史的視点、世界的視点にたって漸進するしかないのです。

                                         (了)





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