素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

神道 vs 原発教

     



     世の中には○○教なるものがあるが、さしずめ原発を巡る言説は原発教信者によるもの
    だろう。「安全」、「国策」、「保守は原発推進、反対は左翼」、「日本核武装には原発は必
    要」等々を原発教の信者たちは信じてきた。今や、「国策」と「日本核武装~」以外は完
    全にメッキがはげてしまった。それでも原発推進派が“ 転向 ”できない理由は「公共事
    業は走り出したら止められない」と同じ理由によるものだ。そこには巨大な利権が横たわ
    るからに他ならない。それに今さら変えられない、その程度のことだ。

     鹿児島県川内原発がメディアを賑わしているが、もっと注目されていいにもかかわら
    ず、あまり報道されない原発候補地がネットを賑わせたようだからメモしておこう。
     山口県、上関原発は1982年に建築計画が持ち上がってから推進派と反対派の激し
    い対立を経て今日に至っている。人口3000人強の上関町に対して中国電力による地
    元工作費、建設準備費等は450億円にのぼるという。札束に転んじゃった住民も少な
    くないだろう。ここまでならよくある原発候補地の事象だ。
     問題は原発予定地に「四代正八幡宮」が存在することだ。ここは縄文の太古からの
    鎮守の森があるのだ。この神社と鎮守の森を守ろうとした宮司がいた。
 
      神社地の買収計画は、1998年から進められた。当時の四代正八幡宮の
      林晴彦宮司は、当然ながら神社所有の土地売却を認めなかった。宗教法
      人法においても神社の処分は厳格に戒められている。まして林宮司は日本
      の神官として、地元の聖地を金と引き換えにするような人ではなかった。
      すると中国電力は、県知事や自民党の有力政治家や県神社庁やマスコミ
      を利用して、林宮司に圧力をかけた。県神社庁の神職が突然やってきて祭
      祀を妨害することもあった。中国電力は日本の神々の抹殺に執念を燃やし
      ついに「神社本庁」に働きかけて、宮司の解任を画策した。
             
          ~ 高橋五郎 小池壮彦 著   「 真説 ニッポンの正体 」 ~


     結局、1999年、神社本庁は原発政策推進を打ち出し林宮司は解任され、推進派の
    宮司が後任になった。「解任」というより正確には「退職願」が提出されたとのことだが、
    これは偽物だと林宮司は裁判を起こした。心労がたたって林宮司は2007年、この世
    を去られたといわれているが、原発関連はいろいろありますからね・・・・。

     民主党になって上関原発建設は止まっているが、中国電力は建設を諦めてないよ
    うだ。公共事業同様、一度走りはじめた原発計画は止められないということだろうか?
     それにしても神社本庁は何故、縄文の太古から続く鎮守の森よりも原発推進を優先さ
    せたのだろうか?神道を司るはずの神社本庁も原発教信者になってしまったのか?
     神社本庁は戦前からの国家神道の流れをくみ、縄文以来の本来の神道とは違うという
    指摘がある。国家神道は近世に淵源があるが、祭政一致の国家神道はしょせん、明治
    からものでしょ。私が「靖国マンセー!」に異和感を覚えるのは祭政一致の国家神道に
    頭を垂れるように思うからです。
     明治からといえば、鎮守の森、すなわち聖地に人が手をつけ始めたのも明治末期か
    らだ。
   
      平地に辛うじて残された、古代以来の手つかずの森、いわば原生林というべき
      鎮守の森を日本人が伐って売り払ったのは明治三九(1906)年の「神社合祀
      令」以来のことである。
      この合祀令が出されるやいなや、人々は争って三十、四十もの神社を一つにま
      とめ、その木を伐ってしまったという。
      それがもっとも熱心に遂行されたのは伊勢熊野であった。   
      南方熊楠の文章によれば、明治四十四年には、三重では、減却五五四七社、
      現存九四二社、和歌山では、減却二九二三社、現存七九〇社という状態で
      あった。そしてこの頃から日本人が畏れを知らず、同時に心のよりどころを失く
      し、どこか浅ましい顔つきになってきた、というのである。
        
      ~ 「品格なくして地域なし」より奥本大三郎 著 「森なしには生きられない」~


     「神殺し」、「鎮守の森破壊」はまるで「もののけ姫」みたいだ。
     明治時代は廃仏毀釈だけでなく神社合祀令が出された。 
     明治三九年(1906)年というと、日露戦争終結の翌年だ。
     日露戦争勝利後、祭政一致の国家神道をより中央集権的にするためには民間信仰的
    氏神はむしろ邪魔だったから神社合祀令が出されたのだと思う。
     神道=国家神道と知らず知らずのうちに人々は誘導されている。
     やはり、本来の神道は現在の神道とはかならずしも一致しないと考えるのも決して罰
    あたりではないでしょう。

     因みに、全日本仏教会は「脱原発」を宣言しています。








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