素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

Merry Christmas (もっともみっともない勇気)

    



     Merry Christmas !

     野暮なこといわずに今日くらいはきれいにまとめたいところだが、一応、政治ブログで
    あることからこの機会に「愛すること」、「信じること」についてふれてみたい。
     劇作家の故つかこうへい氏はこんな言葉を残している。

      「今日、誰かを何かを愛すること、信じることはもっともみっともない勇気を
      ふるうことなんだ。いつかは裏切られるのだからね。」

     蓋(けだ)し、名言であります。
     「愛すること」でいえば、今夜あたり「必ず今夜なら言えそう気がした♪」ともっとも
    みっともない勇気をふるう方もおられるでしょう。
     「愛すること」、すなわち女性ですが、私も世間並みには裏切られてきましたし、また、
    もちろん裏切ったこともあります。これは取り上げるほどのことではない。
     問題は「信じること」であります。「信じること」に関して私は、友人、同僚、先輩、後輩
    会社、仕事等に裏切られ続くけてきた。それくらい私ぐらいの年になれば当たり前のこと
    かもしれないが、さらに、学説、有力なオピニオン、政治、思想、 歴史、世界観、メディ
    アの構造等、これまた数えきれない程、裏切られ続けてきた。
     要するにあっちもこっちも軒並みメッキが剥がれてしまったわけです。
     これもネット賢人等もののわかった人なら少なからず同じような経験をしているだろう。
     この裏切りに無自覚、若しくは腰のひけてる人はうすら甘いヒューマニズムにすがり、
    なんとなく自覚してはいるがその先の見えない人は、もっとも消極的なニヒリズムに浸
    る。私の回りにも少なからずいることからこんなこと言うと問題発言だが、前者はともか
    く当人はぼんやりニヒリストを気取っていても、そんなもの世界全体が同系色なのだか
    ら保護色として埋もれているよ。
     笑止千万なことです。

     さて、ヒューマニズムというと、かの手塚治虫氏は自作に溢れるヒューマニズムを称
    揚されるとまっ赤になって怒ったという。曰く、「僕はヒューマニズムなど信じていない。
    商売になるからやっているだけだ。」
     「ネオ・ファウスト」、「アドルフに告ぐ」等をものしているし、「鉄腕アトム」が原子力の
    平和利用=原発のPRに利用されてしまったことを後年、気づいただろうから気易く
    ヒューマニズムとかいうな、という思いはあったと思う。 
     故・立川談志師匠は「俺が世の中で『先生』と呼ぶのは二人しかいない。小室直樹
    先生と手塚先生だ。」と公言して憚らなかった。談志師匠は酸いも甘いも、人間のウラ
    も表も世の中の仕組みもすべて知り尽くし、さらに「アドルフに告ぐ」をも含めて手塚作
    品も読破していたと思われる。そんな談志師匠が手塚作品のベストとして挙げるのが
    「雨ふり小僧」だ。ストーリーはいたってシンプル。村はずれの分校でいじめられていた
    モウ太の前に雨ふり小僧が現れ、モウ太の靴が欲しいという。モウ太はアラジンの魔
    法のランプよろしく3つの願いをかなえてくれたら靴をあげるという。いじめっこをやっつ
    ける他、雨ふり小僧は3つの願いをかなえてやった。ところがモウ太は急に転校するこ
    とになってこの約束を忘れてしまう。大人になり、結婚して、小さな会社の社長となった
    モウ太はこの約束など頭の片隅にもない。ある時、ふとモウ太はこの約束を思い出し、
    故郷に帰ると、雨ふり小僧は40年もずっとモウ太を待っていた。
     モウ太は約束の靴を差し出すと、雨ふり小僧はこう言って恨みごとひとつも言うことな
    く去っていく。

     「まにあってよかったどに きっといつか持って来てくれると思っとったどに・・・」 

    私は談志師匠がこの「雨ふり小僧」を賞賛していたことがすごく意外で強く印象に残って
   いた。まあ~生きていれば、仕事をしていれば、いろいろあって待ってなんかいられない、
   そんな約束信じるやつはアホかということになろう。
    でも、どんな時代でも結局、最後はこれだと思う今日、この頃なのです。
    「雨ふり小僧」は1975年の作品だが、もっともみっともない勇気をふるわなければなら
   ない現代こそ光輝く作品だと思います。


                  雨ふり小僧
                  解説も談志師匠が書いている。


     今年もいろいろあったが、私が過去5年間言い続けた大転換など起きていない。
     相変わらず私はオオカミ中年のままです。

     政治家ならいかに困難だろうと裏切られ続けられようと、このもっともみっともない
    勇気をふるい続けなくてならない。自己の主張、信条、政策の実現を信じて。
     このもっともみっともない勇気をふるい続けたからこそリンカーン大統領もキング牧師
    も尊敬されているのだと思う。
     翻って昨今の政治家はもっとお手軽に大衆受けする政策で政治家たらんとする人が
    多すぎる。

     私は政治家ではないが、何度裏切られ続けようと、今後もこのもっともみっともない
    勇気をふるい続けます。


   
     この曲が当ブログのテーマソングです。
       







     
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