素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

頭の体操(私は食わねど長楊枝) 前編

    



    イスラムテロリストを巡る報道をみていると、オウム事件の時のデジャヴュかと思えてく
   る。事件のなりゆきを分析するにせよ批判するにせよ、彼らのプロモーション映像をたれ
   流しにするからだ。オウムの時もオウムのPR映像を流し続けていた。今回も結局のとこ
   ろ、彼らのPR、プロパガンダの片棒担いでいる側面は否定できない。
    出来る限り無視するのが得策だが人質事件であることからそうもいかないということか。
    そんな思いと普段の私の思考とまったくクロスしないことが新鮮でこの動画が目にとま
   った。まずはご覧いただこう。

 


    
    何となく私としては“ 頭の体操 ”をやっているような気がするのです。
    以前、「太宰裁判」を取り上げた時も同様の思いに捉われた。普段使ってないがかつて
    使っていた脳細胞を使うことになるからだ。
     オタキングこと岡田斗司夫氏のことは当ブログの前のブログで彼の著書「オタクはす
    でに死んでいる」と「ぼくたちの洗脳社会」を取り上げた。
     あの頃はまだ漠然としていたけれど、今や彼と私は全然、立ち位置が違うのだが、こ
    との是非はともかく、社員(?)、メンバーに給料払うのではなく逆に年会費払う会社ら
    しきものなどなかなか大胆な発想だ。
     この動画で一番、面白いのは岡田氏と勝谷氏が共にとなえる「時代はヤンキー」とい
    う視点だ。「世界に一つの花」現象に象徴される、誰もが表現者、1億総評論家時代の
    現代ネット社会のカウンターとしての「ヤンキー」を打ち出してきたのはたしかに面白い。
      まさか当ブログを読んでいるとは思えないことから具体的に述べてもいいのだが、
    一応、伏せておくか、身近にいるんだよね~、彼らのヤンキーの定義にどんぴしゃりの
    人が。地元第一主義、小中学校の友達とつるみ、セックス好きで家族愛、郷土愛に満
    ち、おそらく遊び場はワタミ、ショッピングセンター、半径3kmの世界しか興味ない、関
    係ないという人達が。
     今日の自称「保守」の愛国心の多くは、サッカーのサポーターの「ニッポン、チャチャ」
    の延長に過ぎないと思っていることから、岡田氏曰くのサッカー選手応援するように政
    治家がんばっているじゃん、と支持するヤンキーのアゲアゲ体質だとする指摘は私の
    感慨とピタリと符合する。
     当ブログの最初期に「よさこい」を取り上げたのだが、彼らも岡田氏曰くの「ヤンキー」
    でしょ。
     若いうちはそれでもいいのだが、いい年こいてオラオラで知らないことはどうでもいい
    じゃ困るのだがな~。これまた中学校の同級生の実在するのだが、私とは何の接点
    もないうえに迷惑なのでもう2度と口も聞きたくない存在だね。
     無理だしお互い時間の無駄だ。勝手にやってちょうだいという感じだ。
   
     最近、同世代の取引先の社員と会食した際、彼に告げたのだが、「現役世代はとも
    かく、いい年こいて手前(自分)、手前(自分)、手前(自分)しかない奴はみっともない」 
    と思うのです。この場合、手前(自分)とは手前の家族、手前の会社等も含めたことだ。
     これまた親戚に実在するのだが、どうせ読むことないだろうから書いちゃえ、手前、
    手前が通じるのはせいぜい60代までだ。いや、ギリギリ75歳くらいでしょ。それ以上
    になって俺が俺がはみっともないじゃ済まなくて迷惑だ。この点、取引先の社員は激し
    く同意した。世のため人のためとは言わないが、地域のために何かやったらどうかと思
    うのです。俺はやっているよ、いや将来やるつもりだとオラオラ、ヤンキーはいうのだろ
    うが、「俺さまの地域」じゃしょうがないのだからね(苦笑い)。
     グローカルという言葉に象徴的なようにこれからは「地域」といえども「世界」を知らな
    いといけないし、今起きつつある「世界の大転換」を知らないとけいない。
     「知らないことはどうでもいい」じゃお話しにならないと思う。
     もっとも「道州制」を推進するイケイケ体質の青年会議所の連中も海外と取引がある、
    その程度のことでわかったような気になっているのだから、ここでいう「ヤンキー」だけ
    の問題じゃないのだ。

     この点をもう少し掘り下げるための前提として岡田、勝谷の御両人の言説のベース
    についてふれよう。こういうこと言うと関西人には申し訳ないが、御両人共にどうにも
    こうにも関西人だね。彼らの価値判断の根本は「損か得か」ということだと思う。
     だからこそ彼らは強いし同時に弱いと考える。この「損か得か」、「イケテル、イケテ
    ナイ」の延長にアゲアゲ、オラオラのヤンキーがいるのだ。
     岡田氏の言説は現状はこうでそれを肯定しつつ、こうすればもっとイケテルことにな
    る、それの繰り返しに思える。「オタク」、特にアニメオタクは今から30年くらい前は、
    世間の鼻つまみ者的存在だったが、これを肯定しいやもっとイケテルことできるよ、
    としたのが岡田氏だろう。ただ発想が切れてるからそこいらのビジネス書や自己啓発
    本よりはるかに面白のは確かだが。そういうわけで岡田氏は少しばかりの批判はある
    ものの現状を否定しないね。だから彼は9股交際できるのかしらん(笑い)。くるもの拒
    まずでね。それに女性は否定的なことより肯定的なことが好きだしね。 
     全く肌あいも切り口も違うけど80年代、吉本隆明氏が80年代現象のほとんどを肯定
    したことを想起させる。

     批判、否定の根幹には「べき論」があるわけだが、そんな「べき論」はくだらないと宮
    台真司はその昔切ってすてた。そうかもしれないが、それは今よりも呑気な時代のこと
    であって、現状あまりにもひどい、もっと酷い未来が予見される場合はあてはまらない。
     「知らないことは興味ない」と言い切るヤンキーのように知らなきゃ幸せだけどね。

                                       (つづく)








 
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