素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

頭の体操(私は食わねど長楊枝) 後編

     



     彼ら関西人二人は「どないしたらおもろくなりまっか、儲かりまっか」の世界で「武士は
    食わねど高楊枝」という気性はないとみた。そもそもそんなものバカらしいと考えている
    のではないか?
     確かに何のために生きるかと問われた時、フランス人やヤクザのこの思考を凌駕する
    ものはそうそうあるもんじゃない。

     「そりゃお前、いい服着ていいもん食っていい女抱くためじゃないか」

     かく言う私も友人には今年の抱負として「飲んで食って歌って踊って友と語らってエロ
    があればOKという具合に下世話にいきます」と述べました。
     それはある程度、世の中見切れた場合のことであって、「知らないことは興味ない、
    関係ない」という半径3kmの思考じゃアカンと思うのです。
     
     この件はもっと世界認識の根本まで遡らないと水かけ論に終わってしまいます。
     岡田氏の著作「ぼくたちの洗脳社会」にふれてみましょう。
     この中で彼は経済は停滞し科学で世界を解決するには限界がきた、科学は必ずしも
    世界を幸せにしない、「モノが不足し時間あまり」の時代がくる等語っています。
     「モノが不足し時間あまり」の時代とは、すなわち「新しい中世論」であります。
     (先日、古市某という社会学者がイスラムテロリストに関するコメンテーターとして呼
      ばれ、どういう脈絡か、この「新しい中世論」を語っていた。)
     やっぱり彼らはローマクラブ「成長の限界」にどこかで縛られている。
     彼らだけじゃない、世の中の学者、文化人、マスコミの大多数は同様だと考える。
     「 『 やっぱり放射能は消せる!!! 』 一歩前へ」で述べたように放射性物質を非放
    射性物質に原子転換可能なことが明らかになり、資源がないと言われた日本があと数
    年で海洋資源大国になり、フリーエネルギーが現実のものとなる21世紀、120歳まで
    の長寿が可能で封印された科学技術が解禁される21世紀、「成長に限界」などないの
    であります。そんな時代に「知らないことは興味ない」じゃ、つまらないと思いますがね。  

              握り潰された 現代編
              この著書の世界には「成長の限界」なん
              て概念はない。


     そんな時代、知らないこと数えたら時間は足りないよ。
     それにね、人間、年とともに「食う、寝る、出す」の比重が多くなってくる。
     もともと「食う、寝る、出す」プラスアルファ、すなわち「消費」しかない人の晩年はつま
    らないと思うのです。つまらないだけじゃなくて、そう言う人は認知症になりやすいら
    しい。つまり長生きしてもあんまり意味がない。

     ここから先は人生観、価値観の問題となるが、体が動き脳がまともなら死ぬまで現役
    まだやることがある、時間が足りないという認識になるし、そういう人生こそ素晴らしいと
    私は考える。 
     葛飾北斎は90歳にして、「天我をして十年の命を長らわしめば… 我をして五年の命
    を保たしめば 真正の画工となるを得べし」 (天が後10年、いや5年でも良い。後5年
    寿命を下されたなら、私は本当の絵が描けるのだ) と言った。
     世の中、みんな表現者というならこれくらいにならなきゃ。
     映画監督・新藤兼人氏は最後の最後までシナリオ書き続けた。
     自ら「書く病」とかいっていた。
     私もこの「書く病」に取りつかれたまま、晩年を向かえる予感がある。
     それでいいと思っている。
     (もっともその頃までこのブログやっているとは思わないが)

 
      「まだ足りぬ踊り踊りてあの世まで」

     これは六代目尾上菊五郎の辞世の句だが、時間が足りないと思いつつ死ぬことこそ
    素晴らしい。
     多くの人とは真逆で余生がどうのこうのには私はあまり興味がない。
     若い時分から「知らないことは興味ない」じゃ「まだ足りぬ」の土台が出来ないんじゃ
    ないかな。

     だいぶ脱線したが、岡田氏はオタクやめてヤンキーに鞍替えするとか言っている。
     私は間違いなくヤンキーではないしオタクでもない。
     目指すはディレッタント、ランティエだが、「政治がどうのこうの」言っているようじゃ、
    その領域にはまだ遠い。

     でもね、「木枯らし紋次郎」の主題歌をテーマ曲とする素晴らしき放浪者としては、
    侍ではなく渡世人であるからして「武士は食わねど高楊枝」とはいかないが、長楊枝
    を加えて、時々、「ピュッ」と吹いて刺すのであります。

                                       (了)




   
芝居の神様
親友にして盟友の辰巳柳太郎に逝かれ、
奥さんにも先立たれ、手塩にかけた劇団
は解散。普通はここでしょぼんとして死ん
じゃったりするのだが、島田正吾はまだ先
があった。86歳にして当たり役「白野弁十
郎」のパリ公演。さらなる新境地をひらいて
六代目菊五郎の孫、故・中村勘三郎との
舞台での逸話は感動的で素晴らしいの
一言に尽きる。 









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