素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「1Q84」について

 

「1Q84」については、だいぶ前に書こうと思っていたが、品薄状態の時に書くの
もネタばれになって、申し訳ないので時期を見ていたら、書きそびれてしまった。
 (巷には、「1Q84」の解説本(攻略本)が上梓されているが、ある若手論客の軽い
  レビュー以外、一切読んでいません。よって、これから書かれる事柄が、それらの 
  印刷物によって周知のことであっても御容赦ください。)



〔エピローグにしてプロローグ〕

 小説家に限らず、「作家」と呼ばれる人々は、大きな仕事をした後では、すぐさまその作品
から抜け出せるものではない。
 昨年、イスラエルの文学賞(エルサレム賞)を春樹先生が受賞した時のスピーチに感動して
私は以前のブログに一文を寄せた。この時期「1Q84」は作家の手を離れていただろうが、
まだ出版されておらず、春樹先生の頭の中に「1Q84」がまだ残っていたはずです。
 そこで、「1Q84」を読み解くカギとしてあの時のスピーチに今一度、注目したい。

 あの時、彼は「壁と卵」という巧みなメタファーを用いてスピーチしました。
 この「壁と卵」とは、表面的には、


  「壁」・・・イスラエル政府、権力、武器etc
  「卵」・・・武器を持たないイスラエル市民etc

 などと翻訳されるでしょう。
 でも、同時に、

  「『壁』とは時に勝手に暴走し、私たちを他者を冷酷に、効率よく、そしてシステマ
  ティツクに殺すように仕向けるシステムであり、『卵』とは脆い殻に覆われたかけが
  いのない魂である」
 
 
と彼は自ら解説し、ここから展開させて自身の「小説論」を述べました。
 つまり、「壁と卵」はダブルミーニングだったのです。
 
 「1Q84」というタイトルが表すように、この小説は、J・オーウェルの「1984年」とは
一見、全く別の小説のようですが、全く別の小説とも言い切れないものです。
 「太宰裁判」で述べたように、
 オーウェルの方法論―「Aであるが、Aとも言い切れない」―
 は春樹先生が援用この小説で援用しています。

 
 
 本稿はズバリ、作品に現れる「1Q84」とは何なのか、ダブルミーニングを手掛かりに
この1点に絞って書くつもりでした・・・・・。

 でも、書き始めるとそんなになまなかではありません。
 この小説は、練達なパティシエがこしらえた逸品のように超絶技巧によって構成されている
のです。(もっとも、このデザートはただ甘いよりも相当にビターですが)
 この構成、構造を無理解のまま読んだら、「1Q84」はちょっと風変わりな純愛小説に
終わってしまうでしょう。


 それでは、小説「1Q84」の、いわばエピローグ=イスラエルでのスピーチを手掛かりに
「1Q84」を読み解いていきましょう。
               
                   (つづく)




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