素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「1Q84」について VOL.2



〔Ⅰ 入れ子構造〕

 どんなに複雑な構造も幾つかの単純な構造が組みあわされて出来上がっている。
 まずは実に単純でベタな事柄から始めましょう。

  ○天吾の物語と青豆の物語、2つは交互に進行する。
  ○「1984年」と「1Q84年」という2つの世界。
  ○2つの月。
  ○「空気さなぎ」という小説と「1Q84」という小説。
  ○ふかえりとふかえりのドウタ――二人のふかえり。
  ○「さきがけ」のコミューンと現実の社会
  
 「2つ」、「2重」、「本体」と「分身」etc、これらがやがて識別、異化、矛盾、錯綜、作用・反作用、対立、中和etc、されて「1Q84」は進行する。
 その中でもっとも重要なのが「入れ子構造」だろう。
 小説「1Q84」の中で小説「空気さなぎ」が書かれ、天吾の物語と青豆の物語が交差する時点で、予定調和的に「空気さなぎ」の全貌が明らかになる。
 ここまでなら実にシンプルな構造だ。
 でも、小説「1Q84」自体が小説の中の小説であって、その外にもう一つの世界が存在する「入れ子構造」ではないかのように、一瞬、読者をミスリードする。


  「でも、これは物語じゃない。現実の世界の話よ。」
  タマルは目を細め、青豆の顔をじっと見つめた。
  それからおもむろに口を開いた。
  「誰にそんなことがわかる?」

                  -BOOK2 第1章 p33-


 まるで筒井康隆の「虚人たち」のように、登場人物自身が自分たちの住んでいる小説世界そのものを意識しているような記述だ。すわっ、春樹先生、実験小説に突入か、と思わされるが見事に肩透かしをくらい、まあ~ちょっと遊びたかったのだろう、と高をくくっていると、クロスカウンター、不意打ちをくらう。

 「入れ子構造」のうち、もっともポピュラーなものは「夢おち」として現れる。 
 アニメなどで、よくこれは禁じ手と言われたりする。でも、この「夢おち」を際限なく繰り返すと傑作になるだろう。~蝶になった夢を見ているのか、現実とおぼしきものが蝶の夢なのか~
 映画でも「ジェイコブス・ラダー」とかあるが、押井守監督「うる星やつら2 ビューテフルドリーマー」はこの方法論の傑作だろう。   
 

うる星やつら2 



「入れ子構造」は小説についての小説、メタフイクションとなることが多い。

  これじゃ『空気さなぎ』と同じじゃないか、と彼は思った。
  空に月が二つ並んで浮かんでいる世界。ドウタが生まれたとき、
  月は二個になる。
          (中略)
  ここは小説の世界なのだろうか?おれはひょっとして、何かの
  加減で現実の世界を離れ、『空気さなぎ』の世界に入り込んで
  しまったのだろうか。ウサギの穴に落ちたアリスみたいに。
  それとも現実の世界が『空気さなぎ』という物語にあわせて、
  そっくり作り替えられてしまったということなのだろうか。

                 -BOOK2 第20章 p425~426-


これを読めば作者にメタフィクションについて語ろうとする意志はなく、「入れ子構造」の中の小説(「空気さなぎ」)が地の小説(「1Q84」)を浸食する、そんなよくある説話論的戯れに過ぎないのだろう、そう思って納得し、安心する。これがワナなんだな(笑い)。~詳細は後述します~
                        
                               (つづく)



ネオファンタジア

                  「ネオファンタジア」
                   大学生の時、本邦最終上映に間に合った。
                   めっぽう面白かった。
                   クラシック音楽を題材にアニメと実写の融合。
                   終盤、アニメが実写を浸食し逆転する。
                   2005年リバイバル上映、もちろん劇場に
                   駆け付けた。 



 
     

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