素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

ラグビーブーム再来!?時代は巡る!

    



    ラグビーワールドカップ2015で日本は歴史的3勝をあげ幕を閉じた。
    決勝トーナメントにはいけなかったが本当に健闘した。
    いちラグビーファンとして感謝したい。
    サッカーの場合、決勝トーナメントはベスト16だが、ラグビーの場合ベスト8であることか
   ら少し前までの低迷ぶりを思うと感慨深い。
    ここ2~3年で急速に強くなったのはエディー・ジョーンズの指導の賜物だと思う。
    もっとも彼は厳しすぎてチームが空中分解しそうになったそうだが、アメリカ戦にきっちり
   勝って有終の美を飾れてよかった。
    俄かラグビーファンみたいでイヤだったことから今までこの話題にはふれなかった。
    以下、ラグビー蘊蓄を語ってもいいのだが、当ブログの性格上、少し趣を変えよう。

ラグビーワールドカップ 2015


    
    今から30年前、1985年は今日以上にラグビーブームだったのだ。

     ◇ 1984年10月 TBS ドラマ「スクール☆ウォーズ」放送始まる。
                                (85年4月6日まで)
                 伏見工業の監督・山口良治をモデルにしたドラマ。
                 落ちこぼれチームを高校ラグビー日本一にする青春もの。
                 このドラマの感化されて「サンドイッチマン」の二人はラグビー
                 を始める。


     ◇ 1984年12月 ユーミン アルバム 「NO SIDE」 発表。
                 タイトル曲「NO SIDE」はラグビーのことを謳ったもの。
                 取り壊し前、旧国立競技場でユーミンが「NO SIDE」を歌う。


     ◇ 1985年1月  新日鉄釜石7連覇達成。松尾雄治現役引退。


    この後、神戸製鋼が88~95年まで7連覇を達成する。
    大学では早稲田、今泉 清、堀越 正巳、明治、吉田義人、元木由起雄らが活躍しラグ
   ビー人気は続いた。


    さて、言いたいのはラグビー蘊蓄ではなく、この頃、日本がどうだったかであります。
    1985年はいろんな事件が次々に起こった1年でしたが、特に記憶に留めておきたいの
   はJAL123便とプラザ合意でしょう。翌年円安不況となりますが、これを乗り切り日本経
   済はバブルへと突き進んでいきます。
    つまり日本のラグビー人気はバブルへの助走期~バブル~バブルの崩壊期とほぼパラ
   レルであります。
    今はどうでしょう、プラザ合意以上に日本に多大な影響を及ぼすTPPが一応「大筋合
   意」しています。株価は諸説ありますが、もうバブルのピークは過ぎたでしょう、これから
   は崩壊期へとむかいます。不動産価格ももうすぐピークでしょう。 ただ、80年代末の不
   動産バブルと違い、ほんの一部だけがバブルです。不動産価格はどんなに遅くても19
   年には弾けると言われます。 奇しくもラグビーワールドカップが日本で開催される年で
   す。翌年は東京オリンピックで日本中はまだお祭り騒ぎですが。
    ジュリアナ東京のお立ち台で女性たちが踊りまくっていたのは実はバブル弾けてから
   です。

    2019年 ラグビーワールドカップ、2020年東京オリンピック後、95年以降、日本が急
   速に衰退していたったようにさらなる衰退が待っているのか、それとも一端、落ち込んでも
   再浮上するのか、それは今年から来年の政治的転換にかかっているように思えるの
   です。



    
    今観ると、まだまだ日本が登っていく勢いと人と人の紐帯を感じる。
    ラグビーやると見るとでは大違いでW杯行かなくても、日本一にならなくても
    ドラマチックであります。




   



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