素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「 3.11 」 から5年、我々は 「 卒業 」 できるのか?

   



    「3.11」(東日本大震災)から5年となりました。
    亡くなれた方のご冥福をお祈りし、今でも御苦労なされている被災者の方々にお見舞
   い申し上げます。

    数日前から「3.11」から5年の特集報道が多い。
    どちらかというと振り返るよりも今後、「3.11」級の大地震が来た際の防災・安全対策
   が中心だったような気がする。
    3月11日当日になると「あの日」を再現したり、復興が進んだ、または復興道なかばの
   「現在」を取材したものが多いようだ。
    
    「3.11」から5年に際して私は未曾有の大震災及び原発事故を経験したにも拘わら
   ず日本は基本的に変わっていないのではないかと言う視点にたって述べていこうと思う。
    

     【何が何でも再稼働ありき】

      大津地裁が高浜原発3、4号機の運転差し止めを命じる仮処分決定を下した。
      これを受けて関西電力は10日、年明けから営業運転を続けている3号機を
      停止させた。
      これをもって脱原発に舵切られ始めるかといえば、それは甘い希望的な観測
      に過ぎないようだ。
      昨年4月、福井地裁が下した再稼働差し止めの仮処分も裁判長が変わると
      ひっくり返されたように「この先、どうせひっくり返せる」と政府、経産省はタカ
      をくくっていると言われる。
      原子力規制委員会の基準、判断が妥当か否かが主な争点のようだが、実に
      しゃらくさい、「知らざ~、言って聞かせやしょう」と言うものだ。
      基準、判断がどうあろうと活断層、震源域に日本の原発は立地しているのだ。
      これについても専門家の見解が分かれるが、恐れろしいことに日本の原発は
      これら危険地域に立地することを条件にアメリカから技術供与された。
      そんなバカなと思われるかもしれないが、それではなぜ建設前から誰もが危険
      と指摘した震源域に浜岡原発は立地するのか?横にずらして原発建設すれば
      いいだけのことではないか。
       (これについては長くなるので別稿にします。)
      いずれにせよ、東日本大震災5年に際しての安倍首相会見に端的なように「何
      が何でも再稼働ありき」であることは間違いない。
      
     

     【見苦しいまでの無責任体制】

      斑目“ デタラメ ”春樹・元内閣府原子力安全委員会委員長の「罰があった」発言
      やメルトダウンの判定基準に気づかなかったと今頃、ほざく東電。
      他にも列挙できるだろうが胸くそ悪くなるので省略する。
      「まさかそこまでか」とあきれ果てる底なしの無責任体質の人が要職を占めてい
      ることが「3.11」で明らかになった。
      さらに「3.11」ほどの危機を経ても無責任体質は変わらない。


     【いまだ「トイレのないマンション」のまま思考停止】

     
      先日も「モーニング CROSS」でピーター・バラカン氏が指摘していたが、除染後、
      放射能性廃棄物が福島県内の仮置き場に放置されたままだ。
      除染してもそれで解決するものではないことはみんな承知していてもそこで思考
      停止。
      安倍首相の会見でもこの点は質問された。
      曰く「中間貯蔵施設の用地について地権者の理解を頂く。最終処分場の選定が
      適切になされるよう国が最後まで責任を持つ」云々。
      もう言い飽きるくらい述べたが、これは「放射能は消せない」を前提にしているこ
      とであり、ホントは「放射能は消せる」のです。
      過去記事 「4号機始まった、1,2,3号機は?これがあるじゃないか」記載のとおり
      です。
      佐野千遥博士によれば核燃料棒そのものも解体、すなわち放射能を消せるのだ。
      
        私は純粋に物理学的観点から見解を述べます。

        「原子核の低温解体による核種変更除染」が起こっている事が確かに
         実証されました。

        しかし「正統派」現代物理学者達は、「実証だけではダメ、論証しかる後
        に実証」を主張する。

        そこで結論から先に言うと、ロシア科学アカデミー・スミルノフ物理学派
        と佐野千遥は、それに対抗して高嶋博士と共同で、放射性物質の低温
        解体消滅の論証と実証の両方を世界で初めて揃えた形で提起いたし
        ます。
        それはロシア科学アカデミー・スミルノフ物理学派とは、セシウム、スト
        ロンチウムはもとより、核燃料ウラン、プルトニウムまで含めた放射性
        物質の低温解体消滅の物理学理論とそのシステム構築の技術的
        ノーハウを持った世界で唯一の物理学派であるからです。
        よって高嶋博士への万全なるバックアップをいたします。

                 (中略)

        私・佐野千遥はこの理論を背景に、福島原発の原子炉の核燃料ウラン
        プルトニウムの低温解体消滅システムを、福島を救い日本を救う為に
        日本政府に対し提案しようとしており、実は高嶋康豪博士の微生物複
        合発酵による野外に撒き散らかされたセシウム、ストロンチウム等の
        放射能除染にも同じ理論が適用されるのである。

                           ~ 佐野千遥博士のブログ ~



    


      そんなのあり得ない?
      それならばこれらについて福島県庁で記者会見したこの動画をNHK本社から会見
      中に「放送してはならない」とストップがかかるのはどうしたことだ。
      インチキというなら放送させておいて後で叩き潰せばいいだけのことではないか?
      どうしても叩き潰せないからではないのだろうか?
      つまり、「不都合な真実」であるわけだ。
      国民にとっては「素晴らしい真実」かもしれないのに一体、誰にとって「不都合な真
      実」なのか、そこのところをよく噛みしめよう。
   

     【新しい動き】

      ロクでもない状況だが、「3.11」後から今日まで新しい動きもあります。

      ○ 三菱重工の元素転換による放射能を消す技術の国際特許取得

      ○ 「3.11」当時の東電経営陣の検察審査会による強制起訴

      ○ 小泉元首相による脱原発活動

      ○ 野球賭博による渡辺恒雄・読売巨人軍最高顧問の辞任
        (読売新聞主筆は辞任しなくてもマスコミにおける彼の影響力も失墜か。
         原子力の父、正力松太郎の後継者の退場となれば意味深だ。 )


    さて、はなしは変わるが3月は卒業のシーズンでもあります。
    私も地元の大学生の卒業祝いに一席もうけることになっている。
    「卒業」は今や学校を卒業するだけではなく、任期切れ、もっと言うとメンバーから外され
   る、切られることをオブラートに包んで美化した表現としてよく使われる。
    古い状況から新しい状況にステップアップもしくは移行することを意味していたりする。
     (最もお軽くなったのが「卒業」そのものではないが、ベッキー不倫事件において離婚
      届を「卒論」とか言ったりすることだ。)

    人生においてはいろんな「卒業」がある。
    「課長」になったくらいでは「卒業」とは言わないだろうが、営業職の場合、「課長」(管理
   職)になれば自ら営業することから「卒業」しなければならなかったりする。
    会社を辞め独立企業することはサラリーマンからの「卒業」だろう。
    これも最近、少しづつ増えているようだが、うつ病とか病気になったことを機会にサラリ
   ーマン辞めて投資家(株式・FX・不動産投資家)で食っていくのも「卒業」かもしれない。
    もちろん、「3.11」の被災者が仮設住宅から新しい、若しくは故郷の家に移り住むこと
   も「卒業」だ。

    一個人の「卒業」もそれなりに意義のあることであり一つの「物語」ではあるが、「3.11」
   5年を迎えてここはひとつ大きく捉えることにしよう。
    「3.11」を契機に日本人は何かを「卒業」できたのだろうか?
    答えは今のところNOと言うしかない。
    何が何でも(いや、とりあえずと言った方が正確か)原発再稼働、底なしの無責任体制、
    放射能は消せないという固定観念と放射能除去技術への弾圧、そしてこれらを批判す
   ることもない、相変わらずのマスゴミ。
    「3.11」後、「単なる復旧ではなくて復興でなくてはならない」とか言われたし、同様のこ
   とを私も述べてきたと記憶する。
    街づくりは「復興」というべき新基軸も見られるようだ。
    でも、肝心なところは変わらない、「卒業」できない、「留年」したままだ。
    原子力ムラに端的なようにこの国を支配するものに一矢報いることができないからだ。
    そこでこの曲を貼っておこう。


   

  
    この曲が発表された当時(1985年)、尾崎ファンには申し訳ないが、私には「青臭い歌」
   でしかなかった。歌詞を読めばわかるように単なる「卒業」から人生の局面における「卒
   業」、自己実現(成長)としても「卒業」までも歌っている。
    リアルに大きな「支配」からの「卒業」なぞ出来ない。
    しかし、今、ここにある目の前の「支配」からの「卒業」なら出来る。

    この曲に感情移入した尾崎のファンは今、何を思っているだろうか?
    もし尾崎が生きていれば、「3.11」~「安保法制 強行採決」に対してどんな言葉を発し
   ていただろうか?

    ふとそんなことを思った3月11日でした。
    
 




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