素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

反 = 予想どおりの参議院選 後編

    



    選挙速報が始まる少し前、読みさしていた「日本会議の研究」を読み終えた。
    著者に圧力がかかったことで評判となりベストセラーになったようだ。
    確かに「よく調べましたで賞」かもしれんが、本格的ノンフィクションならこの程度は当たり
   前だ。政治家としては評判悪いが、猪瀬直樹の著作を読んでみればいい。この本の何倍
   もの調査量だから。
    この著者が言いたいことは、日本会議がいくつかのルートを辿りつつ「生長の家」(谷口
   雅春)に行きつくこと、及び彼らの行動原理が民族派右翼のルサンチマンであるということ
   ぐらいしかないと思う。  
    「生長の家」(谷口雅春)の思想にわけ入り、それらが彼ら民族派右翼の行動原理に、
   さらには現在の日本会議にどのような影響を及ぼしたか明らかにされておらず食いたりな
   いと言わざるを得ない。そういうわけで私はこの本を世評ほど評価しないのだが、あと書
   き(帯の一文でもある)のこの一節は秀逸だ。

     市民運動が嘲笑の対象にさえなった80年代以降の日本で、めげずに、
     愚直に、地道に、そして極めて民主的な、市民運動の王道を歩んできた
     「一群の人々」によって日本の民主主義は殺されるだろう。

                    ~ 菅野 完 著 「日本会議の研究」 ~


    これは三宅洋平の敗戦の弁と鏡あわせとなっているといえよう。

     正味、三宅洋平の政治活動はおよそ4週間足らずでした。
     何10年という政党活動をしている人との壁の厚さを感じました。

    
    リベラルはどこまで遡っての欧米の借りものでしかない。
    新思潮といっても、それもやはり「アメリカでは・・・」、「誰それが言った・・・」という具合
   でしかない。80年代以降、日本のリベラルはずっと退潮傾向だと思うが、リベラルが日本
   で光り輝くには三宅洋平のようにピップでカッコイイ時だけだ。
    別に日本会議の面々を称揚するつもりはないが、「日本会議の研究」が説くように、どん
   臭くても何でも鈍牛のように歩むものこそ本物の「保守」であり、実は最後は強い。
    (繰り返すが、日本会議は「保守」でも何でもないことは言うまでもない)
    イギリスの「保守」の文章はかたったるいと言われるが、プロゼイック・サウンドネス、す
   なわち「散文としての健全性」がこれにあたる。彼ら「保守」もやれ、エドマンド・バーグが
   どうした、アレクシス・ド・トックビルがこう言ったと言うが、彼らは少なくても日本オリジナ
   ルのものを持っている。ことの是非はともかく「皇国史観」などその一つだろう。

    安倍政権周辺の戦前回帰主義の右翼ではなく伝統いや土着に根差した「保守」がまだ、
   日本にも存在する。野中広務氏がポスト安倍を睨んで自民党に復党したが、彼もそんな
   土着「保守」の一人だ。野中氏も自民党は負けると思っていたかもしれないし、それは私
   の見立て違いだったとしても自民党版憲法改正案を阻止するため復党したのは間違いあ
   るまい。
    先日の池上 彰さんの番組でも藤井裕久氏が「安倍さんは歴史観が間違っている」とい
   う憤りを隠さなかった。さらに彼は「自民党の中にも(自民党版憲法改正案を)よしとしない
   人達はいます。」と明言した。

    これから憲法審査会が始まって本格的な憲法改正を巡る議論が始まるにつれて、この
   自民党内の亀裂は段々と大きくなっていくだろう。
    その頃、「反 = 予想どおり」のもう一つの側面、アナザー・プランが発動するだろう。
    
    自民党大勝の今、誰も信じないと思うが自民党衰退の道は始まっているのだ。

    まだ諦めてはいけない。

    夜明け前が一番暗いのだ。

                       (了)






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