素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

複雑な思いの都知事選(再び日本の 「 リベラル 」 ) 後編

    



    鳥越俊太郎氏の都知事選を巡る言動を鑑みるに繰り返しになるが、どうも日本の「リベ
   ラル」は腰が据わらないと言わざるを得ない。
    都知事選ではなく参議院選絡みだが、三宅洋平が安倍首相と電話で会話したことが
   ネットで話題となった。
    洋平ファンはいろいろ言っているし、洋平は我が道を行くと言わんばかりだが・・・結局、
   洋平は甘い。
    安倍ちゃんがこの時期電話で話すなんてのは、あわよくば取りこもう、それは出来なく
   ても洋平ファンを減らそう、洋平離れを起こさせようという意図に決まっている。
    どうも昭恵夫人ってそういう役割を担ってように思えてならない。
    ベンさんのところに「ファンです」と言って出没したりね。
    私はこれでも大人なので「洋平は甘い!」で済むが、洋平離れしたファンは確実に少
   なからず存在する。 
    洋平は昭恵夫人に会ってはいけなかったのだ、安倍ちゃんと電話で話してはいけなか
   ったのだ。

    どうして日本の「リベラル」はかくもうすら甘いのか?
    それは彼らが借り物じゃない思想で現実の問題と切り込んで闘ってきた歴史がないか
   らではないか。借りものの思想で闘った、いや踊らされた経緯はあるが。
    そもそも日本の「リベラル」がリアルに自ら対峙したのは、経済格差、労働、雇用くらい
   じゃないか。反原発というのもあるが、ほんの少し前まで左翼のドグマでしかなく、本格的
   に思考したのは「3.11」後のことだ。
    鳥越氏もLGBT施策を政策として掲げているが、これらは海外マネしただけでそもそも
   日本は江戸時代まで性に関して凄く受容性が高い国であって取り立てて騒ぐほどのこと
   ではないのだ。

    「人種」、「人権」、「宗教」、「学問」といった分野で海外のリベラルは眼前の問題として
   闘ってきた歴史があるはずだ。日本の場合、「人種」の問題は在日問題くらい、「人権」は
   「労働」の問題、若しくは「女性の社会進出」の問題であって、「宗教」に関しては闘いな
   ど近・現代においてほぼ無いに等しい。(一方的弾圧、廃仏毀釈とかはあったけど。
   細かい宗派の争いは問題外。キリスト教 vs イスラム教 vs ユダヤ教というくらい
   の大きな闘いのことです。)
    「学問」なら闘いの歴史があっただろうと思われるかもしれないが、日本の場合、それは
   ちょっとした論争、若しくは学閥争い程度のものだ。
    「人権 ⇒ アニマルライツ」は、以前ふれたが、エコロジーだって日本の「ロハス」なんか
   で薄められたものではなくて根本には危険は思想を孕んでいるのだ。地球を汚す最大の
   元凶は人間であるからしてエコロジーは人口削減 ⇒ 優生学に結びつく。私が勝手に推
   論しているわけではなく実際、そうなのだ。
    これらを是としているわけではないが、海外のリベラリズムの根底にはマルキシズム以
   外に劇薬とでもいうべき思想が確固として存在している。
    それら「学問」(≒科学)の淵源には「無神論」が鎮座しているのだから強力だ。
    「神様」はいても「神」の存在しない日本には西欧的意味の「無神論」は存在しない。
    日本には「無神論」に代わりにアミニズムが存在する。
    この「無神論」の前に日本のアミニズムは外来生物に日本固有の生物が駆逐されてし
   まうように無力なのだろうか?
    そうでもないのであって、毎度同じ結論になるが、日本はやわなようで中々したたかで
   のれんに腕押し、柳腰でしぶといのだ。
    リベラリズムに腰を据えているマルキシズムを始めとする様々な学問に対して「保守」
   は教条主義・合理主義の病理として忌避する。
    「左翼だからダメ」なんていうネトウヨはあまりに事態を矮小化している。

    
    一部のゴリゴリの教条主義と労働組合以外の政治的リベラリズムなどかつての自民
   党の派閥のどれかに収まってしまうものだと考える。
    田中角栄ブームだが、55年体制、すなわち自民党 ⇔ 社会党のインチキ与野党の頃、
   角栄は裏でどこと握っていたのか?
    それは社会党左派であります。
    そもそも戦後日本経済の高度成長は純然たる資本主義ではなくて、「世界一成功した
   社会主義」とも言われるくらい国家によって規制されていた。
    「世界一成功した社会主義」なら自民党の派閥の領袖が社会党左派と結んでいても何
   ら不思議ではないではないか。「グローバリズムの時代、そんなのは時代遅れで・・・」と
   周回遅れの新自由主義者は言うかもしれないが、あなた方の先達及びあなた方のお陰
   でこれから世界は新自由主義から社会民主主義的様相を呈してくるだろう。
    マルクスがヘーゲルの影響下にあるのだし、世界は両建て(金融)、武器商人の発想
   (敵味方双方に武器を売る)、2重人格(政治家)で構成されているのだから当然にそうい
   う結論となる。  
    冷戦終了、共産主義(社会主義)は完全に敗北し資本主義一人勝ちなんて思考するの
   は今やとんでもなくすっとこどっこいだ。
    私はどちらがいいとか言っているわけではなく冷徹に状況を分析した結果を述べている
   だけである。
    だったら田中角栄と社会党の関係を現代に甦らせたらいいじゃないか。
    今日の日本のリベラル勢力と旧・経世会(旧・田中派)の流れを組む自民党議員が手を
   結べばいいのである。

   
    それが日本の政界再編の原動力だと私は考える。

                                        (了)



  PS. 例によってウワサをすれば何とやら、三宅洋平は橋本龍太郎と親戚だそうだ。
      これって日本のリベラルと経世会のマリアージュみたいなものじゃないか。
      細かい人間関係や日本人がやたら拘る党派性を排除して考えればいかに
      現実性が乏しいようでも自ずと結論は定まる。



    

    




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