素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

夏の戦争映画 VOL.1  「日本の一番長い日」(2015年)

    


    今年も夏は戦争映画を観ようと思っていたのだが、ある酒席での一言からこの映画を選
   ぶこととなった。「千葉県出身の総理大臣はいませんよね」 
    鈴木貫太郎がいるじゃないか。
    やはり、鈴木貫太郎はその程度の認識なのか?
    
    この映画は岡本喜八監督版(1967年)のリメイクであり、あまりに有名なのでストー
   リーの説明は必要ないだろう。岡本版と比べると随分と尺が短く原田真人監督「日本の
   一番長い日」はたいそうすっきりと整理されている。「聖談」と「宮城クデター未遂事件」の
   二つに焦点を絞っている。岡本版はすべて憶えているわけではないが、厚木飛行場の件
   はばっさりと切り落とされている。宮城クーデター未遂事件、「玉音放送」のレコードを巡る
   争奪戦、これらが一番「映画」たり得ると原田監督は考えたのだろう。
    
    原田監督は今時珍しい「根っからの映画ファン ⇒ 映画監督」の経歴であるが、かつて
   スピルバーグの「プライベート・ライアン」を評してこう言った。
    「『プライベート・ライアン』におけるスピルバーグの黒沢学校主席ぶりは目を見張るもの
   がある」と。
    これを原田監督自身に援用するなら黒沢 明、岡本喜八の正統な継承は私だということ
   になるのだろうか?それとも「いやそれは違うぞ、岡本喜八に最も私淑しているのは俺だ」
   と庵野秀明が異議申し立てするか。 
    原田監督は「金融腐蝕列島〔呪縛〕」や「クライマーズ・ハイ」でもそうだったが、「会議」、
   「討論」に「映画」を見ているようだ。特に「クライマーズ・ハイ」などロバート・アルトマンばり
   にあちらこちらで各人が語り、怒鳴る映画だった。これが「映画」だよと言われればそうか
   もしれないが、「終戦の日」という歴史的大展開の日を扱った映画がそれだけでいいのだ
   ろうか?
  
    この映画に先行して「日本の一番長い夏」(2010年)という映画がある。
    職業俳優ではなく文士劇の体裁をとっているようだ。私は未見だが、この映画の場合、
   「会議」、「討論」に「演劇」を観ているのだろう。
    今から20年前なら、すなわち日本で戦争が今、起こるはずがないと言う時代なら、文士
   劇という説話論的戯れも結構だが、今や、いや、この時点でもやはり違うのではないか、
   そう思わざるを得ない。

   

    
    綾小路きみまろじゃないが(笑い)、あれ(岡本版)から30有余年、歴史的解釈も随分と
   新展開をみせている。史実に基づく作品が「映画」や「演劇」で覆い尽くすだけでいいの
   か、「歴史」はどこへ行った?
    
    「歴史」はともかく黒沢作品の「会議」、「討論」の中には、どす黒い悪、人間のエゴ、真実
   開示があったことを原田監督は忘れたのだろうか?
    例えば、それは「悪い奴ほどよく眠る」、「どん底」、「生きる」(葬式のシーン)などだ。
    この映画からはそういったものが全く伝わってこない。
 
    「日本の一番長い日」のもう一つの異母兄弟?鬼塚英昭氏の「日本の一番醜い日」で主
   張される宮城クーデター未遂がヤラセだったという説は置いておくとしても、あの戦争につ
   いて21世紀現在、新たな歴史的視点が明らかになっているではないか?
    例えば、海軍善玉説に対して阿南惟幾・陸軍大臣が自刃する前「米内を斬れ!」と言い
   残したのはなぜか?どくさに紛れて陸軍だけでなく海軍も道連れにしてやるといったわけ
   でない。今日では阿南は米内がアメリカのスパイだと理解したからだと言われる。
    阿南がそう確信した過程を跡づけてもいいのではないか?
    この映画には「米内を斬れ!」というセリフはなかった。
    原作者の半藤一利氏がそんな史実はないとしているのか?
    それが無理でも半藤氏も「官軍が始めた戦争を賊軍が終わらせた」と述べている。
    終戦をまとめた鈴木貫太郎は海軍時代、薩摩海軍閥に随分と冷遇、いじめられたよう
   だ。
    そんな賊軍の鈴木貫太郎が昭和天皇に強く推され内閣総理大臣として軍部を押さえ
   「玉音放送」へと導いた。
    このあたりは半藤氏に取材すればいくらでも答えてくれるはずだ。
    「官軍が始めた戦争を賊軍が終わらせた」なんてこのご時世では無理か(苦笑い)。
    
    この映画では昭和天皇役の本木雅弘が評判となり数々の賞を受賞した。
    昭和天皇の「国体護持には私なりの確信がある」という何気ない台詞が意味深だ。
    なぜ、そんなことが言えたのか?21世紀現在の我々は知っている。それは昭和天皇が
   「ガーター騎士団」の一員だったからだ。
    これを映画で描くことなどもっと無理か(苦笑い)。 

    映画は整理されてわかりやすいばかりがその魅力ではない。
    同じく戦争映画「地獄の黙示録」は混乱・錯綜の魅力と言われる。
    いくつか不可解な視点を提示するだけなら映画に出来るだろう。
    謎を残したまま終わる映画でいいじゃないか。
    
    公開時スルーして今頃この映画を観たが、やはり私にとってそれくらいの映画でしか
   ない。
    もっとも千葉県民でも鈴木貫太郎を知らない人もいることから、そういう人にはいい映画
   かもしれない。


     







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