素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

夏の戦争映画 VOL.5 「シン・ゴジラ」 その5

   



    【ゴジラブランド継承者の条件】

     初代ゴジラはどんな時代に生まれたのか?ゴジラを作った円谷英二はとはどんな人物
    だったのか?ゴジラとは、怪獣とは何なのか?について述べてきました。
     私と同世代である庵野秀明もこれらのうちいくつかは共有していると思います。
     もっとも外野でわいわい言っている私と違って「シン・ゴジラ」の監督を引き受けてしまっ
    た庵野監督は重い十字架を背負ってしまったのだが。
     初代ゴジラだけで一冊の本になるくらいのレジェンドであるうえに東宝チャンピオンま
    つりゴジラ(初代以外のプレ東宝チャンピオンまつりゴジラもここに含めよう)、平成ゴジ
    ラ、ミレニアムゴジラを巡るオタクたちの蘊蓄(うんちく)は、本稿をはるかに凌ぐ広大な
    沃野として監督庵野秀明の前に広がっていたであろう。
     庵野監督が当初、「シン・ゴジラ」の監督を固辞していたのは当然だ。

     一方、東宝のプロデューサーとて事情は同じだ。
     平成ゴジラは「ゴジラ VS デストロイヤー」でゴジラが死んで完結してるし、ミレニアム
    ゴジラも初代ゴジラを意識しつつ様々なアプローチを試みて「ゴジラ Final Wars」で終
    わっていることに加えてハリウッドゴジラが2本も作られている。
     この先、一体何をやろうというのか、何をやればいいのか?
     初代ゴジラが「第五福竜丸」がビキニ環礁で水爆実験の灰を浴びたことが直接の動機
    としてもその9年前、広島、長崎の原爆が投下されたこと、唯一の被爆国であることが根
    底にあろうだろう。
     初代ゴジラから60有余年、原爆ではないが日本は「3.11」で再び放射能にまみれ
    た。東京(江戸)という街が破壊と再生の物語を引き寄せるように放射能はゴジラを呼
    び寄せてしまうのだ。原爆は後遺症の人は別として街そのものは何十年も放射能と
    つきあうことはない。福島原発事故の場合、廃炉まで何十年も放射能とつきあわない
    といけない。
     この21世紀のリアルを前に新しい時代のゴジラが必要になったのだろう。
     それにしてもこの困難な仕事を成し得るのはどんな人選がいいのだろうか?
     
     伝統的なブランドの継承にあたってはオーセンティック・ファションブランドの場合が参
    考になるだろう。

      ディオール ⇒ ジョン・ガリアーノ、ジバンシー ⇒ アレクサンダー・マックイーン

      エルメス ⇒ マルタン・マルジェラ、ジャン・ポール・ゴルチエ


     現在はここからさらに変わっているものもあるが、これらオーセンティク・ブランドを継承
    したのはアヴァンギャルドでパンクな連中ばかりであります。
     今の日本映画界にそんな人材はいるでしょうか?
     かつてはそうだった人も今やずいぶんと大人しくなってしまいました。
     いわゆる「アニメ」にはアヴァンギャルドはなく、「アニメ」ではなく「アニメーション」(とい
    いいつつ以下、~アニメと省略)と呼ばれる分野にしかアヴァンギャルドは存在しない。
     チェコ・アニメとかカナダ・アニメとか、エンタメじゃなくて手塚治虫が「実験アニメ」とか
    いう分野でやっていたことがこれに該当する。
     庵野秀明はアヴァンギャルドではないが、「エヴァンゲリオン」は一種のパンクと言って
    いいのでしょう。「シン・ゴジラ」として「ゴジラ」をRebootするにあたって、庵野秀明を監
    督に抜擢することは、円谷英二が若き日アヴァンギャルド映画に接していたこと、及び
    この伝統ブランド継承の法則を考え合わせるとまことに理にかなった人選だったので
   す。


               シン・ゴジラ 斜め後ろ



    【 「シン・ゴジラはなぜ死なないのか?」 ⇒ 神・ゴジラ 】

     井筒和幸監督は「シン・ゴジラ」に否定的だ。
      
      自衛隊なんか、大昔から戦車とミサイルで出動していたが、ゴジラの噴く放射能
      火炎で丸焼きにされたもんだ。
      ゴジラに自衛隊のあらゆる武器は通用しないなんて小学生でも知っている。
      いつまで自衛隊なんだ、他に芸がないのか、(後略)

                         ~ 日刊 ゲンダイ  9月17日 ~


     申し訳ないがもっと虚心に映画を観れないものかといいたい。
     「シン・ゴジラ」における自衛隊の描写が歴代ゴジラ映画と同じとはあまりに大雑把な
    見方であろう。徹底的にリアルを追求したことは「その1」で述べたが、ミリタリーオタク
    のように使う兵器の種類はおろか型番まで明示しているのだ。
     監督は途中で劇場出たそうだが、ゴジラが放射能吐くところを観たなら、自衛隊の手
    に負えず米軍によって地中貫通型爆弾MOPⅡがゴジラに撃ちこまれたあたりまでは
    観たはずだ。「他に芸がないのか」ではないでしょう、米軍によるゴジラ攻撃なんて日本
    製ゴジラ映画にあったかいな。さらにMOPⅡ撃ちこまれてもしなないゴジラに米軍は東
    京に核ミサイル撃ちこもうとするが、こんな描写が歴代ゴジラにあっただろうか?
     ここまで日本が米国の属国であると明確に描ききったゴジラ映画を私は初めて観た。
     怪獣映画であるのと同時に政治的背景に力点を置いたパニック映画という所以はこ
    こにあるのです。子供にはわからない?いや、子供だからこそ、真っ白なキャンバスに
    はっきりと刷り込まれ10数年後に覚醒することだろうよ。
     
     さて、政府、官僚、自衛隊がゴジラに対してどう対応するかを徹底調査してリアルに
    描こうとすればするほど監督・庵野秀明の首は締まってくる。
     「なぜ、ゴジラは死なないのか?」という問いに対して例え「空想科学」であっても説
    得力を持って説明できないといけないからだ。そうしなければ防衛する側のリアリティー
    に対してゴジラの存在自体が実に空虚になってしまう。ここが本作の一番弱いところ
    ではないか。
     一方で徹底してリアリティーを追い求めつつ他方で「空想科学」でしかない点だ。
     自衛隊の武器はともかく米軍の地中貫通型爆弾撃ち込まれたら普通死ぬでしょ。
     どう考えても不自然だ。「それを言っちゃお終いよ~、それが怪獣映画なのだから」
    ということになるかもしれないが、「空想科学」だけでなく防衛側のリアルに拮抗する
    くらいの説得力が欲しいところだ。
     「完全生物」とか言っているが、生物を超えた存在、神(シン)・ゴジラを誕生させる
    しかないのです。

                            (つづく)
   




スポンサーサイト

映画 | コメント:0 |
<<夏の戦争映画 VOL.5 「シン・ゴジラ」 その6 | ホーム | 来たね!築地建て替え説!>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |