素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

地球交響曲(ガイアシンフォニー)

    



    今年は最後に何を書こうかと思案していたが、12月は心がざらつく出来事が続き、24年
   前に観たこのドキュメンタリー映画に辿りついた。
    ご存知のように龍村 仁監督の「地球交響曲」は第8番(2015年)まで作られたが、そ
   もそもこの「地球交響曲」(第1番)が自然発生的に自主上映、ロングランを繰り返し広がっ
   ていかなければ、第8番まで続かなかったのだ。
    私は第3番まで観たが、その後は観なくなってしまった。
    公開当初、1992年から観た21世紀はもっと光輝く新しい時代となるはずだった。
    仕事が忙しくなりそれどころではなくなったこともさることながら、あれから約四半世紀、
   世界は「地球交響曲」とは真逆の世界へと進行していったこともこの映画から縁遠くなっ
   ていったことの一因だ。
    
    今、改めて観直すと「絵空ごと」のように空々しいだけなのだろうか?
    それとも今だに霊力を保っているのだろうか?
    初見の頃は紹介される人々が統一的メッセージを発しているようには思えなかったが、
   真逆の世界となった現在と対比してみると実は各人の発言がつながっていることがよく
   わかる。
    それでは逐次、各人のエピソードを追っていこう。

   〔野沢重雄〕 ~ 植物学者 ~

    通常では一つのトマトの幹に実るトマトは60個程度なのに対して野沢氏のハイポニク
   スでは1万6千個ものトマトを実らせることができる。
    21世紀の現実の世界では、バイオ(遺伝子工学)は経済効率最優先のみならず、優生
   学に基づく人口削減の道具、及び食糧兵器たる農産物の穀物メジャーによる支配が趨勢
   となっている。モンサントは、今や、日本以外の世界中で袋叩きで弱体化した。
    しかし、依然としてアメリカでは農家を集めた研修会をやると「みなさんは食糧という兵器
   を作ってアメリカに貢献している」と有識者が明言すると聞く。

 野沢重雄



   〔ラインホルト・メスナー〕 ~ 登山家 ~
    
    世界の8,000m級の14山を単独ですべて制覇した世界唯一の人物(当時)。
    800m崖から転落する際に幽体離脱した経験や様々な臨死体験からチベット仏教に帰
   依する。 
    スピリッツ、マインド、ボディー、この3者のうち自分自身の一番弱いところに人は左右さ
   れざるを得ない。昔、上司に仕事のスキルはいくつかあるが、その平均点ではなくて一番
   ダメなところに合わせて評価されるものだと聞かされたが、これに似ているのかもしれな
   い。個人事業者はともかくサラリーマンはそういうものだと思われる。

 ラインホルト・メスナー



   〔ダフニー・シェルドリック〕~ 動物保護活動家 ~

    密漁により孤児となった象を育て野生に返す活動をしている。
    人間より古く6,000万年前から地球に存在する象は人間と同程度の脳のしわを持つ
   がそれらが何に使われているか定かではない。
    人間の善の部分はほぼ同様に象も持っているが、悪の部分はほとんど持ち合わせて
   いない。孤児から育て野生に返した象エレナは今もダフニーが名前を呼べば森から姿を
   現す。
  
    この人のエピソードがこの映画一番の訴求ポイントだろう。
    私はいいかげんすれっからしなので、人間ドラマの不幸や悲劇はさほどこたえないが、
   動物ものはどうも弱い。

     エレナは全てを知っている。それでもなお人間を愛している。

    すなわち、象牙が欲しいが故に密漁を繰り返す人間がいかに身勝手で邪悪な生物かを
   エレナは承知しているが、それでも人間を愛しているということだ。
    初見の時もそうだったが、このシーンはどうしても落涙してしまう。
    今回、観直してエレナそのものが地球(ガイア)=自然を体現しているように思えた。

 ダフニー・シェルドリック


   〔ラッセル・シュワイカート〕~ 元宇宙飛行士 ~

    1日宇宙にいると自分の国を探し、3日いると自国のある大陸を見つけ、5日いると
   地球そのものを見つめるようになるという。
    地球意識に目覚めるのは宇宙空間から地球を眺めるが一番だろう。
    今後、普通に人類が宇宙に出るようになったらポストモダンは完全に終わる。
    逆に言うと、ポストモダンと情報化のこのしょうもない状況を克服しない限り、テクノロジ
   ーとは別次元で人類は宇宙へ行けないと考える。
    ラッセル・シュワイカートは言う。

     胎児が母体を出るように人類は宇宙的誕生(コズミック・バース)の時代に
    さしかかっている。

    

    初見の時より今の方がはるかにこの言葉が響く。
    現実では、「地球」は「ガイヤ」ではなくて「グローバル」という言葉と共に実に身勝手な
   使われ方をしている。地球温暖化詐欺を見るがいい。いまだに世界中が催眠術にかけら
   れたようではないか。炭素税というトービン税を徴収したいがために。


 ラッセル・シュワイカート


    資本主義にどっぷりと浸かっている人々、「勝ち組」たらんとする人々にこの映画は無縁
   だろう。換言するなら資本主義が進めば進むほど人々はこの映画のようなスピリチュアル
   を必要とする。なぜだろう。一神教たるキリスト教を出自とする資本主義は非対称性の産
   物だからだ。さらにデジタルも非対称性。すなわち、サイバー資本主義は非対称性の権化
   そのものなのだ。
    安倍首相の言う「この道しかない」はポストモダンにおける「強度」の体現ではなく、「非
   対称性」の発露に他ならない。

    この映画は、「今だけ、自分だけ、ここだけ」と真逆の世界を提示している。
    野沢重雄氏は言う。

     「私のハイポニクスは今の科学では説明がつかない」と。

    「今の科学だけ」というスタンスではないということだ。

    ラインホルト・メスナー曰く、

     「自分は特別な能力があって、8,000m級の山々を制覇してきたのではなく、他の人
      より生命力を発揮する方法を知っていただけだ。」と。 
     これは野沢氏のトマトの幹がなぜ1万6千個ものトマトを実らせるかについての説明に
    通じる。本来持っている生命力を発揮しただけと説明された。
     25年前なら、「?」と疑問符がつくだろう。自然治癒力は西洋医学では軽んじられる
    が、今年、大隅良典・東京工業大学栄誉教授がオートファジーでノーベル賞をとった今
    なら、「本来持っている生命力」とか「自然治癒力」は依然よりも腑に落ちるというもの
    だ。


    25年前と比べるとひどい世の中になってしまったのかもしれない。
    だからと言ってここに描かれる世界が「絵空ごと」ということにはならない。
    ダフニー・シェルドリック曰くのように「間に合わなくなる前に人は気づくものだ」とするな
   らば、この25年ひどくなるばかりの世界は「間に合わなくなること」を人に気づかせるた
   めのひどさ、そのための一里塚だ。
    世の中、正負の法則なのだ。
    
    そろそろこの映画の通奏低音というべきメッセージを監督・龍村 仁本人に語ってもらう
   時が来たようだ。

 龍村 仁

 
    つまり、人間の未来を決めるのは科学技術や法律や制度や経済学説ではなく、
    人間の想像力だということだ。

    これは、ラインホルト・メスナーの「今、心の革命が必要だ」に通じる。
    単純過ぎると言われるかもしれないが、結局、一神教の産み出すものはどこまで行って
   も非対称性の産物だとしか思えない。対称性の世界を実現するは多神教とアミニズムに
   親和性を有する日本人の力がどうしても必要だと思うのです。
    この映画はそれを再び思い起こさせてくれた。

    乱筆、乱文の当ブログを1年間、お読みいただきありがとうございました。



地球交響曲
今でも日本のどこかで上映されているだろう。
本作のナレーション、吹き替えの木内みどり
さん、湯川れい子さんが共に三宅洋平の
応援に駆けつけたのは単なる偶然か。







 
スポンサーサイト

精神世界 | コメント:0 |
<<2017年 正月 | ホーム | 50代男だけが劣化したのか 後編>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |