素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

映画 「 メッセージ 」

     
                                     以下、ネタバレ含みます。    


   〔今日、SF映画にとって「描写」とは?〕

     21世紀になって果たしてSF映画は可能だろうかと常々考えている。
     何を言っているか、これだけSFX、CG等が発達したのだからどんな表現も可能ではな
    いか。確かにそうなのだが、あの頃の未来の輝きを知る「20世紀少年」の私としては、
    どうしても科学は停滞しているとしか思えない。何をいっているか、IT ⇒ ICT ⇒ AI、
    バイオ ⇒ 再生医療(i PS等) ⇒ 不老不死と実用化に向かって突き進んでいるではない
    か。これらはあの頃、夢想した「未来」の現実化に過ぎない。数年後、若しくは10数年後
    実用化するものなどSFの題材となり得るのだろうか?

     実用化がひたひたと迫っている時代に描かれるSF映画とは、近未来再現フィルムか
    プロパガンでしかないのではないか。
     それにSFX、CG等が発達すればするほどクリエーター達の想像力、映像喚起力は削
    がれるのだ。パラドックスのようだが、これは間違いのない事実だと思う。

     小説では「描写」することが肝要だと言われるが、SF映画においては背景、美術、メカ
    等の細部まで徹底的にこだわり描き込んでいくことが「描写」だと少し前までは考えられ
    ていた。もちろん、今でも間違いないのだが、何でも表現可能となった現在、細部まで
    描き込んでいく「描写」にそれほどの価値があるのかと、フト、疑問に思うのです。

     「あの頃の未来」が現実化、実用化されていくのが昨今ならば、人間が初めて新たな
    事態に遭遇した時、いかに考え、振る舞い、どういった反応を示すかを丹念に描きこん
    でいくことこそ現在、求められるのではないか?21世紀現在が「あの頃の未来」だった
    時代にはAI、エイリアン等の存在、意味を所与とした物語だったが、これらが現実とな
    りつつあったり、既にジャンル映画として出来あがっているなら、所与として前提だった
    事態に人間が初めて遭遇した際のドラマを「描写」すべきではないか?

     以前取り上げた「エクス・マキナ」がAIに関するこの視点に立ったSF映画であり、エイ
    リアン(地球外知的生命体)を題材にした同様の視点の映画が本作「メッセージ」だろう。
     心理サスペンス&ホラ―でもあった「エクス・マキナ」に対して本作は宇宙とスピリチュ
    アルが絡んでくる。もちろん、SFXも使われているが、あくまで最小限度であって本作の
    肝心な「描写」は古典的に光学レンズが語っているのだ。
 
     随分と大上段に構えたチャプターだが、本作の場合、どうしてもSF映画の「描写」を意
    識せざるを得ないのです。



   〔宇宙とスピリチュアル〕

     具体的にはシングルマザーで言語学者・ルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)と早
    死した娘のシーンで光学レンズが「描写」する。被写体深度を浅くして中型カメラのアオ
    リ効果の連続のようなボケ味をふんだんに生かした母・ルイーズと娘のシーンはまるで
    二人が漆黒の宇宙空間に浮かびあがる二つの惑星のようだ。
     細部まで描き込むことはせずに心象と空気が一体化している。
     すべてを描き込むことが常態となった現在のSF映画では新鮮であり想像力をかき立
    てるシーンの連続だ。
     
     ジョディー・フォスター主演「コンタクト」が宇宙を舞台としながらも父と娘のストーリーだ
    ったように本作はエイリアンとの遭遇を主軸にしながも母と娘の不思議な関係性が映し
    出される映画だ。従って主役同様に重要な存在であるはずのエイリアンはあっさり古典
    的なあのシルエットで描かれている。ネットの世界でおなじみグレイとかレプティリアン
    とかではなく古典的なあの姿だ。本作でエイリアンは実は媒体でしかないのかもしれ
    ない。

     エイリアンの文字を解読しながら、やがてルイーズが世界の理(ことわり)を発見するこ
    とにこの映画の主眼がある。
     「徴(しるし)は到るところに」―― これはゴダール「映画史」のチャプターの一つだが、
    エイリアン文字を解読するに従い、早死した娘とのやりとりの記憶の中からあちらこちら
    に徴を発見する。因果律が捻じれ歪む様は凡百な「タイムトラベル」ものよりはるかに斬
    新で面白い。文字を解読することはパズルを解くことに似ているのかもしれない。
     最後のパズルを埋め込み「絵」が完成したかと思った瞬間、すべてが破壊される、ニコ
    ラスローグ監督「赤い影」が英国雑誌「Sight & Sound」の2012年版、映画オールタイ
    ムベスト100(監督選出部門)の91位にランクされている。(批評家選出部門ではランク
    外で、因みに監督選出部門1位は「東京物語」)当ブログでも以前取り上げたが、公開
    時(1973年)は訳のわからないカルトで片づけられたであろう「赤い影」が、近年、評価
    を上げてきていることと、西欧人が不得意だろう捻じれた因果律と予定調和が混在する
    本作のような映画が作られたのは単なる偶然だろうか?

     ルイーズがエイリアンの文字を解読するにつれ、世界がバラバラになっていく様はアイ
    ロニカルで面白い。アイロニカルといえば予定調和に支配される西欧人が捻じれた因果
    律を混ぜ込みながらも、結局は予定調和的にエンディングを向かえるのも実にアイロニ
    カルだといえよう。(このアイロニカルで矛盾するエクリチュールこそ「赤い影」とぴたりと
    符合するのです。)
     あまりに予定調和的であるが故にあれとは別のラストもパラレルワールド的に想像し
    てしまうのは私が予定調和より因果応報が中心の東洋人だからだろうか?
     どちらにも転び得るオルターネイティブな存在がエイリアンのマザーシップとすると、あ
    れは宇宙船ではなく人の心そのものに思えてくる。

  
     すなわち、宇宙とスピリチュアルの合一の映画なのです。 





     
     
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    「デストラップ」&「赤い影」 B面    






 
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