素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

しんぼる

 
 
 今までは、映画についても「政経ジャンル」を意識して書いてきました。
 すなわち、「作品論」、「作家論」は意図的に排除してきたわけです。今回は、ストレートに映画について書きたいと思います。取り上げるのは、酷評ばかりが聞こえてきますが、新作レンタルNO.1(TUTAYA 稲毛店)、松本人志監督「しんぼる」です。

 あっさり、結論から言うと、「作品」としてはおもしろくないのですが、「監督・松本人志」には親近観を抱きましたし、何よりこの作品は人を「分析機械」へと駆り立てます。
 おもしろくないとは、わけがわからないとか、ギャグが笑えないとか、完成度が低いとかいうことではなくて、おそらく本人としては、斬新、画期的なつもりなんでしょうが、そうとは言えないからです。 

 
 まず、感じたのは「80年代」でした。
 時代設定や状況があいまいなのに、いったいどこが「80年代」だと思われるでしょう。
 主人公・松本が閉じ込められる白い部屋の壁から、もこもこと天使?、小便小僧?が出てくるあのシークエンスです。
 私にとって、このシークエンスは「80年代」のデジャ・ヴュです。
 サンディー・スコグランド(Sandy Skoglund)の写真を思いおこさせます。

 サンディの画像はこちら。右から2番目(8/9)、「Maybe Babies」とか、
 4番目(6/9)の「Revenge of The goldfish」は、「しんぼる」とシンクロする。
 70年代後半から80年代、日本は記号論の時代でした。シニフェやらシニフェアンとか、
 アレです。サンディーはそんな時代の写真家なわけです。それでもって、作品のタイトルが「しんぼる」、一瞬、邪推もしたくなるというものですが、監督・松本は、そこのところはふっ切ります。
 ここではシニフェだとか、シニフェアンは出てくる余地はありません。「もの」があるだけです。
 さしみ、醤油、箸、盆栽、つぼ、マンガ、台車、ロープetc、これらは一つ一つはただの「もの」です。

 一晩寝てから気づいたのですが、私には、これらの「もの」全体がパソコンのデスクトップ上のアイコンに見えてきました。松本扮するパジャマ男は、密室から脱出は図るべく、壁に突き出たポコチンを「ピョコン」と押して、これらの「もの」を取り出します 何か、ポコチンを「ピョコン」と押す様は、パソコンのマウスをクリックする身振りに見えてくるのです。(普通はアイコンにポイントしてマウスをクリックするので、ぴったりとは照応しませんが・・・)さらにいえば、あの密室自体がパソコンの画面に見えてきます。密室からの脱出劇のようで、実は「脱出」ではなくて、パソコン上のゲームでクリアしようとしたり、何か問題を解決しようとしているように思えるわけです。
 
 実際、脱出したようで、実はさらに「袋小路」に入ってしまったようです。
 ベタに見ればその通りなのですが、 密室全体がパソコンの画面と見立てると「袋小路」にはいったパジャマ男は人ではなく、PC内部の基盤上でチカチカしている存在に思えるのです。 

 映画「マトリックス」は、コンピューター上でチカチカしている世界=バーチャルな世界でしたが、「しんぼる」は、この逆位相でチカチカ自体を擬人化しているのではないかと・・・・・。
 アラン・レネの「アメリカの伯父さん」は、人間関係の心理学的分析を、動物観察するがごとく、動物になぞらえて解説していました。「しんぼる」は「マトリックス」というより「アメリカの伯父さん」の逆位相と考えた方がいいのかもしれない。

 それは、例によってうがち過ぎですか?ここまでなら確かにそうでしょう。
 でも、全体を見渡すとどうもそんな気がしてくるのです。
                             (つづく)



アメリカの伯父さん 
           
                 「去年マリエンバートで」よりもこちらの
                  方が私は好きでした。
                  今みたら、どうでしょう。




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