素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

江戸三十三箇所 第五番 大安楽寺 前編



《大安楽寺》

              山 号:新高野山
              院 号:なし
              寺 号:大安楽寺
              御本尊:十一面観世音菩薩
              宗 派:高野山真言宗(準別格本山)



   縁起は明治の始め、高野山から東京に出てきて麻布市兵衛町の五大山不動院の住職と
  なった山科俊海大僧正が浅草に向かう途中、この辺りでリンが燃えるのを見、霊がさまよ
  えるのを感じた。ここが小伝馬町の牢獄・刑場跡であったことから、霊を慰めるためにお寺
  を建てたいと発願した。山科大僧正がある日レストランで食事をしていると、隣席で日本の
  将来を論じる二人の青年がいた。話の内容に感動した山科大僧正は、二人に寺建立の意
  志を話し協力をお願いしたところ、二人の青年は、快く引き受けてくれたという。一人は、そ
  の後大蔵財閥を築いた大蔵喜八郎で、もう一人は安田財閥を築いた安田善治郎であった。
   この二人が中心となって明治5年(1872年)から勧進し、明治8年に当寺を建立した。


大安楽寺
   賽銭箱の下には、「四国四十八ヶ所霊場」、「ネパール お釈迦さま誕生の地」
   「敦煌 佛教伝来の地」等の砂が埋められているそうな。


大安楽寺    大安楽寺(山門)
「江戸三十三箇所」札所のご本尊    山門方向より望む。
は「十一面観音」だが、寺院の
本尊は弘法大師だそうだ。    





 〔超基礎からわかる佛教〕~真言宗の巻~
  
   インド密教の流れを汲む、佛教における蜜儀宗教の一派。
   加持・潅頂という蜜儀を行い、宗教学的には最高神に該当する本地法身の大日如来を
   本尊とし、「大日経」、「金剛頂経」、「蘇悉地経」などの所依の経典とし、金剛界
   胎蔵界も両部を立て、即身成佛・三密を宗旨とする。
   わが国へは弘法大師空海が804年に入唐して、中国における密教の大成者であった
   不空の弟子恵果に師事してこれを伝えた。
                      ~出典「日本佛教語辞典」~
  
   何たって深遠なる密教の世界ですし、素人の我々にわかるハズもないのですが、
   真言宗の札所がこれからも続きますので順次、素朴な疑問に基づくポイントを記して
   いきます。 
   今回は、どの佛教書にも書いてないけれど、何故か私が知っていることを一つ。
   佛教に「顕教」と「密教」があり、「顕教」は経典など文章によつて体得、「密教」は
   ご存じのように言葉では理解不能の領域まで踏み込んだもの。できるなら、「顕教」、
   「密教」双方修めるのが望ましい。でも、「顕教」の経典をすべてマスターするだけでも、
   東大卒くらいのそこそこ頭のいい人が、一生かけてようやく成就できることだそうだ。
   これすら、まともにやっていない僧侶が多いそうな。
   もっとも、千日回峰行を成し遂げた大阿闍梨のような偉い僧侶もまだまだおわします、こと
   も付言しておきましょう。因みに、大阿闍梨は延暦寺の1200年の歴史で今までに47人し
   かいないそうで、さらに2度千日回峰行を成し遂げた大阿闍梨となると、3人しかいない
   そうな。



大安楽寺(弁財天)  大安楽寺(地蔵)
江戸八躋弁財天                   延命地蔵菩薩

大安楽寺(松陰)
「松陰先生終焉之地」と書かれている。
 辞世の言葉は、
「今吾れ国の為に死す 死して君親に背かず 悠々たり天地の事 鑑照明神に在り」

大安楽寺(鐘)    大安楽寺(刑場跡)
隣の十思公園は江戸時代、    江戸時代の処刑場といえば、稲毛区にも所在する。
牢屋敷であった。この鐘     ご存じのように「西千葉駅」千葉大側駅前の社。
を合図に断罪が行われた。    

                               (つづく)




スポンサーサイト

都市 | コメント:0 |
<<江戸三十三箇所 第五番 大安楽寺 後編 | ホーム | マスゴミ交代3(またもやウワサをすれば・・・)後編>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |