素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

江戸三十三箇所 第五番 大安楽寺 後編




〔超基礎からわかる佛教〕~十一面観音の巻~
  
   七観音または六観音の一。
   基本の姿勢は観音の頭上に十面をつけており、十面のなかで前の三面は慈悲の
   相をあらわし、左の三面は忿怒面、右の三面は白牙を上に向けて出した面相、
   そして最後の一面は大笑いをしている。わが国における十一面観音には、頭上
   に十一面を有するものもあるが、その場合、頂上の一面は佛面である。
   十一面観音は主として病気退散のために祀られ、その信仰は平安時代に遡る。
   しかし、十一面観音の信仰が病気退散と結びついた理由は定かでない。                      
                        ~出典「日本佛教語辞典」~


 十一面観音

     
   真中の高昌(新疆ウイグル自治区)と日本(左)はさほど変わらないが、右側の
  カーンヘーリ(インド)とでは、同じ十一面観音でもかなり違う。
   キリスト教では、イエスや大天使ミカエルが描かれる国によって大きく変わるな
  んてことはないだろう。絶対神の宗教との違いだろうか?
   後にふれるが、曼荼羅ともなると「金剛界」と「胎蔵界」では全く違う。
   「どっちが正解なのよ?」なんて考えるとしたら、それは「非対称性の思考」に
  脳が侵されている証拠だろう。キリスト教は、基本的にピタリと一つに決まる、非
  対称性の思考だから、論理性に馴染み「科学」が生まれる土壌となったように思う。
   PCも「半角英数で入力してください」という具合に、非対称性の権化だ。
   人間はそもそも非対称性には馴染まず、対称性に親和性を有していると思う。
   量子コンピュター等次世代コンピューターが実用化されても、処理能力が飛躍的
  に速くなるだけで、結局、非対称性は変わらないのではないか。
   対称性の思考はやはり人間に求められると思う。
   佛教を通して対称性の思考にふれれば、デジタルに浸食された脳に「癒し」をもた
  らすのではないかな。  




 十思スクエア 江戸屋
 旧・十思小学校は、コンバージョンされて   こちらも窓のまわりの意匠が面白い。   
 コミュニティ施設「十思スクエア」へと変貌。  江戸刷毛専門店「江戸屋」
 昔の建物は面白いねぇ~。            享保3年創業、現在、内装改装中。


 江戸屋(新) 設計
 借り事務所はこちら。               おや~、これは何でしょう。
 「江戸屋」さんは、大奥に化粧刷毛を納    この建物が掲載されている雑誌とか。
 めておりました。今もヘアメイクのプロ     どこの建物?
 がメイクブラシを買いにくるとか。


 設計外観 電球
 こちらの建物です。                   「大勝軒」系のつけ麺屋の照明。
 城東は、リノベ、コンバージョンされた        やたら大きい、300wもあった。
 建物が多いです。


 小津和紙正面 小津和紙 看板
 日本橋本町(大伝馬町)まで足をのばしましょう。こちら、承応二年(1653年)創業
 の紙商 「小津和紙」。本社ビルには、ショップはもちろん「ギャラリー」、「史料館」
 「博物館」、「文化教室」まであります。三重県松坂市の小津本家には、千両箱なら
 ぬ万両箱があったそうな。因みに小津安二郎とは血縁はないそうですが、小津監督
 の先祖が江戸末期、この「小津本家紙店」に奉公し独立する際、「小津」姓をもらっ
 たのだそうだ。

               (了)
 


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