素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

今 和尚をあの世からお招きする。 後編

   



   和尚 「おい、それじゃまるで何だかオレが人非人みたいじゃなか!」

   
   私  「いいえ、私はわかっておりますよ」


   和尚 「何がだ?」


   私  「和尚は当節流布しているような欺瞞に満ちたインチキ・ヒューマニズムが許せ
       ないのです。
       和尚がなくなって約30年、世の中は和尚の思いとは逆になってしまいました。
       玄関で『ヒューマニズム』を招きいれ、裏口から『ニヒリズム』を呼び込む詐術を
       平気でやってきたのです」

   和尚 「お前、随分とわかったようなこと言うじゃねぇか!」

   私  「いや~、青春時代、和尚の言葉にふれたから、そう思うだけです」



   さて、これも普遍的であるのと同時に現代的と思えるお題を取り上げましょう。


   ☆自分を犠牲にしてまで尽くしてあげる人間は存在するか

    これまで、多くのつき合ってきた人間の中で、自分が心の底から信用し、自分を犠牲に
    してでも、相手のためにしてあげたい思った人間が和尚にはいたか?また人というもの 
    が、そういう気持ちをもってもいいのだろうか?
    
    
    オレのいままでの友人で本当に犠牲になってもいいというような親友っていったら、
    川端康成と大宅荘一だけだ。

     ~以上、引用 今 東光著 「毒舌 身の上相談」 以下、「毒舌 仏教入門」~

    この川端とわたしとは、あいつが一高の時分に友だちになって、陰になり日なたになり
    してやってきた。本当にあいつはいい友だちだった。わたしが会った男の中で“男の中
    の男”と言えるのは、川端でしたね。じつに心の温かいやつで、こんなことがありまし
    たな。
              (中略)


     第6期「新思潮」の同人を募るにあたって、川端氏は今氏を同人として推薦する旨、
     「新思潮」の発行権を持っていた菊地寛氏に告げると・・・・・。


    「ナニ、今東光?あれは一高も行っていないし、大学にも入っとらんじゃないか。
    あいつは本郷界隈きっての不良で、喧嘩ばかりしているゴロツキだぞ。あんなもの入れ
    ちゃダメだ。
    そしたら、川端があのでっかい目で菊地寛の顔をじいと見て、「それじゃ私は、第6期の
    『新思潮』はお受けできません。今と私とは、一高時代から文学を一緒にやってきて、一
    番信頼し合った仲です。彼をのけるくらいなら、やめます」と言い放ったんだ。  
              (中略)


     まだ無名の川端氏にとって「新思潮」は文壇への最短の登竜門であったにもかかわら
     ず、それを蹴ってでも、親友・今東光を守ろうとした川端氏の気迫に押され、結局、
     菊地氏は今氏の参加を認める。


    ですけれど、そんな経緯をわたしは、後になって人から聞かされただけだ、川端の口
    からはまるきり聞いたこともない。あいつは、ついに死ぬまで一言も話さなかった。
    それが本当の友だちというもんだろうけど、わたしもいい友人を持ったものですよね。
    先年、わたしが参議院に立候補したときにも、あいつは、もうそのころは病気がちだっ
    たんだけれども、ノーベル賞作家がなりふりかまわず応援演説に駆けつけてくれて、
    旅先で寝込み寝込み、全国遊説まで付き合ってくれたんです。嬉しかったな。

     ~以上、今 東光著 「毒舌仏教入門」 以下、再び 「毒舌身の上相談」~
               


    だから、おまえも生涯に、自分がこいつのためなら命を投げ出しても惜しくないという
    ような友人を得るような立派な人になれ。そうすると、その友もまた、おまえのため
    に死んでもいいという人が出てくる。そういう友達を、この人生、短い50年か80年
    の間にひとりも得られんという奴はバカだ。いい友達を欲しいと思ったら、まず自分
    がいい友達になれ。  




今と川端 

       参議院当選後、中央で支持者に応えるのが今氏。
       左側で今氏を仰ぎ見ているのが川端氏。因みに議会での最初の発言は
       「自衛隊は人を殺すのが商売なのだから、安心して殺せ」




   「あれっ」何かが私の体に入ったような・・・・・。


    「オレの思いとは逆に、日本は爺い婆あ天国になりそうだな。
     動けないようなら致し方ないが、ぴんぴんしている爺い婆あがいっぱいいるじゃないか
     人口減少社会で、労働人口もどんどん減るばかりだとぬかしているようだな、今のイン
     テリは。

     ぴんぴんしている爺い婆あは働かせりゃいいんだよ。
     たいした仕事じゃなくて、メールボーイならぬメール爺ちゃんでもいいじゃないか!
     実際、働きたがっている爺い婆あはいるはずだよ。いや、仕事しなくてもいいんだよ。
     爺い婆あ、みんなで幼稚園児の面倒みるとかな、あるだろう、いろいろ。
     それに体は効かなくても、功成り名をとげた老人は知恵というものがあるんだから、
     もっと有効に使わなきゃいかん。

     生涯現役で延命措置も介護も真っ平ごめんという爺い婆あもいるだろうよ。

     『元気に最後まで働いてポックリ逝きましょう!
      シルバー人材を上手に生かして、移民は一切、受け付けません』
     
    
     オレが今、政治家に立候補するなら、そう言うがな。
     『保守』を標榜するなら、これくらい言ってみやがれ!馬鹿野郎!

     あの世も何かと忙しいんでな、オレはこれで失礼するよ。」


   と言って今 和尚は黄泉の国に帰られてしまいました。
   また、お呼びするかもしれませんが、それまで安らかにお眠りください。

   なお、本稿途中からは、今 和尚が私の体に憑依して語ったものであります。
   あしからず。
 
             (了) 




            今 谷崎

               師と仰ぐ、谷崎潤一郎氏との2ショット。
               きっと、あの世で文学談義しているだろう。

 


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