素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

そんなことで泣くなよ

   



   私はある意味「すれっからし」のオヤジです。
   特に映画に関しては、相当な「すれっからし」で、世間でいう感涙ものの映画でも、あまり
  泣いたことがなかった。

   でも、同時に涙腺が緩んだオヤジでもあり、例えば歯科治療で以前なら「イタイ、イタイ」
  といいながらも耐えられた痛みにも、今では気づくと涙がにじんでいたりする。
   まあ~、自然の法則には逆らえないということです。

   

   いつぞや、親友・I と終日遊んで、中華料理屋でめしを食っていると、彼が意外なことを
  言い出した。

   「こないだ、『巨人の星』がやっていて、見ながら泣いちゃったんだ」

   私が「はあ~、何それ?そんなことで泣くなよ」と言うと、
   I は「バカ!お前なあ~・・・・」と妙に熱く語り始める。

   彼が入れ込んだシーンを具体的にいえば、
  
    大リーグボール1号を花形が鉄球による特訓で打ち破ったのはいいが、人間の筋力の
   限界を超えた苛酷な特訓ゆえに、3塁ベースをまわった時点でぶっ倒れる有名な
   シーンだ。

    花形が這いながら本塁まで進むくだりは、当時の日本中の少年たちに刷り込まれた。
    でも、いい年こいたオヤジが何でそこで泣くわけ?

    曰く、あれは男と男の勝負の美しさとか、ライバルの素晴らしさ、スポーツマンシップ、
   フェアプレイとかを教えているんだ、そうだ。
    確かにそうなんだが・・・・、ここで口論してもしょうがないので、
    
    「子供の頃刷り込まれて、大学生くらいでバカにしてパロディーなっちゃっても、
    また、戻ってくるんだよな」なんて言ってお茶をにごす。
    (我々世代、大学の新歓コンパで「何か芸やれ!」と言われると、誰かが必ず「スポ根」
     のパロディーやったものでした)

    太宰ファンもだいたいそうらしい。
    10代で太宰に傾倒し、20代で中村うさぎ女史曰くのように「え~ダザイ!?」と
   蛇蠍のごとく太宰を嫌い、大人になった冷静にみれるようになって、また戻ってくる。
    しかし、それにしても泣くかな~。



    そんなこと言っていても私にも不意打ちはやってくる。
    はっぴいえんどの「風街ろまん」をアルテックで聞いている時だった。    
    よく、いい音楽、いい音を聞くと「涙ちょちょぎれる」と言うが、まさしくそのとおり。
    私は涙ぐんでいた。

    ラジカセに毛の生えたようなシステムでは何度も聞いていたが、こういうサウンドだった
   かとはじめてわかったような気がする。
    やっぱり磁気テープ録音だな。
    鮨や刺身じゃないが、音の鮮度、いきおいが違う。

    15インチ、高能率スピーカーで聞くと、その差が恐ろしい程はっきりわかる。
    今まで聞いていた「風街ろまん」は何だったのだ?
    御存じのように「風街ろまん」はアメリカンサウンドなんだが、アルテックと相性ばっちり
   だね。そして原音にかなり近いと思う。
    「原音」とは何か?生の音と言いたいところだが、ミキシング、トラックダウンされてモニ
   タースピーカーから流れた音と定義しよう。

    録音時(71年)まで、スタジオモニターはアルテック612(604E)が圧倒的に主流
   だったことから、やはり原音に近いのだと思う。(もっとも、71年にJBL4320が発売
   されるや、あっと言う間にスタジオモニターは4320にとって替わられた。でも、発売は
  71年11月だが、録音が5月~9月なので「風街ろまん」はやはりアルテックでモニターされ
  たものと思われる。) 

   「泣く」というと行為は、感動、感激のほかにどこかでノスタルジアを伴っている。
   私の場合、何がノスタルジーだったのだろうか?
   私は中学校時代、千葉大の学園祭に遊びにいっていた。まあ~背伸びしたかったんで
  しょう。
   アルテックで聞く「風街ろまん」は、あの当時、学祭で演奏されていたロックバンドの音に
  通じる。コンピューターによる打ちこみはもちろん、シンセサザーもアナログシンセだった頃。
   (前年の「大阪万博」冨田勳のシンセザイザーで小室哲哉少年は、シンセに目覚める)
   音の手触りは荒くても、気合いと厚みといきおいが感じられる。

   
   はっぴいえんどのメンバーは、千葉大のお兄さんたちよりもさらに年長だが、そんなお兄
  さんたちを羨望のまなざしで見つめる「中学生の私」に逆もどりしてしまったのかもしれ
  ない。
   
   親友 I には「そんなことで泣くなよ」と逆に言われそうだが、まあ~人それぞれ
  「泣くツボ」は違うようであります。
 




 風街ろまん 

            サウンドはアメリカンだが、詞も含めた音楽全体は
            世界中、どこ探しても「70年代日本」にしか存在しないだろう。


 





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