素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

困難だけど、単純で有効な経済政策(前編)




   菅首相は、消費税の逆進性を緩和する旨、必死こいて演説していた。
   増税、すなわち財政再建を優先させていることに変わりない。
   「財政再建」か「景気対策」かには触れないが、それにしてもアラン・グリーンスパン氏が発
  した「100年に1度の経済危機」は脱したのかね。いや、先送りして「なかったこと」にして
  いるから、少し前まで復調の兆しがあっただけじゃないのかね。
   そうこうしているうち、新たな火種、ヨーロッパ発の経済(財政)危機が持ち上がってきた。


   「経済学」は基本的に「景気循環論」であるからして、「設備投資が持ち直した」、「雇用
  は変わらずだ」、だから、ああしたらいいい、こうしたらいいやっている訳です。
   1929年NY株暴落に端を発する「世界恐慌」もケインジアンの政策によって景気
  が持ち直したわけではなく、「止血」した程度で、本格的景気回復が、爆発的「生産」
  と「消費」を繰り返す、「戦争」という究極の公共事業によってもたらされたことは
  周知のことです。

   でも、エコノミストは口が裂けても「戦争」という公共事業によって、景気回復とは言え
  ない。

   「外部経済」、「外部不経済」という概念があっても経済学では扱いきれない事象が存在
  する。


   日本のバブルとかITバブルとかは、イナゴのように食いつくした投機マネーが次へ移って
  いけばよかった。
   「100年に1度の経済危機」といわれるバブル崩壊は「バブルのご本尊」そのものの崩壊
  と換言され得るものであって、「イナゴの移動」で済むというもんではないでしょう。
   (いや、また東欧でバブル起こせばいいという説もあるが・・・)
 
   「景気循環論」たる経済学に、恐慌に対する処方箋はあっても、これほどのバブル崩壊に
  対処法はあるのだろうか?いろいろ、理屈をつけているが私には「先送り」、「ごまかし」、
  「インチキ」でしかないように思える。
   今回のバブルは金融工学を駆使してコンピューター上で「京の世界」まで膨れ上
  がったものである。もし対処法があるとしたら、そもそもがコンピューター上のバー
  チャルなものであって、現物に裏付けられたものではないことから、「最初からなか
  ったことにする」しかないのだと思うのであります。
そんなアポな
  話があるか、と思われるかもしれませんが、「京」という天文学的数時のマネーの
  90%以上、コンピューターの中にしか存在しないのだから、それでいいんじゃない
  かと思うのです。我々が泣くんじゃなくて、彼らに泣いてもらう。「自己責任」と
  いうより「自業自得」。

   ここで「彼ら」という言葉が出てきました。
   21世紀の今日、いわゆる社会科学といわれるものの中で「科学」と呼べるのは数学と密
  接に関連している「経済学」だけだと言われています。
   「科学」であるのならば、特定の固有名詞は存在してはならず、「企業」、「家計」、
  「国際金融資本」という抽象化した概念を取り扱い、客観性、実証性、再現性が担保
  されなくてはなりません。

   まがいにも「市場」が存在するのであれば、特定の固有名詞で意思決定されてい
  ると考えることは、「科学の死」であります。
ですが、現実には圧倒的意思決定能力を
  有する特定の固有名詞が秘密裡に“談合”していると、当ブログの読者にはおわかりのこと
  と思います。
 
                                  (つづく)
   





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