素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「ヘビ族のバイブル」を読む VOL.3

   



   冒頭で、本書は箴言集(アフォリズム)として読めると述べたが、これをもっも端的に表し
  ているのが、以下の一節だと思う。

    〔進歩などは迷走〕    

    民衆が次第に自由に考える習慣を失ったならば、我々と結ぶことを考え始めるに
    違いない。なぜなら我々だけが、表面無関係な人々を仲介して、彼らに新しく考
    えるべき事柄を提供するからである。
    我々の政府が承認されると自由主義空想論者の役割は終わるのである。
    それまでは彼らは大変に我々のために役立つのである。我々は、彼らが進歩主義と
    思っている空想理論の方へ彼らの思想を導いてきた。なぜならば「進歩」という
    言葉を用いて、我々は馬鹿げたゴイムの頭脳を転回させることに成功したので
    ある。ゴイムのなかには「進歩」という言葉は物質上の発明に当てはまるほかは、
    単に虚偽の欠陥を覆うものだということのわかる頭脳を持った人間がいないので
    ある。もとより真理は一つしかないから、進歩の入り込む余地はないのだ。
    進歩は誤った構想であるから、神の選良たる我々だけが知っていなければならぬ
    真理を覆い隠すのに役立つのである。我々はその真理の番人だから我々だけ知ら
    なければならぬ。

                         ~ 第13議定 ~

  

    この一文は、「ゴイム」を「大衆」と書き換えると、まるで西部邁氏が書いているかのようで
   はないか!逆に西部氏はこの一節を読んで自己の思想として結晶化しているようにさえ
   思える。

    ゴイムのなかには「進歩」という言葉は物質上の発明に当てはまるほかは、
    単に虚偽の欠陥を覆うものだということのわかる頭脳を持った人間がいないので
    ある。もとより真理は一つしかないから、進歩の入り込む余地はないのだ。


   「進歩」などは、そもそも存在しない。あるのは「真理」だけだ。
   まるで保守思想の真髄を語っているようだ。
   我々は、「進歩」≒「新しいっぽいもの」に常に惑わされている。
   なぜなら、彼らが「新しく考えるべき事柄を提供するからである。」
   「保守」は、この「新しいっぽいもの」に幻惑されてはならず、常に懐疑の視線を注がなくて
  はならない。
   ところが最近では、「保守」もこの「新しいっぽいもの」(「改革」とか呼称される)を推進しよ
  うとしている。では、世の中に新しいものはないのか?「保守」は新しいことを一切否定する
  のか?

   「保守」が取り掛かるべきは、「新っぽいもの」ではなくて、真に「新しいもの」である
  と思うです。



                               (つづく)



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