素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

映画「告白」

   



   久しぶりに新作映画を観た。
   別に新作は観ない、名作・旧作に限るというわけではない。
   実際、新作も観ているのだが、期待はずれなのでここに書かないだけだ。

   私は、通常、ベストセラー小説原作の映画はパスする。
   そもそも、(中編)小説の映像化にあまり期待していない。原作が良くて、役者が良ければ
  監督が並みでも、そこそこの作品になる。まさに「映像化」を追体験するだけの虚しい行い
  だ。
   つまるところ、原作読めばいいじゃん、ということになる。もちろん、タマには例外もある
  のであって、「山椒大夫」は森鴎外の原作より依田義賢のシナリオの方が優れていると
  思う。

   映画は短編小説を下地に膨らまして展開させたシナリオのよるものがベストだと考える。
   複数の小説を換骨奪胎して新たに書き上げてシナリオによるものも期待できる。



            山椒大夫
            溝口の中で好き嫌いでいえばこれ。
            依田義賢がヨーダのモデルではないかと囁かれ 
            「ホボ日」でジョージ・ルーカス直撃して、
            否定されたが、ルーカスはウソ言っていると
            私は思う。



   今回、本屋大賞受賞のべストセラー小説を原作にしているにも拘わらず、食指が動いた
  のは監督が中島哲也だからだ。親友 Iを誘って、いそいそとシャンテシネに出かける。
   (以下、ネタバレも含みますのでまだの方は観てからにして下さい)



  《親友 Iとの対話》

    私 「どうだった?」

    I  「まあ~、緻密に計算されてよく出来ているけどパズルというかゲームだね」

    私 「イマイチということか、あたしゃ結構おもしろかったけどね。
       じゃ誘って悪いことしたな~」

    I  「いや、悪くはないのだけど・・・・・」

    私 「確かにゲームといえばゲームなんだよね。でも、映画じゃゲームは必ず破綻し
       ないとイカンのよ。そうしないとゲームになっちゃうでしょ。
       渡辺 修哉の計画を森口 悠子(松たか子)が見切ったんだからゲームは破綻し
       たんじゃないかな。」


    I  「そうかな~、森口 悠子も作者の駒みたいなもんで、やっぱりゲームだよ。
        ゲームでああいう内容を扱って欲しくないな、むしろ悪影響でしょ。」

    私  「エイズだの殺人は、ちょっと現実離れしているような気がするけど、先生と生徒
       の関係って、あんな感じじゃないの。ケータイ取り上げなきゃ。先生が訓示たれて
       いる時もピコピコ、メールしあっているんじゃないの。」
  
       以下、実際の会話にはない補足。
       ネット環境では先生も生徒の同列。勝手に増殖、自己肥大化するからね。
       これらとまともに対峙できる先生、大人はいないだろう。現実とバーチャル
       空間が併存するから、誰もが二重人格化し得る。

    I  「現代を写し取っているのはわかるけど、あれだけの内容を渡辺 修哉のマザコンで
       片づけてほしくないな。」


    私 「『下妻物語』、『嫌われ松子の一生』、本作と中島作品に共通することって何だと
       思う?」

    I  「――――」 
   

    私 「どれも家庭がぶっ壊れているということでしょ。渡辺 修哉と下村 直樹氏に共通す
       ることは何だと思う?」

    I  「父親が―――」

    私 「そう、その通り。父親の不在、若しくは父性の存在が希薄ってことでしょ。
       どんなに訳のわからない事件でも、結構、この点から出発していることが多い。 
       もちろん、これだけで説明つくわけでもないし、片親がいけないという訳でも
       ないのだが。」

     と、「またか」言われそうないつものデュケムの論調に終始するのだが、やはり
     これは無視できない。
     動物、いや哺乳類の中でもっとも乳離れが遅い人間にとって、どんな世の中でも
     「家庭」の問題はついてまわる。
     もっとも、某国立大学准教授は、
     「家庭が崩壊していて子育てが困難なら社会(国家?)が代行すればいい」
     なんて、どこかから頂いたであろうご高説をのたまう。
     そんなのダメでしょ。
     国家が家庭になり変わり子供育てることは、東ドイツでホーネッカーが実験した
     ことです。

     つまり彼らの思うツボ、目指すところでしょう。

                            (つづく)
  




スポンサーサイト

映画 | コメント:0 |
<<映画「告白」 その2 | ホーム | ははのんきだね。>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |