素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

歪曲された歴史 

   




   千葉市議会で、「近現代史教育の重要性」が問われていたのだが、近現代史を考えるう
  えで以下の点を押さえておかなくてはならない。


  Ⅰ 「歴史学上の真実」は必ずしも「歴史の真実」ではない。
 
  Ⅱ 明治時代は「歴史学」の弾圧が行われていたようだ。


   まずはⅠについてであるが、教科書に載るような「歴史学上の真実」は、斯界の権威に
  よって書かれていると思われる。「歴史学の権威」が執筆しているからといって、必ずしも
  「歴史上の真実」でない場合が当然に存在する。  

   日本の近現代史の本格的検証はこれからだと思うのだが、世界史、いや西洋近現代史に
  関して教科書で述べられていることはウソッパチだらけだと、私ははっきり認識した。
  「フランス革命」あたりから怪しいと思っていたが、どうも「清教徒革命」あたりから眉唾
  だと思う。

   「正史」と呼ばれるものと「歴史の真実」がことごとく符合したら、情報(諜報)機関
  はそもそも存在する意義がないのだ。「歴史の真実」を覆い隠す、いや、真逆にして塗り
  替えるからこそ彼らの存在意義があるのだ。


   Ⅱは、冷静かつ客観的に考えれば当然の帰結だろう。
   明治時代は「維新だ、文明開化だ」といえば聞こえがいいが、とんでもない下剋上の時代
  だろう。岩崎弥太郎を日本一の成り上がり者とかいっているが、違うでしょ。
   日本一の成り上がり者は、伊藤博文だろう。貧農の出で、一番下っ端の忍者(スパイ)
  だったのだから。「維新の三傑」ではなくて、伊藤が初代総理大臣になったことが日本の
  悲劇の始まりだと思っている。お札から伊藤博文、岩倉具視が消え、いまだにNHK大河
  ドラマで、伊藤博文を主人公に据えた番組が放送されないのは何故?偶然ではなく、それ
  なりの理由があってのことと思われる。
   その一方、「龍馬伝」で岩崎弥太郎を日本一の成り上がり者と称していることで、とんでも
  ない成り上がり者である伊藤博文を巧みに隠している。

   「廃仏毀釈」でお寺さえ潰される時代、ましてや「歴史」は時の権力者の都合のいいように
  書きかえられただろう。彼らが歪曲・ねつ造した「歴史」に異を唱えることは太平洋戦争終戦
  後まで、許されなかったという。戦後、当然、書きかえられた部分とそのままの部分が残っ
  て現在に至っていると思う。


   ○ 645年 ⇒ (ムシゴロシの)  大化の改心

   ○1192年 ⇒ (イイクニツクロウ) 鎌倉幕府始まる 


  我々世代ではこう言ってゴロアワセしたものだが、いまや学会的には違うようだ。

  「大化の改心」 ⇒「大化」の間だけではなく、孝徳天皇および中大兄皇子(天智天皇)、
              天武天皇、さらには持統天皇の専制統治化を通して
              行われた一連の改革とする説が根強い。

  「鎌倉幕府」  ⇒ 「1185年に始まる」とする説が支配的。

 
  確か教科書でもそうようになっていると聞いたが、「もう一度読む山川の日本史」では
 昔のままのようだ。
  
  「歴史」は過去のことだから微動だにしないものではない。
  大昔のことでも「現在」時点で変わるものである。
  ましてや、「近現代の日本史」の本格的検証は、「21世紀時点」から始まると思っている。

                           (つづく)
 


        憲法
         「大日本帝国憲法発布」 随分と立派に見えるが、頭数が足らなかった
          ので「馬子にも衣装」で芸者にローブデコルテ着させたと聞く。
          その辺を授業で説明すればいいのに。と思っていたら、最近の
          教科書からは消えているか、小さい扱いになっているようだ。
          伊藤博文の写真も随分と小さくなった。
      









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