素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

歪曲された歴史 VOL.2

   



   近現代史の論点はいくつかあると思うが、私が引っかかるのは、
   「西郷隆盛が征韓論に敗れて云々・・・」という点であります。
   私が知っているだけでも、古くは勝海舟、福沢諭吉が間接的に・婉曲的に「征韓論説」を否
  定しております。副島先生曰く、近年「征韓論説」を否定する資料が出てきたようです。

   どうも事態は「正史」と逆のようで、西郷が目指したことは、韓国に行って「共に手を携え
  て西洋と戦おう」ということらしいです。それが済んだら、西郷は清国に行って同様のことを
  言うつもりだったようです。

   学問(権威の体系)では、これらは俗説として一蹴されるのかもしれません。
   でも、インテリジェンスの世界をも「歴史」の構成要因とするなら(もちろん、こちらが
  真実に近い)、俄然、事態は変わってくるのです。
   熱烈な西郷信仰者・頭山満(とうやまみつる)率いる玄洋社(黒龍会)が何をなしたかを
  辿っていけば自ずと答えは導き出されます。

    ○孫文を支援、日本亡命を幇助
    ○朝鮮独立党、金王均を支援 
    ○インドの革命家ラス・ビハリ・ボーズを庇護


   彼らが「神」のように崇拝する西郷と真逆のベクトルの行動をするはずないのです。
   つまり、彼らの行動と西郷の志向したことは同一の方向を指し示していたはずで
  あり、「征韓論」であろうはずがないのです。

   それでは何故、逆の事態が「正史」と言われるようになってしまったのでしょうか?
   そのナゾを解くカギは、西郷が「西南の役」を挙兵するに至った真の動機に求めら
  れるように思います。


   「もう一度読む山川日本史」には、「士族の反乱」という中項目の中で西南戦争(西南の
  役)は簡単に扱われております。西郷のもとに馳せ参じた侍たちの心中は「滅びゆく武家社
  会」へのオブジェクションだったかもしれません。でも、実質的に様々なインナーサークル
  の間で行われた「明治維新」の中核にいた西郷はもっと別のものを見ていたのではないか
  と思います。

    おそらく西郷は、こういいたかったに違いない。
    この「激怒」こそは、純粋な怒りなのだと。その怒りは、国が滅びることへの、
    国を亡ぼそうしている者たちへの、人民の怒りなのだと。その怒りを、自分も
    共有しているからこそ、敢えて出師に及んだのだと。そこにはもとより、一片
    の私心もない。もし「天子」に歯向い、皇族を叱責することが不忠だとするな
    ら、いかにも陸軍大将西郷隆盛は不忠の臣かも知れない。いや、逆賊ですらあ
    るかも知れない。その汚名は、この際甘受してもよいとしよう。

                       ~ 江藤 淳 著 「南州残影」~



   これは大山綱良の名を借りて、西郷自らが挙兵の理由を語った「出師の表」とでもいうべ
  き一文に関する解釈です。ここで「国を亡ぼそうとしている者たち」とは一体、誰のことを指
  しているのだろうか?引用部分に続く一文は実に恐ろしい。

    だが、その「天子」と皇族が、それを戴く政府の「姦謀」が、ともに相寄って自ら国
   を亡ぼそうとしているとすれば、この一事だけはどうしても赦すことができない。


                       ~ 引用 同上 ~ 
  
   政府の「姦謀」が国を滅ぼすならわかるが、これに「君子」と皇族が加わるとは?一体、
  どういうことだろう。これについては留保するとして、江藤氏は具体的には何をもって「国が
  滅びる」としているのだろか?
   西洋に変えようとしているとか、国土を売り渡そうとしていると書かれているが、江藤氏の
  本心だろうか?本当に知らないのだろうか?  
   WGIP(War Guilt information program)について語った人が知らないはずないのだが。
   「だが、その『天子』と皇族が~どうしても赦すことができない」と書いておきながら、
  その程度のことか?と思わざるを得ない。
   「戦後」を批判しても、所詮、江藤氏も「戦後知識人」の枠を出ることが出来なかったのだ
  ろうと推察する。
   「だが、その『天子』~赦すことができない」と書いたのだが、ギリギリのところでスルリ
  と逃げているのか、それとも本当に知らないのだが、「だが、その『天子」~赦すことができ
  ない」を書いているところで、「言霊」が宿ったか、どちらかだろう。



   やや脱線したが、「歴史の教科書」を逸脱しない程度に、すなわち、西郷の「憂国」の一念
  が挙兵の理由としよう。だとすると当時の「政府」としては痛いところを突かれてわけであり、
  西郷には何がなんでも逆臣になってもらわなければならぬ。
                             ~何か今と変わらないような~
   そのために為政者の都合のいいように「歴史」は書きかえられるだろう。
   西郷の思いとは真逆の「征韓論」云々と書きかえられて今日に至ったと思うのです。
   
   これは単に「歴史学上の論点」ではなくて、今日の「政権交代」へも直結する論点
   である。つまり、「歴史」の本来的意義、「歴史」と「現在」が相互に反射しあうもの
   なのだ。


                                (つづく)


   

 

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