素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

江戸三十三箇所 第十三番 護国寺(前編)

 



  《護国寺》

              山 号:神齢山
              院 号:悉地院
              寺 号:護国寺
              御本尊:如意輪観世音菩薩
              宗 派:真言宗豊山派(大本山)




   久しぶりにお寺らしいお寺でございます。
   真言宗豊山派の大本山でありますが、総本山というのもございます。
   総本山は奈良の長谷寺であります。
   真言宗は古義真言宗系と新義真言宗系に分かれ、豊山派は新義真言宗系です。
   何しろ真言宗は「真言宗十八本山」もあります。
   (江戸三十三箇所が終わったらこの十八山を廻ろうかしらん)
   「真言宗」については、次以降のお寺で述べようかと思います。
      


仁王門 惣門
 仁王門(元禄年間建立)                   惣 門
 正面両脇間に金剛力士像、
 背画両脇間に仏法を守る仏像である
 二天像を安置する。

阿形 吽形
 仁王門正面左の金剛力士像(阿形)     同右の金剛力士像(吽形)



  当山の創建は天和元年二月(一六八一年)、五代将軍徳川綱吉公が、その生母、
 桂昌院の発願により、上野国(群馬県)碓氷八幡宮の別当、大聖護国寺の亮賢僧正
 を招き開山とし、幕府所属の高田薬園の地を賜い、堂宇を建立し、桂昌院念持仏の
 天然琥珀如意輪観世音菩薩像を本尊とし、号を神齢山悉地院護国寺と称し、寺領三
 百石を賜ったことに始まる。翌二年、堂宇は完成した。
  この創建より以前、桂昌院が綱吉公と共に群馬県館林城においでのとき、亮賢
 僧正の徳をしたい厚く帰依されていたが、偶々綱吉公が将軍職を嗣ぐことになり、
 桂昌院もその生母として江戸城三の丸に移られた。この頃より、亮賢僧正も祈祷の
 命を奉じて江戸城を訪れ、幕府の信仰を受けること益々厚く、天和三年二月
 (一六八三年)桂昌院は初めて当寺に参詣された。
 貞享四年三月七日に開山亮賢僧正遷化され、その高弟賢広僧正が嗣いで第二世と
 なる(開山墓地は大正十四年東京府により史蹟に指定される) 元禄七年十月、
 綱吉公・桂昌院と共に当寺に参詣し、寺領加増され六百石となる。その翌八年、
 快意僧正第三世を嗣ぐ。快意僧正は特に将軍の帰依を受けること厚く、元禄十年
 正月(一六九七年)観音堂新営の幕命があり、約半年余りの工事日数で、この大造
 宮を完成し、同年八月落慶供養の式典が挙げられた。
  これが現在の観音堂(本堂、昭和二十五年重文指定)であり、元禄時代の建築工
 芸の粋を結集した大建造物で、その雄大さは都下隋一のものと賞されている。
 以来、孝養心厚い綱吉公は桂昌院の参詣にしばしば同行され、護国寺界隈は当寺の
 隆盛と共に賑わい、寺領も千二百石と加増されるなど、境内も様々な建造物が甍を
 併べた大殿宇となった。

                 ~ 引用 護國寺 HP ~  


仁王門から不老門
 仁王門から不老門を望む。本堂はこの先であります。


不老門 不老門裏
 不老門(昭和13年建立)         不老門から仁王門の方角を望む。


  護国寺は、浅草寺、寛永寺と並ぶ広大な敷地と施設及び文化財を有しております。

    ◎ 観音堂(本堂)・・・重要文化財

    ◎ 月光殿・・・・・・・・・重要文化財

    ◎ 薬師堂、大師堂
 
    ◎ 多宝塔

    ◎ 仁王門、不老門、惣門

    ◎ 十二の夜叉神将、馬頭観音、地蔵菩薩、大自在天、不動明王

    ◎ 絹本著色尊勝曼荼羅図、金銅五鈷鈴、絹本墨画漁夫図 張路筆
      綸子地梅樹竹模様染繍振袖、諸寺縁起集

  また、大隈重信、大倉喜八郎、團伊玖磨、中村天風、梶原一騎、大山倍達ら著名人が
  眠っております。



本堂
 不老門の石段を登ると「本堂」が見えてきます。
 徳川5代将軍綱吉綱吉公の生母である桂昌院の願いによって元禄10年(1697)
 に将軍綱吉公の命により建立された。
 
十三番 いい仕事
                       実に細かい細工が施されている。
                       「いい仕事してますね~」


月光澱
  月光殿(桃山時代建立)大津三井寺の塔頭、日光院客殿を移築したもの。
  桃山期の書院風建築の代表的とされている。
  床の間、襖の絵は狩野派の絵師によるものだそうです。

薬師堂 大師堂
  薬師堂(元禄4年築造)          大師堂(元禄14年建造)         
  旧一切経堂を移築したもの       焼失により旧薬師堂を移築し大師堂とした。

多宝塔 袈裟
 多宝塔(昭和13年建立)        「おしゃれ」つながりでいくとお坊様の
 大日如来を体現している。       袈裟も実は結構「おしゃれ」と言ったら          
 上下の連続部の饅頭形の亀腹    怒られてしまうかしらん。
 (かめばら)が特色です。
 何か凄く「おっしゃれ~!」

                           (つづく)




                     


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