素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「政治とカネ」という偽ブランドの危険性

   


   まあ~ね~、正月早々、猿芝居は観たくないね~。
   え、何のことかって?(ア)菅さんの年頭会見のことさ。
   今年は申(さる)年じゃなくて辛卯(かのとう)の年、そもそもあんたの出る幕はないよ。

   (ア)菅さんは相変わらず「政治とカネ」を取り上げて、小沢氏には「自らの問題を国会
  で説明してもらいたい」と衆議院倫理審査会への出席を求める旨、発言した。
   「議院辞職」も暗に示唆したが、「親ガメ子ガメ理論」で「政治とカネ」について述べれ
  ばこと足りるだろう。

   「政治とカネ」――何度も書くが、こんな曖昧なフレーズはない。   
   「リクルート事件」とか「佐川急便事件」とか個別・具体の言説でないとお話にならない。


   「政治とカネ」は西松事件のことですか?
   あれは証人に証言くつがえされ、ダミー会社が実在となり検察メンツまる潰れで、事実上
  公判維持できませんよ。

   「政治とカネ」は04年の政治資金規正法違反のことでしょうか?
   農地法の農転を待っての金銭授受と登記がズレたのがいけないのであれば、不動産業
  は成立しません。
   報告書に記載時期のズレがイカンということでしょうが、そんなことで「強制起訴」
  するんですか?
   検審のメンバーの平均年齢は何故、何度も変わったのかな。
   しかも1回目と2回目で小数点以外はピシャリと一致すのは偶然ですか?
   要するにメンバーが変わっていないんじゃないですか?

  疑惑だらけなのは小沢氏より検察側じゃないんでしょうか?   
   ・・・・・あ~、こんなわかり切ったこと書くのあほらしいので止めます。

   重箱の隅つっつくような嫌疑をかけておきながら、報道は曖昧模糊とした「政治とカネ」と
  いうフレーズでマイナスイメージだけを刷り込む。

   「曖昧と厳格」というと、TVはテロップで姓名の漢字間違ったら、いちいち訂正と謝罪す
  るクセに誤報に関しては知らんぷり。
   例のTBSが放送した現金受け渡し現場再現の件だね。
   新聞(読売)も誤報には小さくだけど、訂正と謝罪載せたよ。TBSも誤報は誤報と謝罪
  しなよ。

   この件はもう書きたくないのですが、やはり「政治とカネ」というフレーズはちょっと気に
  なるんですよ。今だに私に身の回りには、私が当ブログで書くことのサワリをしゃべっただけ
  で、「ああ、陰謀論ね」と一言で片づけたつもりになって思考停止する。何か似ててない?
 
   「私の言説」 ⇒ 「陰謀論」

   「小沢」   ⇒ 「政治とカネ」 ⇒ 「悪代官」

   このようにラベル貼って納得した気になり、めんどうだから何にも思考しない態度
  は共通する。
  
   「そのパイプはいいパイプだね」「ダンヒルなのか、ナルホド」と言って納得した気になり、
  モノを見ようとしない人間の心性は戦前に小林秀雄が看破したまま変わらない。
   別に日本人だけじゃないと思うのだが、特に日本人は顕著な気がする。

   政治家撃ち落とすためキャンペーン張るのは洋の東西を問わず共通だが、
   こんな「政治とカネ」なんて曖昧模糊としたフレーズを1年も2年も繰り返している
  のは、日本のマスゴミだけじゃないの?

   「ウォーターゲート事件」、「モニカルインスキー・スキャンダル」etc。
   海外じゃ、個別・具体名が喧伝される。
   そもそも、日本のマスゴミの政治部記者はもれなく「政治とカネ」がフィクションで
  あると承知しているって言うじゃない。

   だからこそ、個別・具体名が出てこない。
   確かに最初は個別・具体で責め立てたが、ことごとくと言っていいほど破たんしている。
   ばや~としたマイナス・イメージたる「政治とカネ」だけが、連呼されてこれにB層が
  脳をやられる。曖昧模糊としているのは、小沢氏の過去の金にまつわるすべてを疑惑に
  しようとしているからだ。

   きっかけは一見、厳格(実は重箱の隅つっつくだけ)で、途中から曖昧模糊で、際限なく
  拡大解釈する。これって何かに似てないか?
   察しの言い方はおわかりのように「共謀罪」だ。
   些細のことでしょっぴいて、最大限まで拡大解釈すれば、あの人もこの人も
  「共謀罪」に出来る。実に恐ろしいことです。


   例え実態に踏み込まなくても経済は危機的、外交も難問山積の昨今、こんな「内輪もめ」
  はもう観たくないというベタな感情でも働いてくれればいいが、「政治とカネ」というマイ
  ナスイメージをブランド化して、いつまでも「クリーン、クリーン」と政治家にクリーニン
  グ屋さんになりなさい、と言わんばかりにわめきちらして何ら違和感を覚えないなら、
  そういう人は危ない。

   やがて「共謀罪」が成立してから気づいても遅いのである。
   世の中、ブランディングの時代だが、政治家のマイナスブランディングに踊らされては
  いけない。ブランド狂いの果てに偽ブランド掴まされて大損する。

   「政治とカネ」は偽ブランドであり、これに気づけないようでは、やがて究極の
  偽ブランドも嬉々として受け入れるだろう

   J・オーウェルの「1984年」に出てくる「真実省」(プロパガンダ、歴史のねつ造している)、
  「愛情省」(個人の管理、観察、逮捕、尋問、拷問している)というような究極の偽ブランド
  掴まされてもわからなくなる。

   だから例え反小沢でも、この「政治とカネ」という偽ブランドには唾棄しなければ
  ならないのだ。
 






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