素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

日本の国力と将来像に関する単純な算式(前編)



   (ア)菅改造内閣が発足したが、この政権が続くかぎり日本はどんどん「蟻地獄」に陥るだ
 けだ。内輪もめ、数合わせではなくて全体的な日本の将来像、国家像を示すべきだと言わ
  れる。
   末期自民党(阿倍~麻生政権)も同じ論評がなされなかっただろうか?
   「美しい国」、「とてつもない日本」・・・、ゴーストライターによる各首相の本も上梓され
  たが、どうもね~。

   つまり、民主党だけでなく自民党も日本の国家像、将来像を明確に示せたわけではない。
   いやいや、新しい自民党、みんなの党は違います、地域主権(道州制)です、とかなん
  とか。
   ハイハイ、わかりました、でもそれは国家像というより日本資本主義の次のステージを示
  しているに過ぎないと思うのです。陰りが見え始めた「経済大国・日本」の再興であります。
   とりあえず、めでたしめでたし。

   
   村上龍氏曰くのように経済的に「近代化」を成し遂げた日本には、そもそも明確な国家
  目標なぞない、とも言えるわけであります。
   経済的に「近代化」を成し遂げた国 ―― すなわち、先進国は明確な国家目標を持ちに
  くい!?
   確かに80~90年代、米国の核の傘の下で平和ボケ、なおかつ私を含め誰もが
  「マトリックス」の住人だった頃は、そのとおりでしょう。
   今でも「大きな物語」は終わったと諦観めいて信じている団塊オヤジは同じでしょう。
   「100年に1度の世界の大転換」、「50年に1度の政権交代」を自覚してしまった
  我々にとって「大きな物語」は死んでいません。
   この「大きな物語」が喪失している、復興する、いずれをとるかで「20世紀型」と
  「21世紀型」にわかれると思います。
 
   本稿ではあまり深入りしませんが、「20世紀型」か「21世紀型」かによって、描かれる
  日本の国家観、将来像は当然にかなり異なったものとなります。


   いやいや、「20世紀型」であろうと「21世紀型」であろうと、世界覇権国家は近代化を
  成し遂げたとしても、国家目標、国家のグランドデザインを常に描いてきました。
   例えば米国は、製造業で日本にやられても、金融、情報で世界をリードしていけばいい、
   そうようにグランドデザインを描きました。市場原理主義のようでも、そこには明確な国家
  意思があったわけであります。何たって「世界制覇」という明確な目標があるのですから。
  
   繰り返しますが、日本は80年代「大国」になりかけてすべり落ちて以降今日に
  至るまでジリ貧であります。80年代、日本経済は明治以来の「近代化」を達成し、
  経済大国になりましたが、「大国」ではありませんでした。

   「大国」とは何でしょう。

   政治大国、経済大国、軍事大国、情報(インテリジェンス)大国、福祉大国、資源大国、
   科学・技術大国、文化大国、スポーツ大国、生活大国、・・・。

   最近では、環境大国というのもあるのかもしれません。

   一昔前、いやもっと前か、米国はこれらをほとんど満たした押しも押されぬ「大国」で
  した。
   現在の日本はどうでしょうか?
   多少、異論があるかもしれませんが、私流に評点つけるならこんな感じです。

   
    政治大国 ×   科学・技術大国 ◎
   
    経済大国 ◎   文化大国    ○

    軍事大国 △   スポーツ大国  △

    情報大国 △   生活大国    △

    資源大国 ×   環境大国    ◎


   これまた私流でありますが、「日本の国力」とはこれらを合算したもので、「大国」とは
  様々な面で大国ではじめて「大国」たりうると思っております。
   とりあえず、こんな算式を仮定しましょう。

    日本の国力 = 日本の政治 + 日本の経済 + ・・・ + 日本の環境 ――――  ①  

    大国      = 政治大国  + 経済大国   + ・・・ + 環境大国  ――――   ②

   前段の仮定が妥当だとすると、すべに述べたとおり、

    大国 > 日本の国力

   陰りがみえるとはいえ、日本が以前として経済大国であることは間違いないです。
   それ故に政治、軍事等も経済に見合った大国であるべきだと考えたくなるのが人情と
  いうもんでしょう。

    大国 ≒ 日本の国力 = 日本の政治 + 日本の経済 +・・・+ 日本の環境 ―― ③


   実際は違うのですが、算式 ③ のようにあってほしいという願望が、
  「失われた10年」に反比例するように日本では顕著になってきました。
 
  
                            (つづく)




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