素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

ゴダール 「ソシアリスム」 VOL.3(その1)





〔みんなが知っているゴダール〕 

   ゴダールが捉えた「21世紀」にふれる前に「20世紀」的なゴダール評――みんなが知っ
  ているゴダールについて述べておこう。
   本作で誰もが気づく「あくまでゴダール」、「ますますゴダール」は、ソニマージュもさる
  ことながら本を読んでいる登場人物が多いことだろう。

   「フィガロ」を読むフォンテス、デッキチュアで読書するゴルトベルク、アリッサ、
   「ルモンド」を読むフォンテス、ガソリンスタンドで「バルザック」を読むフロリーヌetc。

   これら読書する人々について昔、ゴダールはこんなことを言っている。

    あなたが映画に撮りうる最も素敵なものは、本を読む人々である。
    なぜ、まだ誰もそういう映画を撮ってないのか、私は不思議で仕方ない。
    人は、生きている限り気に入ったものを引用する。だから私は引用しつつ
    ある人々を画面に見せるのだ。


   ゴダールは旧作に何度も「読書する人々」を登場させている。
   「彼女について私が知っている二、三の事柄」で読まれる「ELLE」、
   「気狂いぺエロ」の「ビエ・ニクレ」、「男性・女性」の「人間ぎらい」、
   そうそう、忘れていけない「勝手にしやがれ」ではゴダール自身が新聞を読んでいる。

   別にどうってことないようだが、恥ずかしながら告白すると「読書する女性」は私の
  「萌えポイント」であります。なぜそうなのか、説明しようがありません。
  「なぜ山に登るのか、そこに山があるから」というようなものであります。


  ピサの斜塔
   20数年前、私がヨーロッパ旅行した際、ピサの斜塔下で撮影。

   「読書する女性」に「萌える」なんて、私は相当のヘンタイかと一時、思っておりまし
  たが、実はそうでもないようです。 


  読書するモネ夫人 読書する少女
    読書するモネ夫人(1872年)        読書する娘(1880年)


   これらはゴダールが敬愛し、当ブログの由縁「素晴らしき放浪者」の監督、ルノワール
  の父・オーギュスト・ルノワールの作品であります。
   画家ルノワールは、この他にも「二人の読書する少女」、「新聞を読むクロード・モネ」
  とか「読書する人」を何回も描いております。フラゴナールの「読書する少女」という作品
  がありますし、他の画家も「読書する人」を描いているでしょう。
   そうそう、写真家アラーキーも「読書する女性にヨクジョー」とか言って写真を撮ってい
  ました。

   こうなると、ヘンタイではなく日本はどうか知りませんが、近代西洋絵画の「王道」では
  ないかしらん。とすると、ゴダールが描く「読書する人々」もトリッキーなようで当然の
  流れではないでしょうか?

   約30年前、ゴダールの言説を初めて読んだ時、何のことかさっぱりわかりませんでした
  が、自分が撮影する立場にたてば至極当然のことなのであります。



   もうひとつ、誰もが気がつくゴダールらしさは「ゴダールの赤」であります。
   第2楽章、「どこへ行く、ヨーロッパ」でガソリンスタンドに停められている車は、
  ローバーMINI、SUZUKIの2台で共に赤い車です。
   (ゴダールは日本人に向かって「TOYOTAの車走らせて、どこがおもしろいんだ?」
    と述べております。SUZUKI ならいいんでしょうか?) 
 
   この「ゴダールの赤」は、ようやく出てきたか、といものでありまして、第1楽章
  「こんな事ども」では、徹底して「青」です。

    青空、海の青、プールの青、魚群をとらえた水槽の青、豪華客船のデッキも青。

   第2楽章のラスト、少年の着ている服は青、キャンバスに描いているのは青い湖、
  ここで第3楽章「われら人類」の地中海の旅に戻ります。

                           (つづく)



  
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