素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

統一地方選から見えてくるもの(前編)



   統一地方選は、民主党の惨敗に終わった。
   選挙速報を見ていると、自民が民主のトリプルスコア以上の時もあって解党的惨敗と思っ
   ていたが、改選前から地方議員は自民が優勢であったわけだ。
    自民も改選前の議員数を維持できず、代わりにみんなの党、大阪維新の会、減税日本
   が躍進した。
    特に大阪維新の会の動向は今後も要注目であります。

    さて、今回の統一地方選で気になったことは、「非日常性の政治」、「地方政治に出来て
   何故、国政に出来ないのか」ということであります。



 〔終わりなき日常の中の非日常の政治〕    

   東京都知事は、あっと言う間に石原氏の当選が決まった。
   彼に期待することろが全くないわけではないが、私は築地移転反対派であるし、この緊急
  事態に乗じて彼が何を目論んでいるのかも承知しているのであまり歓迎しない。
   共産党・小池氏が、「究極の後だしジャンケンで、論戦の機会すらなかった」とグチッた。
   東日本大震災という緊急事態では現職が強い旨、渡辺氏がコメントし、メディアも同様な
  論調で追随した。
   
   まあ~、要するにタマタマこんな事態になったということだろうが、それを言い訳にして
  はいけない。「朝生 東関東大地震」で猪瀬氏が述べたように、
   今後は、日常性と違う政治を行わなくてはならないはずだ。人工地震を否定しよう
  が肯定しようが、「戦争」であることには変わりない。

    復興が始まる頃、俎上に上がるであろうTPPは「経済戦争」なのであります。
   「目に見える壊滅」が大震災であるとすると、「目に見えない壊滅」がTPPであると
  言えよう。

   政治家は、「経済戦争」という意識で立ち向かって頂きたい。

   やや脱線したが、我々は宮台真司曰くの「終わりなき日常」を生きている、いや生きて
  いた。このダラダラした「日常」にいら立ちを覚えているのが、三島由紀夫と親交があった
  石原慎太郎氏であります。彼を全的に支持するわけではないが、この点は私も同感であり
  ます。
   「終わりなき日常」の時代、すなわち呉 智英氏曰くの「実務の時代」に尊ばれる
  のが地方自治体のセールスマンたる東国原氏であり、「都政に経営感覚を」という
  渡辺美樹氏であろう。

   「実務の時代」の政治は、経済的近代化を成し遂げた以後の日本において求めらる。
   すなわち、経済的基盤が安定していないといけない。
   ところが、今は大げさに言えば日本史始まって以来の国難の時代であって、福島原発が
  「終わりなき日常」のように放射性物質をたれ流す限り、今後、日本経済は深刻な落ち込み
  を見せるだろう。
   このような国難=非日常にあって、「終わりなき日常」しか知らない若き政治家に、
  地方自治体を、東京都を、国を任せられるのか!と思わざるを得ない。

   
   もっとも「昔に戻れば、戦後復興できたのだから」というACのCMのような愚直な思考
  もいただけない。歴史は繰り返すが決して同じではない。これだけの打撃を受けながらも
  日本は近代化を成し遂げた経済大国であり、世界に影響を及ぼし世界が日本を注視して
  いる。さらにグローバル化、情報化の時代、良い影響にしろ悪い影響にしろ世界への波及
  の程度は近代化達成以前の貧乏国家・日本とは比較にならないのであります。

   戦場では一瞬の判断ミスが命とりになる。
   今の日本も同様であり、迅速かつ的確な復興計画が肝要なのであります。
   それなのに・・・・・・。

                 (つづく)





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