素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「樅の木は残った」、そして「本気」は去った(中編)



 〔明るい1970年〕 

   前述のようにNHKドラマ「樅の木は残った」は息苦しくなような陰鬱(いんうつ)なドラマであ
  ります。さほど視聴率を気にかけないNHKでも現代では放送できないだろう。
   なぜかというと、この閉塞した時代にかかる陰鬱なドラマは馴染まないからであります。
 
   本人がいみじくも語っているように、BAD BOY 村上龍が規範の壊れた主人公、世界を描
  いてきたのは、逆に当時の日本がしっかりとした社会的規範が存在し、(特に経済が)安定
  的な社会だったからであります。すでに十分「壊れた社会」に壊れた主人公を登場させて
  も、さしたる魅力はない。
   察しの良い方は、もうおわかりのように陰鬱なドラマ「樅の木は残った」が放送された時代
  1970年は「明るい時代」だったのです。子供だった私はリアルタイムではわからないが、
  前年までの学生運動は大きく退潮し、大阪万博とともに世の中が「カラー」になったようだっ
  たという。もちろん、日本社会は総じて安定的であって、ドルショック(71年)、オイル
  ショック(73年)も日本人はまだ知るよしもなく、ひたすら高度成長を信じて前向きだった。
   そんな時代だからこそ、この陰鬱なドラマは成立したのだと思う。

   平 幹二朗演じる原田甲斐の最期は大河ドラマ史に残る衝撃的なシーンだが、
  「明るい1970年」の終わりに現実社会でも衝撃的な事件が起こった。
   言うまでもない、「三島由紀夫割腹自殺事件」であります。




  〔「本気」の時代は去り、「終わりなき日常」が始まった〕

   「樅の木は残った」の最終回(1970年12月27日放送)の約1ヶ月前、11月25日
  三島は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地の乱入、陸上自衛隊東部方面総監を日本刀で脅し、総監
  室に立て籠もり、自衛隊を集合させるように要求する。三島はバルコニーで自衛官に向
  かってクーデターを促す演説をした後、割腹自殺を遂げる。
   この事件も私には何のことやらさっぱりわからず、小説家が割腹自殺を遂げたことだ
  けが、鮮烈な印象として記憶に残っている。
   
   評論家、呉 智英は「本気の時代」は三島の自刃をもって終わったと説く。
   これが正しいかどうかはひとまず置くとして、現在、我々が「終わりなき日常」を生きている
  ことは間違いないだろう。
   当時からTVは収録となっていたことから、おそらく平は三島が自刃する前に、最終回を
  撮影していたと思う。つまり、三島事件は平の演技に何ら影響を及ぼしていないものと思わ
  れる。
   最終回、血まみれで白目むきながら畳の上を這う平の演技は鬼気迫るというより、
  「本気」を体現している。
 

  当時の視聴者は平の演技に三島の「本気」を無意識に見出した、と言いたいところだが、
  それは違うだろう。

   今から振り返るから「三島事件」は「本気」が云々といえるのであって、当時は批判、
  嘲弄が大勢であったろう。
 
               (つづく)




 
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