素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「春の坂道」&「新平家物語」

    



   NHK大河ドラマ50、最終回は「春の坂道」と「新・平家物語」でありました。


 〔春の坂道〕

   徳川家康、秀忠、家光の3代に仕えた柳生但馬守宗矩の生涯を描いた作品であります。
   前作「樅の木は残った」があまりに陰鬱(いんうつ)な印象だったためか、当時の私にはい
  かにも時代劇らしい面白い話だったのであります。
   世間的には「大根」という人もいますが、私は中村(萬屋)錦之助のけれんがドラマの
  トーンを決めていると思います。時代劇はリアリズムも大事ですが、様式、けれん抜きでは
  語れません。

   【キャスト】

      中村錦之助、先代・市川海老蔵(現・市川団十郎)、原田芳雄、芥川比呂志、

      田村高廣、田村正和、田村亮、山村総、司葉子、石立鉄男、江守徹、志村喬、
  
      岸田今日子、上月晃、片岡孝夫(現・片岡仁左衛門)、中村敦夫、内田朝雄、

      土屋嘉男、島田正吾、加藤嘉、高橋英樹、長門勇、倍賞美津子、大滝秀治、 
    
      観世栄夫、若林豪、西村晃、村井国夫、橋爪功、太地喜和子、安井昌二 等々

   
   大河ドラマは、オールスターキャストですが、本作は「樅の木は残ってた」ほどではありま
  せん。最終回が放送されたのですが、死期迫る柳生宗矩(中村錦之助)と徳川家光(市川
  海老蔵)のからみは見ごたえがあります。宗矩が家光の明国出兵を諌めます。
   錦之助は、さすがにクランクインに際して柳生新陰流をマスターしただけあって、無刀取り
  の殺陣(たて)は見事です。三池版「十三人の刺客」でも、松方弘樹の殺陣の美しさが評判
  とりましたが、時代劇は殺陣、所作等、一朝一夕ではいかないということでしょう。 
   
   最終回は登場しませんでしたが、田村高廣の沢庵(たくわん)宗彭が柳生宗矩に
  「棒ふりよ・・・」と切りだして、剣術が強いからと言って、そんなことで本当に強いとは
  ならないのだと諭すシーンが印象的でした。
   私の記憶にはさっぱり残っていないのですが、柳生石舟斎を演じる芥川比呂志が鬼気迫
  るものだったそうで評判だったようですが、最終回以外、一切残っていないので確認しよ
  うがありません。
   といいつつ、映画だと「幻のフィルム」が出てくるのだけどね。




 〔新・平家物語〕

   本作は、「樅の木は残って」同様、「暗い、重い」としか、当時子供の私には感じられ
  ませんでした。聞けば、大河ドラマ10周年、テレビ放送20年を記念して豪華キャスト
  が集められたそうです。
  

    【キャスト】

      仲代達矢、中村玉緒、先代・中村勘三郎、中村勘九郎(現・中村勘三郎)

      新珠三千代、初代・水谷八重子、山崎努、山本学、中尾彬、郷ひろみ、
  
      古谷一行、木村功、若尾文子、高橋幸治、栗原小巻、志垣太郎、加東大介、

      岡田英次、西田敏行、林与一、芦田伸介、緒形拳、藤田まこと 、和泉雅子

      北大路欣也、田村正和、片岡孝夫、佐久間良子、滝沢修、江守徹、加藤嘉

      日下武史、四世野村万之丞、久我美子、小山明子、小沢栄太郎、森雅之

      成田三樹夫、波乃久里子、中村伸郎、蜷川幸雄、宮口精二、等々


   来年、大河で平 清盛を演じる松山ケンイチと仲代達矢が対談してましたが、仲代曰く、
  当時、映画でも実現不可能な豪華キャストだったそうです。「樅の木は残った」と重なる
  キャストも見受けられますし、原作「新・平家物語」は溝口健二監督、市川雷蔵主演で
  映画化されてもいるわけで、平 清盛役の仲代達矢の力の入りようが伺えます。
   それに拍車をかけるが如く、後白河法皇役に滝沢修がキャスティングされております。
   新劇の新旧の看板役者の演技合戦といったら言い過ぎか。二人とも坊主頭なので「入道
  合戦」とでもいいましょうか?

   今回放送されたのは総集編だけですが、改めて観ると大河ドラマ史上最も“舞台の芝居”
  に力点が置かれているように拝見した。調べてみると、何とロケは冒頭の厳島神社のシーン
  だけでその他はすべてスタジオ収録だそうだ。役者はカメレオンなのでスタジオという舞台
  で新劇の重鎮と気鋭が大車輪の大芝居すると、どうしても全体が舞台的演技となる。
   その反射として大河ドラマ史上、もっとも合戦シーンのスペクタル性が貧弱であります。
   何たってスタジオセットで合戦やっているのだから。



 〔時代劇のこれから〕

   指揮者主導の交響曲主体のクラシック音楽は実は「近代」の産物であります。
   モーツアルトの頃、指揮者は拍子をとるだけ、編成ももっと小さく、どちらかというと
  「作曲家の時代」だったでしょう。
   これと通じるように、今日「時代劇」と呼ばれるものは近代以降に確立された様式です。
   「活動」の頃の阪妻、知恵蔵、白塗り時代劇、侍もの以外に町人もの人情もの、忍者もの
  捕り物帖等々、発展熟成されて「時代劇」は形づくられていきました。

   これこそ「時代劇」といっても、しょせん「ドラマの様式」に過ぎず、時代とともに変化
  してきましたし、これからも変化していくでしょう。
   でも、いでたち、着付け、所作に始まって殺陣、美術、大道具、小道具、「基本」はある
  わけでありまして、これらにそぐわない、もしくは無視したものは「新しい時代劇」とは言
  わない。山岡壮八は小説家であるの同時に太田龍氏も認める歴史家でもあり、「春の坂道」
  の収録に際してキャストに歴史観の講義をされたとか。ちょっとくらい筆が立つからと、
  脚本家が勝手にこねくりまわしてはいけないのであります。
   役者も「時代劇」知っている中堅、ベテランがどんどん減りつつあります。
   役者がアテにならないのなら、せめて監督が殺陣師より殺陣に詳しいとか、小道具より
  刀に詳しいとか、期待したいのですが、どうでしょう。

   もっとも、「七人の侍」の頃から「時代劇は才能がいない」と言われ続けて、今日が
  あるのですが・・・・・。
 


   新・平家物語




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