素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

朝生「脱原発と日本」(前編)

   


 
   朝生の東日本大震災・原発事故もこれが3回目となるようだ。
   パネリストは以下のとおり。

    大塚耕平(厚生労働副大臣)
    片山さつき(自民党・参議院議員、党影の内閣経済産業副大臣)
    福島みずほ(社民党党首・参議院議員)

    青山繁晴(独立総合研究所社長、原子力委員会専門委員)
    飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
    荻原博子(経済ジャーナリスト)
    岸博幸(慶応大学大学院教授、元経産官僚)
    澤昭裕(21世紀政策研究所研究主幹)
    松本義久(東京工業大学原子炉工学研究所准教授)
    パスカル・グードルフ(在日ドイツ商工会議所広報マネージャー)
    宮崎慶次(大阪大学名誉教授<原子力工学>)
    渡部恒雄(東京財団上席研究員)


   最初は、例の海水注入を中断したしない、いや知らない、とか何故もっと早くベント出来な
  かったのか等毎度おなじみの“犯人さがし”が繰り広げられる。原発事故検証の重要性を認
  めることにやぶさかではないが、正直、あくびが出てくる議題だ。
   昔の「朝生」なら1時間半も過ぎた頃、みんなが眠くなった頃を見計らって、大島渚あたり
  が、「バカヤロー!」と一喝するのが“お約束”だったが、昨今のパネラーはどうも草食系が
  増えたのか、睡魔が襲ってくる。大島渚の代わりに、一喝してもらいましょう。

    他人に責任をなすりつける話ではない。政府が主体となって対応策を、どんな対応策
    かは専門家を集めなければ分からない。それは衆智を集めて、こうだと決まったら
    政府が責任を取るからやってくれと、そういうのが政治主導だ。 
           (中略)
    決断したら決断した者の責任が生じることは当たり前だ。責任のない決断はない。
    そういうことを主張してきたにもかかわらず、民主党の政権が、特に菅政権が、
    そうでないという実態に気づき、国民の支持を失っている。政策の実行ができないの
    なら、総理をやっている意味がないでしょう、ということだ。

          ~ 引用 小沢一郎インタビュー WSJ日本版(以下引用同様) ~


   政府、保安院、東電幹部がこちゃこちゃ言っているが、小沢氏の発言に要約される。
   要するに誰も責任とりたくない、取らないのが得策という平時の官僚仕事をしているから
  そうなる。責任とらないから、決断できない、決断しても遅く、核心からズレてその場しの
  ぎでしかない。 
   いい加減、平時の官僚仕事ではなく戦場における将校の仕事をしてもらわなくて
  は困る。




 〔吉田所長を東郷平八郎にせよ!〕 

   海水注入を現場判断で続行し続けた福島第一原発吉田所長を処罰してはなら
  ないという見解で当日のパネラーは一致する。

   青山氏は、吉田氏に「次に地震・津波が起こったらどうなるか」「表に出していない情
  報は何か」「ホントに危ないのは何号機か」等インタビューしたそうだ。
  何でも、事故当初、東京本社からの電話対応に追われて吉田所長はまともに仕事できな
  かったそうだ。東電幹部、官邸らとのTV会議もどうでもいいことがほとんどだったら
  しい。まさに、平時の官僚仕事と戦場における将校の仕事のせめぎあい。
   吉田氏曰く、「次に地震・津波が起こったら致命的だ」そうだ。
   何とか津波に備えて防護壁を築くよう進言したが、保安院がしゃしゃり出てきて、書類
  が云々で、結局、土嚢(どのう)を積むことでお茶を濁した。
   何かホントに大丈夫なのかね。
   
   飯田氏が前回からの持論、「全権委任して現場に張り付いて24時間原発事故
  について考える人、すなわち、東郷平八郎が必要です。そうしない限りこの問題は
  解決しない」と主張する。
 すかさず、青山氏が「吉田所長を東郷平八郎にしたら
  いいい。政府が吉田氏に全権委任したいい」と付言する。

    
   おそらく、(ア)菅にそんな芸当はできない。
   なるべく、意思決定機関を集中させて権限を大幅に現場に委譲し責任は政治家が取る。
   これが危機管理における政治家の基本的スタンスであるにも拘わらず、(ア)菅のやっ
  ていることはすべてこの逆であります。
   内閣不信委任案堤出されても致し方あるままい。



 〔放射線被ばくの基準値は!?〕

   順番は前後するが、視聴者の質問コーナーで放射線被ばく、特に子供の被ばく許容量に
  ついて取り上げられた。松本氏が説明したのだが、よくわからない。要するに「案ずるこ
  とはない」だったけれど、そう言われるとよけいに気になるの人情であります。
   そこで、当日は触れらなかったが、私が見聞きした範囲でこれについてふれてみたい。

   例の子供の年間放射線被ばく量が20ミリシーベルトでは高すぎると小佐古東大教授が
  内閣参与を辞任する事件がありました。ところで、この20ミリシーベルトはどこが決め
  たものでしょう。ICRP(国際放射線防護委員会)が決めた基準値を援用しているよう
  です。ICRPは通常の年間被ばく許容量を1ミリシーベルト、事故後回復時の同許容量
  を20ミリシーベルト、事故最中作業員らの場合は100ミリシーベルトと定めた。

   瞬間的な被ばく量と年間及び数年間の累積被ばく量の問題にも留意しないといけない。
   1000ミリシーベルト被ばくに関して短期間の場合10%、長期間の場合5%ガンと
  の因果関係が認められるという。100ミリシーベルト未満では、ガン等の疾病との直接
  的因果関係の有無について的確なデータがないそうだ。
   つまり、専門家の間でも意見が分かれているがホントだ。   
   被ばく量が減るのだから案ずることはない、いや低い被ばく量を長期に浴び続けるのは
  危険だ、意見が分かれるらしい。
   通常時の年間1ミリシーベルトにしても、昔は5ミリシーベルトだったそうだから、
  大人は20ミリシーベルトが1年あったとしてもおそらく大丈夫だろう。5ミリシーベルト
  が4年あったと考えればいい。(毎年20ミリシーベルトはヤバイかもしれないが)
   問題は子供であって、彼らは大人の2倍に影響されるという。(乳幼児は5倍以上あるの
  かもしれない)でも、やはり案ずることないのかもしれない。

   私は子供であった頃(1960年代)は米ソがガンガン核実験やっていた。

   当時、北半球全域にわたり、空気中のセシウム137やストロンチウム90の濃度は
   現在の数百~数千倍に及んでいた(UNSCEAR 2000年報告書)。

   日本の自然放射線による被曝は年間1.5ミリシーベルトと述べたが、1960年代の
   平均的な被曝量は、これよりはるかに多かった。

                      ~ NEWSポストセブン 
 

   専門家ではないので断定はできないが、我々世代に特にガンが増えたとも聞かないし、
  我々の子供に先天的異常が多いとも思われない。
   それに、別に発ガン物質は世の中にゴマンとあるわけだし。

   ただ、これから数年も我々日本人は国内の放射性物質(放射線)とつき合って
  いかなければならないことは事実だ。異国で核実験やった場合と、自国で放射性
  物質がダダ漏れになった場合は違うだろう。被ばくは体外被ばくだけじゃない、
  体内被ばくもありうる。


      
   我々も妙に慣れずに注視し続けなればならないし、政府も的確に情報開示して
  もらいたい。
                        

                     (つづく)

 


   
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