素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「図鑑 社会の変革で犬になったお父さん」

   



   今日は父の日であります。
   「犬になったお父さん」の付録として図鑑版をお送りします。 
  
  儀式
   大島 渚 監督「儀式」
   (「犬神家の一族」の方がわかりやすいか)
   家父長制にもとづく封建的な家族。
   家長にあたる親父がで~んと構えています。
   戦前の日本の家族の典型で結婚は家同士が中心だった。


  麦秋
   小津 安二郎 監督 「麦秋」
   戦後、東京山の手もしくは鎌倉あたりの保守的だが、戦前
   の家父長制より大幅に家長の権限が緩やかなな家族。
   小津映画では当たりのように同様の家族が描かれるが、
   戦後でも田舎は相変わらず戦前の家父長制の色彩が濃
   かったと思われる。
   賛非いずれの立場を取るにせよ、家長たる父親は存在した。


  家族ゲーム
   森田 芳光 監督「家族ゲーム」
   やや間をとばしているが、「社会の変革」を経て家長たる
   父親の存在は風前の灯。ものわかりのいいお父さんが増え
   て大いに結構!?「社会の変革」を経て日本では「ニュー
   ファミリー」なる言葉が誕生。親子関係というより友達の
   ような関係。本作の少し前、米国では「クレイマー クレ
   イマー」や「普通の人々」など家族を見つめ直す映画が
   公開される。「麦秋」も「家族ゲーム」も横構図。
   「麦秋」では記念撮影という仕掛けがあるにせよ、家族は
   同じ方向を見ているのに対して「家族ゲーム」では全員、
   目の前の食事(消費)に集中して、別々の方向を見ている。
   「消費」に関して夫も妻も子供も関係ない、横一列という
   わけだ。


  白戸家
   ソフトバンク「白戸家」
   家長としての父親の存在は地に落ち、お父さんはついに
   「犬になった」のです。「消費」に関して横一列だった80
   年代は遠い昔。今や「消費」の中心は妻、及び妻の最大関
   心事である子供たちへと移った。「消費」のみなならず、
   コミュニケーションツールの発達により「交通」までもが
   個別化。
   ケイタイメール、ブラインドで打てる子供たちにとってお父
   さんは犬みたいに何もわかっていない存在!?
   そんなことないか!
   いずれにせよ、米国新自由主義者、急進リベラルの中には、
   「保育所内カメラで子供の姿を観察し、ケータイやメールで
   話せる家族で十分だ」とほざく輩や、精子バンクの同一精子
   の「オフ会」開く子供たちがいる。
   このような時代になってはじめてこのCMは可能となるのだ。


   もちろん、日本国中の家族が「犬になったお父さん」であるはずがなく、過半、いや大多数
  の家族は普通の家族だろう。でも、今や壊れた家族はホント壊れている。それにいずれの
  家族でも小室先生曰くの父性(≒権威)となると何ともこころもとない。

   戦前の封建的な家族から「犬になったお父さん」まで70年かかっていない。
   1世代30年とすると2世代プラスアルファということになる。
   50年後、NWO完成の暁に「結婚は違法となり子供は国家が管理する」とならない保障は
  ない。
   それは「結婚が意味がない」という男女が増える、離婚が増えるといった「社会の変革」だ
  けで達成されるハズがなく、政治経済的要因、特に経済的要請によるものが大きいだろう。

   そうなってしまうのか、そうはならないのか、その別れ道が今後の10年だと考える。 








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