素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

ぴあからネット・ツイッター・フェイスブックへ

   


   やっぱり買ってしまいました。
   「ぴあ」最終号のことであります。
   もう何年も前から役目は終わっていたし、チケットショップの傍らで目を通す程度だった
  が、何のかんのいって学生時代お世話になったわけで最終号を買うことは「ぴあのお葬式」
  に列席するようなものだった。

ぴあ 最終号 トリュフォー

   
   トリュフォーの全作回顧上映(初期、短編も含む)を催したのも「ぴあ」だった。
   来日したトリュフォーと一緒にトリュファーの作品を観て、上映後、直接、トリュフォー
  に質問できる贅沢はそうそうあるものではありません。
   (「湯布院」、「ゆうばり」で日本人監督に対して同様なことしてますが・・・)

   「ぴあ」の情報ではなく文化の発信者としての役割も忘れてはいけないのですが、日々、
  移りゆく情報を紙媒体で発信することはどう考えても無理があるし、シネコンの出現も少
  なからず影響している。ロングランするメジャー作品ならともかく、上映時間、上映館が
  漸次、変わっていく映画は、直接、劇場に問い合わせなけらばならないし、完全予約も
  少なくないので結局、ネットじゃないと用が足りない。

   シネコンの出現によって、2番館、3番館というものが消滅してしまった。
   名画座と自主上映と共に、2番館、3番館の情報がぴあの生命線なのであって、これら
  が消滅してしまったのだから、ぴあは時代遅れとならざるを得ない。

   ハリウッド程ではないにしろ、邦画もマーケッティングが功を奏し、撮影所全盛の頃と
  様変わりしたが、活況を呈している。
   ぴあは、いつ頃か、「満足度」を尺度として取り入れるようになった。
   この、あたりからつまらなくなったと思います。
   情報誌に始まり、“文化”にコミットし、やがて“流通”のツールとなった時点で、
  もう役目を終わりつつあったのだ。あくまでも“文化”にコミットし続けようとした
  情報誌「シティーロード」は93年、早々に休刊。

ぴあ 創刊号 1972年
   1972年 創刊号のレプリカ     1972年 フロッピーディスク
                          ISDNの概念登場する。
                          創刊当時はそんな時代環境          


   情報ツールとしてツイッターはおそろしいことになっている。
   「なでしこ JAPAN」の熊谷選手が合コンして、はめをはずせば大騒ぎ。
   (問題の学生はかの国の工作員?というウワサもあります。「文化・スポーツ」を
    国家戦略としている国ですから、そのくらいやってもおかしくない)
   一時、時代の寵児だったレンホーは、叩かれまくり炎上しまくり。
   芸能人もデート現場目撃され、つぶやかれては大変。
   「誰もが芸能レポーター」の時代だ。
   ルパート・マードック傘下のタブロイドが盗聴しなくても「みんなが監視し、監視され
   ている社会」へなりつつある。――― ジャック・アタリ曰くの「超監視社会」? 

   でも、大手メディアだけはこの監視からブロックされている。
   昔は「噂の真相」なんてあったけど・・・・・。
   
   情報誌が「情報化」に飲みこまれ、文化 ⇒ エンタメ化 ⇒ 流通重視となった昨今で
  ありますが、ツイッターでさえ2~3年でフェイスブックに飲みこまれるそうです。
  
   そもそも非対称性の権化、資本主義にこれまた非対称性の申し子、PCによる、
  一見、多様性を謳うネット環境が進んだようでも・・・・・・。
   
   どんな時代が来ようと基本をすっ飛ばして最先端に飛びつけいいと言うものじゃない
  ことは間違いないようです。



ぴあ ポスター
ポスター並べて店頭販売していた割りには、「最終号」ははけていなかったような・・・。











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