素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

1年ぶりのジェイさんの講演(後編 その2)

  
 


   世界各国、経済発展状況に見合った政治・経済というものがあるのだろう。
   経済的近代化を達成していないチュニジアのような国にいきなりプライバタイゼーションと
  グローバリズムを推し進めると、やがては国家破壊につながる。
   新自由主義やグロ―バリズムは、経済的近代化を達成した国にこそふさわしと
  思う。

   私は学者ではないので、ようわからんが「政治」にも「ポストモダン」があるのであって、
  ポストモダンな政治とは、経済的近代化を達成した国の経済政策に照応するものであろう。

  経済的近代化を達成した日本で、新自由主義やその地域版である道州制(≒地域
  主権)が政治家たちによって声高に叫ばれるのはそのためであると思われる。

   もっとも、これらスローガンを唱和している政治家自身がこの事態にどれほど自覚的で
  あるかは甚だ疑問であるが。

   世界情勢や世界経済の根本的大転換を無視すれば、おそらく日本の新自由主義者の経
  済政策は正しい。これら外的要因を無視しないまでもとりあえず脇に置くとしても、昨今、
  彼らの主張と日本の現状は以下の2つの点で齟齬(そご)するものとなったと考え
  られる。


    Ⅰ 「3.11」

    Ⅱ 「知られざる資源国・日本」

    
   「3.11」、福島原発事故以降、日本の状況は様変わりした。
   国全体としては相変わらず「ポストモダン」な状況なのだが、東北の被災地は、いわば
  「戦後日本」と同じ状況だといって差し支えないだろう。
   東北を更地から立ち上げることは、戦後の焼け跡からの復興に通じ、ポストモダンなど
  と悠長なこと言っている場合じゃない。東北に必要なのはポストモダンな政治家ではない。
   戦後の焼け跡にいきなり、ポストモダンは新自由主義を推し進めることは、もの凄く
  乱暴なことであります。現地の農民や漁民の反対・抵抗にこの“乱暴さ”が滲みでている。
   東北に必要なのは、地下足袋はいてニッカボッカ姿に腹巻まいたような戦後復興時の
  政治家、すなわち昭和(≒モダン)な政治家だ。
   昭和(≒モダン)な政治家は、実物資産、モノの時代を生きてきたし、モダンの
  ダイナミズムを体現していた。世界経済の書割が大転換する時、必要なのは
  このようなダイナミズムを体現できる政治家ではないか。



   
   経済的近代化を成し遂げた国は、普通、国内資源はあたかた取り尽くして、海外で資源
  争奪戦を展開しているものであります。
   ところが、日本は実物資産の時代に向かう今、手つかずの膨大な資源が国内に
  眠っている。―― 「知れれざる資源国・日本」

   「資源のない国・日本」と散々刷り込まれてきたが、実は尖閣諸島の海底油田、東シナ
  海のガス田、コバルトリッチクラスト、沖縄の黒鉱等、すべてあわせると900兆円~
  1000兆円はあるだろう。さらにオーランチオキトリムで石油まで自前で作れるように
  なる。

   国内に未開発の経済的フロンティアが潜在しているのに、早々に経済的近代化を達成
  した欧米諸国のようにポストモダンな経済政策に経済的フロンティアを見出す必要は
  ないのです。
   「資源がない」と刷り込まれている、いや知っているくせ独自資源を持つことに
   ビビリまくっている政治家は、これらに目をくれず道州制(≒地域主権)こそ、
  新しい経済的フロンティアだと確信している。
   いや、それ以外に日本の未来を拓けないと思い込んでいるに違いない。
   そうだろか?あれやこれやめんどくさい道州制(≒地域主権)より来るべき時代
  (実物資産の時代)に合致した経済開発があるではないか?
   
   平たく言うと、道州制(≒地域主権)なぞやめて、資源・エネルギー及び関連する
  技術開発で経済を浮揚させ、日本の未来を切り開いた方がいいということであり
  ます。

   だいたい世界が資源・エネルギー争奪戦に突入していることから、日本の資源もうかう
  かしていると掠め取られてしまいます。このような時の経済的スタンスは、新自由主義者
  が説く規制緩和ではなく規制強化、自由ではなく排除であります。
   
   ちょっと考えれば至極当然のことなのに、どうして政治家は揃いも揃って道州制(≒地域
  主権)を唱えたがるのか不思議でしょうがない。

   戦後復興の成功が忘れらない人々が漠然とした自民党支持者(根強い保守層)なのだ
  ろう。だったら同じことをやったらいいではないか。同じこととは決して新自由主義では
  ない。日本は「世界一成功した社会主義国」とか言われたくらいですから。
   
   もちろん、戦後復興の原動力は日本の技術力だった。
   この5年くらいの激動の時代(≒冬の時代)を何とか耐え忍んで、日本の新たな技
  術力で未来を拓くのが王道ではないだろうか?私はそう思う。


   もちろん、そのためには「100年に1度の世界の大転換」が成功することが前提となる
  ことは言うまでもない。
  
                (了)







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