素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

燃えてますベンさん VOL.3(その1)




   さて、当ブログの継続的読者はともかく、いまだに陰謀論批判が続いている。
   今回は、当日の講演を離れてその点を考察してみたい。
   陰謀論批判はおおよそ次にようにカテゴライズされる。

     ① 政治的立場からの批判(いや無視)

     ② 情報(インテリジェンス)、リテラシー能力の欠如による無理解

     ③ 学問門的見地からの批判

     ④ 陰謀論で語られることを認めると自分に立場がなくなることによる排除
       (当然、①、③の関連する)

     ⑤ あまりに世界観が狭く、想像力が欠如していることによる拒絶反応


   実際、④、⑤の場合が多いのだが、論外なのでその他について検討してみよう。
   
   ① については簡単であって、戦前は主にユダヤ勢力を中心に彼らについて徹底的に研
     究されていた。何たって敵国なのであり何のリミッターもかけない。
     戦後、敗戦国となり政治家たちは公私を問わず彼らについて発言することは一切
    タブーとなった。若き政治家もこれを踏襲しているように思われる。
    もちろん、政府与党の高官になるに従い、いやでも彼らの存在を思い知らされる。
    それでは遅いのだ。
    政治家になる時に毒杯(彼らの存在)を飲み干してもらわないと。


   ② これは学歴秀才に多いと思う。
     要するに世間知らず。一部上場企業には経済系ヤクザの企業舎弟が一人くらいは
     紛れこんでいることすら知るまい。純粋培養された学歴秀才は、メール問題で
     まんまと引っ掛かったN議員のようになってしまう。
     日本の政治家養成にはこの点が欠けている。
     イギリスのキャメロン首相は、政策のみならず、マスコミ対策、インテリジェンス
     にも通じている。政策に通じているだけなら、各種コンサル、専門家でも出来る。
     政策に多少暗くても、マスコミ対策、インテリジェンスに通じていれば、政治家
     はできる。
     チト脱線したが、情報・諜報の世界で工作、陰謀がないハズがない。
     M I 6 出身のJ・コールマン氏も述べている。
     実際の諜報の世界は、「007」のような派手なドンパチはないが、真実と世間で
     事実として流布していることのあまりに違いは、ハリウッドのシナリオライター
     の想像力でも及ばないだろうと。
     これらの総体たる「真実の歴史」と歴史家が紡ぐ「歴史学」が全く同じなら、彼ら
     諜報部員の存在意義はないのであります。
 
  
   ③ これが一番重要かもしれない。
     学者、アカデミズムの世界では、今でも「陰謀論にはまったらお終いだ」という
     スタンスであります。彼の主張は当然ともいえるわけで、陰謀(共同謀議)の
     世界では物証は基本的に存在せず、客観的に立証できないことが多い。
     あるのは状況証拠と内部告発のみです。
     さて、ここで敢えて私は根源的疑問を提起したい。

     何故、自然科学でもないのに客観的、論理的、合理的であることがかくも
    重視されるのだろうか?
  

    それは自然科学でなくても歴史学も学問だからだろう。
    「Science」は「科学」と訳されるが「学問」とも和約される。
    すなわち自然科学でなくても、大学、アカデミズムの世界で扱われるものはScienceで
    あることには変わりない。
    
    日本では「学問」は国文学、考古学等一部の例外を除いて、せいぜい明治時代までしか
    遡及しない。でも、西欧では「学問」(Science)は中世スコラ哲学まで遡るものであり
    ます。西欧で学者とは中世スコラ哲学までの歴史を背負いこまなければならない。

    まずはこの認識からはじめましょう。
         
                   
                      (つづく)








  
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