素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

神代辰巳から望月六郎へ VOL.3(その1)

  
   神代節は撮影にもいかんなく発揮される。
   亭主?徳松(小池朝雄)が歩いてくる縦構図を物干しナメの横移動で捉えたと思うと
  その奥から娘・サヨ子が出てくるのを待ち構えてフローすると、彼女のあたま越しに窓
  ガラスから伺えるのは女房?久美(絵沢萌子)の浮気を責める徳松、すると「ぬう」と
  あらくれ男(峰岸徹)の腕がフレームインしてきてサヨ子の髪をわし掴みにしてフレーム
  アウトさせる、玄関に移動した峰岸をフローすると徳松が出てきてしばし立ち話をして
  峰岸がフレームアウトするのを180度パンしてフローすると、浜辺に立ちすくむサヨ子
  を峰岸が襲う、ここまで1シーン1カット。
  
   体を壊した勝弘(田中)を帰京すべしと駅まで送り、順(ショーケン)と勝弘は旅費を
  出す、いらないで押し問答すると、傍らにいた学生たち頭を(見せもんじゃねぇとばか
  りに)ひっぱたく、フレームアウトした勝弘を再び正面から捉え、そのままドリーバックし
  ながら、彼が電車に乗り込んで席に座るまでを捉える、電車の中まで追ってきた順は
  一端フレームアウトして電車を降り、動き出した電車を追って勝弘の座る座席まで窓越
  しに駆け寄る、さらに加速する電車に追いすがろうとしてすっ転ぶが再び追いすがる順、
  ここまで1シーン、いや2シーン?、ワンカット。

   長回しがどうのこうの言う前に、もっと根本にあるのは何となく役者を乗せ、ついつい
  やらせてしまう神代の演出マジックにあると思う。言質はとれてないが、「クマさんだと
  ついやっちゃうんだよ」という役者は少なくなかったと思う。CGに演技させる監督は
  多いが、本当に役者をのせる監督が少なくなったのではないか?
 このタイプの典型は昔でいうと、ジョン・カサベテス、現在の日本の監督でいうと、
  鶴橋康夫、昔の岩井俊二、三池崇史といったところだろうか?
   (彼らは必ずしも長回しするわけではないが)
   役者をのせ前のめりにさせ、この芝居とてもカット割れないという監督の生理こそ
  長回しの根拠ではないか。

   神代辰巳とコンビの多いカメラマン、姫田真佐久は述壊している。
  
    「クマさんと僕のコンビのベストは 『アフリカの光』 と 『櫛の火』(くしのひ) だ」と。

   「櫛の火」(75年)も今となってはそれほどではないかもしれないが、当時としては
  拒否反応を示すくらい斬新な映像であります。何でも本来108分だったものを興業上の
  要請で泣く泣く20分カットしたバージョンが公開された。何だかよくわからないの20
  分もカットしてしまったからだ。にっかつ以外で撮影した神代の70年代ベストは、
  「櫛の火」であると私は思う。何とか完全バージョンのDVD化を望む。


   どうも神代辰巳のことばかりで、ショーケンのことを述べていない。
   この時代、ショーケンは紛れなく「時代の寵児」でありました。

     ○ 太陽にほえろ!(1972年 - 1973年、日本テレビ)

     ○ 約束(1972年、松竹、監督:斉藤耕一)

     ○ 虹をわたって(1972年、松竹)

     ○ 明智探偵事務所(1972年、NHK)

     ○ 股旅(1973年、ATG、監督:市川崑)

     ○ 化石の森(1973年、東宝、監督:篠田正浩)

     ○ 風の中のあいつ(1973年、TBS)

     ○ 同棲時代(1973年、TBS)

     ○ 祗園花見小路(1973年、中部日本放送)

     ○ 河を渡ったあの夏の日々(1973年、NHK)

     ○ くるくるくるり(1973年、日本テレビ)

     ○ 勝海舟(1974年、NHK大河ドラマ、岡田以蔵 役)

     ○ 青春の蹉跌(1974年、東宝、監督:神代辰巳)

     ○ 新宿さすらい節(1974年、TBS)

     ○ 傷だらけの天使(1974年 - 1975年、日本テレビ)

     ○ 前略おふくろ様(1975年 - 1976年、日本テレビ)

     ○ 雨のアムステルダム(1975年、東宝、監督:蔵原惟繕)

     ○ 鴎よ、きらめく海を見たか めぐり逢い(1975年、ATG)

     ○ アフリカの光(1975年、東宝、監督:神代辰巳)

      ○ 前略おふくろ様2(1976年 - 1977年、日本テレビ)


   今にして思えばショーケンが本格的に役者になったのは80年代になってからであって、
  この時期何をやってもショーケンなのであります。時代が彼を後押ししていたと思うのです。
   でも、菊地武夫のメンズビギを着こなすのと同時に漁港に流れつく半端者演じても、何ら
  違和感なく「ショーケン」たりうる存在感はやはり稀有な役者である証左だろう。

   そんなショーケンも時代の潮目には敏感で長髪をばっさり切り落とし、「前略 おふくろ様」
  で板前になる。今までと180度違う、料亭での板前修業という封建的徒弟制の世界にその
  身を投じる。

 
   「傷天」、「青春の蹉跌」、「アフリカの光」同様、井上堯之サウンドであるが、
   どこか今までと違う。濃密な人間関係の中のペーソスを感じせながらも、どこか
   急かされているように感じるのは私だけか。何に急かされる?次の時代に。
   
   思うに、おそらくこの頃にリベラリズムの退潮は予告されていたのだ。
   それは70年代の最後、「その後の仁義なき戦い」(79年)で男たちが皆死んで原田美枝
  子だけが生き残ることが来るべき「女の時代」の到来を予告していたことと照応する。
    
   「アフリカの光」の出演者、藤 竜也もバッサリ髪を切り落とし大きく踏み出す。
   大島 渚 監督本格ハードコア映画「愛のコリーダ」(76年)で藤 竜也は主演を演じる。
   大島 渚にポルノを撮ろうと決意させたのは神代辰巳であります。
   
   そんな中で「青春の蹉跌」の脚本、「アフリカの光」の助監督、長谷川和彦が「傷天」に
  おけるショーケンの“ 相棒 ”水谷 豊主演で「青春の殺人者」(76年)を撮りデビューする。
   今、振り返ると、長谷川だけが「時代」をふっ切れていなかったような気がする。
  
   神代辰巳は阪神大震災の直後、1995年2月24日、永眠する。
   さすらいの人、野ざらしの映画人、神代が「3.11」後に何を撮るのか観たかった。
   いや、今、生きていても彼の居場所はなかったのかもしれない。

                            (つづく)


青春の殺人者
意外!生田斗真君もこれが
好きだとか。私のラストシーン
ベスト5を選ぶとしたら、今で
もこの映画はランキングされる。 








スポンサーサイト

映画 | コメント:0 |
<<神代辰巳から望月六郎へ VOL.3(その2) | ホーム | 神代辰巳から望月六郎へ VOL.2>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |