素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

歌うクジラ 前編


 
 ◎ ズレちゃった村上 龍 やっぱり知っている村上 龍

   みなさんはかつて仰ぎ見た存在を見失ってしまったことがおありだろうか?
   平たく言うと「あれ?どこ行っちゃんんだ!」と感じたり、メッキが剥げたりすることであり
  ます。こんな経験は年を重ねれば誰でもすることだが、そんな見失ってしまう存在の一人
  として私の場合、村上 龍があげられる。
   特にRVRとかの動画で、村上 龍が政治、経済について語っている時、そういう感慨を
  深くする。「それ違うよ!龍さん!」と言いたくなることもしばしばでありまして、この人も
  ズレちゃったんじゃないのかと思わざるを得ないのであります。
   ところが・・・・・。

   小説の出来がどうか文芸に疎い私にはわかりませんが、「歌うクジラ」で描かれる世界
  から伺えることは、「ズレちゃった」なんてとんでもないということであります。
   「やはり知っている村上 龍」と結論づけられるのです。
   そもそも今頃読んでいるのかよと言われそうだが、真っさらな状態より当ブログの過去
  記事を基礎知識として読んだ方がこの小説は突き刺さるのであります。

 
   15歳の少年アキラの「隠された父」を探す旅は、トルーマン・カポーティーの
  「遠い声 遠い部屋」を想起させるが、旅というより“ 地獄めぐり ”といった方がいい
  のかもしれない。
   どこへ行こうとしているのか、まわりの世界が判然としない語り口は新出島出身の最下
  層民アキラの置かれた社会的状況と見事に合致している。小説本文にも明らかなように
  彼ら最下層民は「情報」という概念がそもそも存在せず、モグラのような盲目的な道行を
  強いられる。
   もっとも盲目的状況をただひたすら進んでいくうちに次第に状況が明らかになっていく
  語り口は「五分後の世界」と同じであり作者の十八番かもしれない。
   21頁「島が出来たのが西暦2025年だから92年の歴史がある」という一節で、
  どうやら2117年、22世紀のストーリーであることがわかる。  
   時点が明らかになったところでまずはっきりさせておかなくてはいけないことは、
  村上 龍がいわゆる「陰謀論」を受けつけないスタンスをとっていることだ。
   つまり、「歌うクジラ」は彼の身の回りの専門家の知見、取材に基づき村上 龍が
  想像力と思考力を駆使して書いた小説だということであります。

   でも、私には彼がジャック・アタリやベンさんの著作を読んで書いているのではない
  かと錯覚させれるのだ。IDチップ、ベリチップ、遺伝子合成というフレーズが頻出し、到る
  ところに監視カメラが設置されている未来社会が描かれる。
   これらは専門家への取材または関連書物でも描写できるだろうが、「音声信号が直接
  脳に届いたり」するのは単なるSF的想像力の賜物ではなく、「封印された技術」の存在
  を浮き上がらせる。
  
   科学技術だけならともかく、政治・経済・社会に関する設定がSF的想像力と言うに
  はあまりにリアリティーがあり過ぎる。想像力というより現実に直結した「必然として
  の未来」を描いているように思える。小説世界の日本では電子通貨が流通し、人口は
  2200万人に減少して相当数の移民が住み、8つにブロックに分割され共通円と九州
  円が併存する。
   「地域主権(道州制)」や「グローバリズム」といって単語はどこにも出てこないが、
  描かれる未来は当ブログで再三指摘してきたものと同じであります。

    わたしはあなたが日本人だと推察するがそれはあなたが日本語を話すことに
    よってだ。わたしは三十二年前に三十七歳で移住してきたがその時代にすで
    に国家は消えていた。

                 ~ 「歌うクジラ」下巻 p221 ~  
 

   国民国家「日本」の消滅。逆算すると2085年には国民国家はなくなっているとい
  う計算になる。21世紀中頃、国家はゆっくりと解体されるというジャック・アタリの
  “ 予言(アジェンダ) ” に符合する。
   国家は行政、経済だけで解体されるわけではないことをさすがに村上 龍は承知して
  いる。

    だいいち、家族制度はあらゆる階級で崩壊した。新出島だけではなく、中間層と
    下層では二十一世紀の中葉に、上層では二十一世紀末に、家族という人間集
    団の単位はすでに消滅しつつあって、その影響はお前にも色濃く反映されて
    いるはずだからだ。

               ~ 同書 下巻 p309 ~
 

   家族の完膚なき崩壊は「21世紀の歴史」でも当然のように指摘されている。
   同様に「歌うクジラ」で80%を超える下層民とは「下層ノマド」に対応する。
   これらを前提に「歌うクジラ」で設定される未来社会とは階層が固定化し住み分け
  が完成した社会なのだが、陰謀論を排し作家が取材と想像力と思考力で構成した
  世界が彼らのアジェンダ(NWO)と一致してしまうのはなぜだろうか?

                                  (つづく)
  
  





スポンサーサイト

文化 | コメント:0 |
<<歌うクジラ 中編 | ホーム | 「2012年」 3月半ばを過ぎて >>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |