素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

玄冬への旅



過日、体調不調でボケ~とTVを観ていたらNHK-BSで
「緒形拳 プラネットアース」(ダイジェスト版)をやっていた。

旅行というとパック旅行、個人旅行etcあるけど、基本的には
「観光」――名所旧跡に赴き、美術館・博物館を訪れ、観劇したり、
飲んだり食ったり――です。
「観光」というからには合目的であり、基本的に「消費」だろう。
「出会い」がないとは言わないが、どこか実利的。

放浪というと、若い時の貧乏ツアーからさらに進んで無目的、
「消費」も「実利」も関係ない、たださすらうだけ。

ビートニクスからヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームシュ
に至る世界~ロード・ムービー~

どこかへ行かなくても日常の中でもさすらうことはできる。
「物語」や「制度」から逸脱すればいい。
当ブログの由来、映画「素晴らしき放浪者」のミッシェル・シモンのように。


緒形さんの旅は、こうもりが300万羽いる洞窟にいったり、深海に潜ったり、
アラスカでオーロラ見たり、それぞれ「目的」を持っている。
でも、どこかでさすらっているんだよね。
「目的」とは無関係に、街角の猫と戯れたり、大草原でプレリードックと対話
したり、北極熊がじゃれている様を眺めたり、本来の「目的」とは違うところで
さすらっています。彼はカメラでなく、「スケッチ」と「書」でそれらの印象を綴っていく。

緒形さんの旅は、もう一つ別の意味で「観光」ではない。
旅をしながら、舞台「白野弁十郎」のセリフの稽古をしている。
セリフの稽古は俳優にとって「日常」だから、いわゆる「観光」と相容れない。
「白野~」とは、もちろん「シラノ・ド・ベルジュラック」の翻訳劇で師匠・島田正吾氏
の当たり役であり、彼は晩年この舞台をライフワークとして磨いていった。
パリ講演では、フランスでの当たり役、ジャン=ポール・ベルモンドが劇場に
駆け付けたという。
緒形さんも自分なりの「白野~」を磨くことをライフワークとしていた。

だから俳優にとってセリフの稽古することが「日常」であっても、緒形さんにとって
「白野~」のセリフ稽古することは、人生という旅路の中で最後のヤマ場へ至る
一里塚なのだろう。


番組の中で緒形さんはポツリと呟いた。
「この年になると残りの時間は限られていますから、ここへ来るのは
 これが最後かなとか思うんですよ」

青春、朱夏、白秋、玄冬。

白秋を終え、玄冬へと歩みだす男の一人旅。
ブルースだ、しみるぜ。



ライオン
ジャン=ポール・ベルモンド主演「ライオンと呼ばれた男」
裸一貫から金も地位も手に入れた男が家族も故郷も
捨て一人アフリカへ。嗚呼!男の浪漫!



スポンサーサイト

文化 | コメント:0 |
<<さらにベンさん VOL.2 | ホーム | さらにベンさん>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

| ホーム |